友人が結婚した。
まだ20歳の私は結婚なんて遥か未来だと思っていたのに、彼女はもう共に生きる人を決めて、純白のドレスに身を包んでいた。
まだ幼さの抜けきらない笑顔はとても幸せそうで、あぁ運命の人に出会ったらこんな顔をするのか、なんて乙女チックなことを考えた。
「おめでとう!」
式に呼んでもらったので成人式の時の振袖を着て、参列。二次会で他の友人たちと彼女が一番乗りだねと笑い、お互いの腹を探り合っての帰り道。
酔った頬に夜風が気持ちいい。
ふらふらと歩いていると、目の前から見知った頭が来た。
「…あ、仗助くん。」
「…え……ななこさん…っ!?」
彼が私に気付くまでたっぷり5秒はかかっただろうか。彼は好奇心に瞳をキラキラと輝かせながらどーしたんスか?と笑った。
「…結婚式だよ、友達の。」
引き出物の紙袋を見せると、仗助くんは当然のように手を出してそれを受け取る。
「もう暗いし、送るっスよ。…何かあったら困るっしょ?」
紳士だなぁ、と笑えばとーぜんっスよ!なんて冗談交じりに返される。
今日は振袖だし、お酒のせいで足元が覚束なくて、仗助くんの歩く速度には全然追いつけない。数歩進んでそれに気付いた仗助くんは、歩みを止めて私を待ってくれた。
「…ありがと。」
「最初わかんなかったっス。全然、雰囲気違うから…」
照れたように言うからなんだか恥ずかしくなってしまって、誤魔化すように笑った。
「馬子にも衣装っつーやつっスよ!」
仗助くんの真似をして戯けてみせると、彼は思いの外真剣な表情で私を見つめた。
「そんなこと言うもんじゃねーよ。…すげー似合ってる…から。」
そんな口説き文句みたいなことを言われて、恥ずかしさに早く帰りたいと足を速めたのだけれど、この格好じゃ上手く歩けなくて気ばかり焦る。
「…ありがと、…ぅわっ!」
普段なら気にも留めない小さな段差に躓いて前のめりになったところを、仗助くんが腕を掴んで止めてくれた。
「…っセーフ。…大丈夫っスか?」
「ごめん、ありがと…」
心臓がドキドキする。
転びそうになって驚いたせいだよね、と自分を納得させようとしたけれど、騒ぎ立てる心臓は落ち着いてはくれそうにない。
「…ねぇ、ななこさん?」
掴んだ腕をそのまま絡めて、仗助くんが言う。横に立つ彼を見上げると、とても優しい視線にぶつかった。
「…な、に?」
私の心臓はいい加減に落ち着いてもいいはずなのだけれど、仗助くんの視線と触れ合った手が気になって相変わらずドキドキと鳴っている。
「俺、すげードキドキしてるんスけど。」
私の鼓動が聞こえちゃったんじゃあないかって、勢い良く仗助くんを見る。彼はびっくりしたように目を瞬かせ、それからまじまじと私を見つめた。
「…わたしもだよ。」
小さく告げれば、なんでッスか!なんて軽く笑う。なんでって仗助くんが格好いいからに決まってるのに。
「…俺が、その振袖…着られなくしてやりたい。」
そう小さく呟いた仗助くんは、遠慮がちに私を抱き締めた。
そっと壊れ物を扱うみたいに腕を回されて、心臓が壊れそうなくらい脈打つ。
「…え、」
振袖を、着られなく?
しばらく悩んで、やっと言葉の意味に気付く。振袖が着られなくなるってことは、つまり。
「…私、まだブーケもらってないから。」
まるでプロポーズみたいな彼の言葉に、真っ赤になっているであろう頬を隠すように顔を背けてそう返すと、彼は苦笑しながらそっと腕を解いた。
「…じゃあ、俺が大人になるまで…ブーケ貰わないで。」
「…ちゃんとそれまで一緒にいてくれたら、考えてもいい。」
こんな回りくどい会話を、他人が聞いたらハッキリしろよと怒られてしまうかもしれないなぁ、なんて思ったら面白くて、思わず笑みが零れた。
「マジっスか!そんな簡単なことでいいの?」
少し冷たい夜風に、仗助くんの嬉しそうな声が響く。彼は思いの外響いた自分の声に照れ笑いして、改めて私に向き直った。
「…いつものななこさんも、今のななこさんも、大好きっスよ。」
早く私の番が来ないかな、って、今日の花嫁さんの笑顔を思い出したのは仗助くんには内緒にしておこうと思う。
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bkm