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きみとぼくの距離。

いつの間にか、離れてしまった距離。

気付いたら随分と距離が開いていた。
お隣さんで、仲良しで。
俺が叱られては彼女が慰め、彼女が泣いては俺が慰め。
仔犬が絡まり合って育つみたいに一緒にいたはずだったのに。

いつの間にか厚ぼったいセーラー服の下の胸は柔らかく膨らんで、短かった筈の髪はきっちりと肩甲骨あたりで綺麗に揃えられてツヤツヤと黒曜石みたいに光って。

「ななこっていいよなぁ」なんて、昔なら誇らしげな気持ちになった言葉に、嫉妬の二文字が絡みつくようになったのはいつだっただろう。

その頃には、彼女はすっかり大人びた顔で俺を「東方くん」と呼ぶようになっていた。

それを聞いて、昔みたいに「ななこちゃん」と呼べなくなってしまった俺は、精一杯の虚勢とカッコつけで「ななこ」と呼んだ。
その時の彼女の驚いた顔は、今でも忘れられない。

*****

「なぁに溜息ついて。辛気臭いわね東方仗助。」

「あ、由花子さん。」

返事をしたのは俺じゃなくて康一。
俺は相変わらずコイツの言う「辛気臭い顔」のまんまで、そんな俺を少しばかり困った顔で見つめた後、康一は小さく苦笑した。

「仗助くん、恋煩いだってさ。」

「はァ!?何言ってんだよ康一ィ!」

がばりと顔を上げると、康一と由花子は顔を見合わせて、目だけで会話する。
視線で促されたらしい康一は、少しばかり言いにくそうに俺に告げた。

「だってずっと、ななこさんのこと見てるじゃない。」

そんなに見てたらぼくにだってわかるよ、と康一は笑い、見てるだけなんて全くもって理解できないわ、と由花子は眉を顰めた。

これは恋なのだろうかーーーと考えて、無意識に溜息を吐いた。

「あら。なかなか重症みたいね。」

「…まぁでも、お互い様なんじゃないかな。」

二人はひそひそと囁き合って、「それじゃあ、ぼくたち行くね」と教室を後にした。

人の少ない教室に残された俺は、頭の重さに従うようにして机に突っ伏す。
そうして目を閉じて、ななこの姿を思い出す。
セーラー服のプリーツが変なところで折れて捲れているのに気付かないところとか、歩いているうちにずり下がった靴下を持ち上げる仕草とか。友人に笑いかける唇に塗られた、淡い色のグロスとか。
そういう、他のやつなら全然気にも留めないようなものにいちいち胸がチクリと痛む自分がいる。

俺の知ってるななこと、俺の知らないななこ。この先どんどん、知らないことばかりが増えていくのだろうか。

そんなことを考えながらしばらくそのまま動けないでいた。

すると不意に、見知った声が頭上から降ってくる。

「…東方、くん。」

「なんスか。」

ぎこちなく呼ばれた名前に、努めてなんでもない風を装って顔を上げる。
目の前には、帰り支度をしたななこが赤い頬で立っていた。纏う空気は冷たくて、彼女は俺が顔を上げるのを見もせずに自分の机に向かうと無造作に教科書を取り出した。どうやら忘れ物を取りに来たらしい。そうして改めて、俺に向き直る。

「さっき、下駄箱で由花子さんたちに会って…なんか、二人がね、「仗助くんが調子悪いみたいだから」って言われたんだけど。…大丈夫?」

首元に巻かれたマフラーの細い繊維がグロスで光る唇にぺたりと張り付くのを指先で邪魔そうに剥がす仕草から、視線が離せない。

「あー…うん、大丈夫。」

「…そっか。ならいいんだけど。」

ななこは寂しそうに視線を下げて、小さく一歩下がった。
その唇が何か言いたげに少しだけ開かれたけど、彼女はそのまま俺に背を向けた。

「…悪ィ、心配してくれてありがとな。」

「…あの、」

背中に向かってそう言えば、彼女はこちらを向かないまま何かを言いかける。

「…なんだよ。」

「ううん、なんでもない。…それじゃあ、ね。」

遠ざかる背中を引き止めたくても、掛ける言葉が見つからない。
一緒に帰ろうぜ、と言えたら昔みたいに笑いながら歩けるのだろうかと考えて鞄を掴んでは見たものの、今の俺たちじゃあそんなことは到底無理そうで、離れていく背中を恨めしく思いながらも何もできずにななこを見送る。

