ガールフレンドと、彼女の境目はどこなんだろうか。
ななこはグレートに可愛いから、色んな噂をしょっちゅう聞く。野球部エースの先輩をフったとか、彼氏がいるとかいないとか。その噂の真相を確認できる程度には仲が良いはずの俺たちだけれど、なんでかいつも、俺はそれを彼女に聞くことができない。
「仗助、何溜息ついてんの?」
「おー、べっつにー…うん、何でもねえよ。」
悩んでた原因のななこに言われたもんだからすげー歯切れ悪い返事になっちまって、彼女は薄めの眉を困ったように下げて俺を覗き込んでくる。
「ドゥ・マゴ行こっか?相談乗るよ?」
「んじゃあよー、奢ってくれよ。」
冗談のつもりで笑ってみせれば、ななこは「私のお財布と相談してー、お財布が良いって言ったらね!」なんて可愛い返事をくれるもんだから、返す言葉が見つからなくなってしまう。
ホント俺、ななこのことが好きなんだなって思う。自覚しているからって何か出来るわけではなくて、むしろ何も出来なくなってるんだけど。気付く前は、ななこがもっと近かったような気がするのに。
「…すけ、仗助!…ホント大丈夫?」
目の前でひらひらと手を振られてハッと我に返った。心配そうなななこの顔を見るのは申し訳ない。
「あ、悪ィ悪ィ。」
「…せっかく可愛い子とデートなんだからさー、もっと嬉しそうにしてよね!」
デートと言われて、思わず顔がニヤけちまう。そっか、ななこはデートだって思ってくれてんだ。
「自分で可愛いとか言っちゃうかぁ?」
彼女は自分の魅力をわかっているのかいないのか、時々煽るようなことを仕掛けてくる。それは言葉だったり動作だったり。
今だってほら、上目遣いで少しばかり不安げに「可愛く…ないかな…?」なんて。
可愛いけどな。マジほんと、グレートっス。
並んで歩くとどうしたって俺の方が速いから、ななこはちょこちょことリスみたいに追いかけてくる。本当はペースを落としてやるべきなんだろうけど、気恥ずかしいのとその姿がかわいいのでつい少し前を歩いてしまう。
「仗助、ねぇ。この間ラブレターもらったってホント?」
「…あー、あれは断ったぜ。」
ドゥ・マゴのテラス席に腰を下ろすなり、ななこはキラキラした目でこっちを見てくる。
「そっか、仗助って意外と硬派だもんねー。キョーミないの?」
「んー、キョーミないっつーかァ…」
ないどころか大アリなのに、聞けなくて悶々としていて、おまけに相手はアンタなんだ。
なんて言ったら、ななこはどんな顔をするんだろうか。こうやって向かい合っているだけで、ドキドキと幸せな音がしてしまうってのに。
「ななこはどうなんだよォー」と、ただそれだけのことがなんで言えないんだろう。
「…もしかして、それで溜息吐いてたとか?」
認めたら女々しい奴だと思われやしないだろうか、と思うと曖昧に笑うことしか出来なかった。俺の反応を見たななこは少し寂しげに「私には言えないかな、ごめんね」と言った。謝ることなんて全然ないのに。
「や、ななこが謝ることなんてねーよ。…俺が、言うのが恥ずかしーから…。いや、うん。そう…恋煩い、っつーの…?」
「マジか!…だれ?」
ぐいっと身を乗り出してくるもんだから、セーラー服の胸元がちらりと見えて慌てて目を逸らす。誰、なんて言えるわけないのに。
「それは言えねえよ。」
運ばれてきたコーヒーに視線を落として呟く。何も入れずに唇を付ける。まるで心の中みたいな苦さ。
「なんでよ水臭い。私も教えてあげるからさぁー、」
あれ、コレ俺が知りたかったことじゃね、って気付いて、慌てて「マジで!?」と返す。
下ろしたカップががちゃりと音を立てた。
「あれ、そこ食いつくとこ?」
ななこは呑気に笑ってる。俺はそれが知りたくてずっと悩んでるってのに。
「…だってななこモテるじゃん。どーなの。」
なるべく軽く聞かなきゃいけないのに、どうしたってマジになってしまう。ジッと見つめると彼女は恥ずかしげに瞳を伏せた。
「…いるよ、好きな人。」
はにかみながら囁くように言われて、心臓が早鐘を打つ。俺にそう言えるってことは、好きなのは俺以外の奴なのかなってことに気付いた瞬間、頭を殴られたような衝撃を受けた。
「…マジかぁ…そいつ、羨ましいな。」
溜息と一緒に思わず本音。
あれ、これ俺がななこを好きだって言ってるようなもんじゃね?って思ったけど、唇から零れた後ではもうどうしようもなくて。
「…本当に、そう思ってくれる?」
「…へ?」
「なんでもない。…仗助とデートするの楽しいなぁって。」
それって、それって期待してもいいんだろうか。ななこが、俺のこと好きだって思ってくれてるって。
「俺もよぉ、ななこと一緒にいるの楽しいぜ。」
それが今の俺に言える精一杯だった。デート、なんて単語は気恥ずかしくて軽々しく口にできない。女子ってやつは女同士でもデートしよう!なんて軽く言ってるから、きっとななこだって同じように『二人で出掛ける』って意味でしか使ってないのかもしれないけど、そう言われてしまっては期待せずにはいられない。
「…で、仗助の恋煩いの相手は?」
「…内緒に決まってんだろ!」
それでもやっぱり、俺は怖くて聞けなくて悶々とするばかりなのだ。
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bkm