「…ねえ仗助くん。今日は流星群が見えるんだって。」
そう言えば、彼は年相応の可愛らしい笑顔で「マジっスか!」なんて瞳を輝かせる。
「一緒に見ようよ。…うちに泊まればいいからさ。」
甘えるように見上げると、彼は驚いたように目を瞬かせ、それから嬉しそうに笑った。
「…え、ななこさんちに泊まっていいんスか?」
「うん。あ、でもベッドは一つしかないからね。」
駆け引きなら得意だ。肩の星に噛み付くことだって、その胸に飛び込むことだって、そんなに難しいことじゃない。
「…それ、誘ってんスか?」
「さぁ、どうだろうね?」
仗助くんの瞳が濡れた色に光るのを見て、ほら簡単だ、と笑みを零す。
けれどすぐ、私が本当に伝えたいことを思い出して、笑みは自嘲に変わった。
*****
「こんばんはー。」
「…いらっしゃい。おうちの人には言ってきた?」
靴を脱いできちんと揃えると、彼は「億泰んとこに泊まるって言ってあるっス、」と照れたように笑った。
「んでさぁ、何が見えんの?」
「オリオン座流星群だって。」
「外曇ってるっスよ?」
「…え、マジ?」
来るまでの間外を歩くんだから、そりゃあ空だって見るわけで。
なんだ曇りかぁ、と言えば、まだわかんねーっスよ。夜は長いしさぁ。なんて口説き文句みたいな言葉が返ってくる。
二人仲良く食事をして、交代でお風呂に入って。それから空を見れば、すっかり雲は晴れていて。
「…晴れた!晴れたよ仗助くん!」
「髪乾かさねーと風邪引くから。」
慌てて髪を乾かしていると、ガキみてえ、と仗助くんが笑っていた。年上を捕まえて失礼しちゃうわこの子。
「…さむい。あっためて。」
「はいはい。…ななこさんいー匂いする。」
「お風呂上がりだからね!」
ベランダで、仗助くんに後ろから抱き締められながら空を眺める。
難しい言葉ならいくらだって考え付くのに、容易い言葉の方が言えないって思う。
それを言わなきゃこの温もりは私の物にはならないんだよ、と思っても私の唇は頑なにその言葉を拒む。
不安だから。
それはそれはカッコいい仗助くんの未来を狭めることになりやしないかな、迷惑じゃあないかな、なんて気持ちが渦巻いて、涙が溢れた。
泣いているのを悟られないように、そっと溜息をつく。
「あ、流れた。」
「…ほんとだ。」
涙で歪んだ視界の端を、小さな星屑が落ちた。
パチパチと瞬きをして振り落とした涙は、仗助くんの服に吸い込まれていく。
大好きな仗助くんの腕を、ぎゅっと握った。
こんなことも言えないで、ごめん。
流れ星が願いを叶えてくれるというのなら、どうか彼がずっとずっと、幸せでありますように。
*****
「…ねぇ、ななこさん。」
真剣な声が頭の上から降ってくる。
どうしたの?と返せば、彼は私を抱く手に力を込めた。
「…俺、『ななこさんとずっとずっと一緒にいれますように』ってお願いした。…ななこさんは?」
「私は、『仗助くんがずっとずっと幸せでありますように』って。」
ぎゅ、と回された腕を抱く。大好きだよ仗助くん、と唇だけで呟いた。
「…俺は!」
ぐるりと身体を回されて、目の前に仗助くん。
彼はなんだか困ったような不安げな顔で、私を見ている。
「…俺は…っ、ななこさんがいなきゃ幸せになれないんスよ…」
「…仗助くん…?」
こんな表情初めて見た。まるで叱られた犬みたいな。
「…ななこさん、好きっス。…っ…アンタは…遊びなの…?」
私が言えなくて辛いと思っていた何倍も、彼は聞けなくて不安だったことをここにきて思い知らされる。仗助くんが私をとても好きでいてくれるってことも、同時に。
「…ごめん、…そんな顔させたいわけじゃ…ないんだよ…」
容易い言葉だと思うなら、もっと簡単に言えたはずなのに。
「…俺は、アンタが好きで、もーホント…しんどいくらいっス…」
「…わ、たしも…仗助くんが、好き…」
そう言って抱きつけば、彼は一転してとても嬉しそうに微笑んだ。
「ちゃんと聞きました。撤回はナシっスからね!」
俺を不安にさせた罰として、今日は寝かさないっスよ。なんて耳許で囁かれて、今日日の高校生は恐ろしいな…と思った。
20151022
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