俺よりずっと小さなその背中は、教室のドアのところで立ち止まり、ゆっくりと振り向いた。

「…帰らないの?」

「いや、帰るぜ。」

彼女の言葉に促されるようにして立ち上がる。俺が教室のドアをくぐるまで、ななこはその場を動かない。

「…帰ろ。」

「あぁ。」

ドアに掛かった指先の、綺麗に揃えられた爪は、何か手入れをしているんだろうかとか、待っててくれたってことは、一緒に帰りたいってことなのかとか。
俺が露伴だったら彼女を知ることなんて造作もないのに、なんて思っても仕方ないけれど。
あぁなんで俺はこんなにななこのことばっかり。

「…久しぶりだね。」

こちらを見上げる彼女が嬉しそうに見えるのは、俺が「そうだったらいいのに」って思ってるせいだろうか。

「そーっスねぇ。」

彼女の小さな歩幅に合わせるようにゆっくりと歩く。家に着くのが勿体無いと思っているせいか、彼女の歩くペースが早いような気さえする。

「…背、伸びたね。」

「…成長期だかんなぁ。」

上手くいかない会話を、彼女が繋げようとしてくれているのがわかる。もしかして期待してもいいのかなと思う反面、彼女にそんな努力をさせてしまうことが情けない。
康一と由花子の計らいと彼女の優しさが無けりゃ、並んで歩くことすらできなかったわけで。

「なぁ、ななこ」

この距離感が辛いなら、俺がどうにかしなきゃいけないんだとわかっている。
早くしなきゃ、誰かに取られちまうかも、って焦燥ばかりが胸の奥で燻って、ひどく苦しい。

「…なぁに?」

「…お前、好きなやつ…いる?」

自分の言葉なのに、思わず耳を疑う。
イエスでもノーでも、悶々とする答えでしかないのに、なんでそんなこと聞いちまったんだ俺は。

しかし返事は、そのどちらでもなかった。

「東方くんは?」

「俺ェ?……いるよ。」

しかも目の前に、なんて言ってしまえたら楽になるんだろうか。
立ち止まってしまった俺に、彼女が一歩近付く。たったそんだけのことなのに、顔が熱くなる。

「カッコいいんだから…告白しちゃえばいいのに。…、そしたら…」

最後に彼女は何かを言い淀んで、瞳を伏せた。そのまま沈黙になってしまうのが嫌で、俺は努めて明るく声を出した。

「俺が言ったんだから、ななこも教えろよ。」

「私?…わたしも、いるよ。」

その言葉に、心臓を掴まれたような気がした。好きな奴が、いるって。そいつ、誰だよ。

「…誰だよ。」

「言うわけないじゃん。…でも、すごくカッコいいよ。」

そう言って笑うななこが可愛くて、唇を噛む。コイツの口からカッコいいなんて言われる顔も分からない誰かに嫉妬する俺はカッコ悪ぃな、なんて自嘲する。

「…おめーがカッコいいっつーんだから、いい男なんだろうな。」

上手くいくように祈ってやんなきゃいけないはずなのに、できない。

「うん。」

ななこは幸せそうに微笑んだ。今お前の頭ん中にいるのは誰なんだ、と彼女の瞳を覗き込んだ所で、ばちりと視線がぶつかる。

俺を、見てた。

絡んだ視線が解けない。俺のことかよ、なんて甘い考えは振り払わなきゃいけないのに。

「…あのさ、仗助。」

「…な、んだよななこちゃん。」

急に昔みたいに呼ぶもんだから、こっちもつい呼び慣れた呼称で返してしまう。
ななこちゃんが先に呼んだくせに、なんでそんなに赤くなってんの。

「…なんとなく、呼んでみただけ。」

「…そうかよ。」

グレート!と心の中でガッツポーズをして、俺は彼女の隣を歩く。さっきまでより少しだけ近い、俺と彼女の距離。少し手を伸ばしたら、届いてしまいそうな。

「なぁ、また…一緒に帰ろうぜ。」

「…うん!」

いつかこの手を握って歩くぜ、と心の中で誓って、拳をぎゅっと握りしめた。



20151107


萌えたらぜひ拍手を!


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bkm