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ヒーローの自由度ったら。

ぼーっとしていた私がいけないといえば、そうなのかもしれないけど。

「ぶつかっといて謝罪も無しかよぉ〜?」

「え?ぶつかっ…?」

「まぁ落ち着けよ。可愛いオンナノコには優しくしねえとなぁ?」

この状況は、ちょっとどうしたもんか。

駅前繁華街の裏路地。
確かにコワモテのおにーさんたちがたむろしているなと思ってたけど。
まさか1mも先にいた彼らにぶつかったなんてイチャモンを付けられて取り囲まれることになろうとは。

「あの、私…」

「なぁに、お詫びにちょーっと俺たちと遊んでくれりゃあいいからさ。」

腕を掴まれそうになったので走って逃げようとしたけれど、震える足は言うことを聞いてくれず、わずか数歩で足がもつれてアスファルトに転がる私。彼らは笑いながら、悠々と近づいてくる。

「や、やだ…っ…」

怖い。やだ。
誰か助けて。

涙で歪む視界はアスファルトばかりを映していて何が起こったのかよくわからなかったけど、ドカッとかガシャンとかそういう音がして、私が顔を上げると、目の前には這々の体で逃げ出す彼らと、彼らなんかよりずーっと不良染みた男がひとり。

「え…?」

「…大丈夫?…って、これ助けていいんスよね?」

正義のヒーローは、存外間抜けなセリフを吐きながら私に手を差し伸べてくれた。

「ありがと…う、ございます…」

大きな手を取って立ち上がろうとするも、未だ震える足は上手く動かない。
ひどく特徴的な髪型の彼は、人懐っこい笑顔を浮かべながら、力強く私の手を引いた。

「もー大丈夫っスよ。…ここ座れる?」

「…うん…」

涙をゴシゴシと制服の裾で拭って、言われるがまま植え込み近くの段差に腰掛ける。転んだせいで擦り剥けた膝が視界に入って、今更ながらずきりと痛んだ。

「…怪我もないし、大丈夫そうっスね。」

笑顔の彼を見る。血が滲んだこの膝が見えていないのか…と再び自分の足を見れば、傷なんて嘘だったみたいに、普段通りの私の足。

「え?あれ…私、転んで…」

「パニクってただけじゃないっスか?」

足ガクガクだったもんなぁ、と彼は軽く笑って、私の隣に腰掛けた。

「えと、あの…ありがとうございます…」

「いーってことよ。…もしかして、ここ近道で使ってる?ぶどうヶ丘の中等部だろ?」

こくりと頷く。うちは定禅寺なので、ここを抜けると駅の向こうまで早い。
薄暗くてあまり好きじゃなかったけど、広い道は遠回りなので時々使っていた。

「あ、俺ぶどうヶ丘の高等部だから制服わかんの。怪しくないかんね。」

そう言って笑いながら弁解する彼。
改造されているのとインパクトの強い頭で気づかなかったけれど、言われてみればその学ランはうちの高等部のもののようだった。

「…先輩なんですね。本当にありがとうございました。…あの、お礼を…」

「あー、そーいうのいいから。…一人で帰れる?送ってやろうか?」

困ったように頭を掻いて、彼は立ち上がる。

「大丈夫、ひとりで帰れます…」

先輩に倣って立ち上がったつもりが、まだ膝が震えていたらしく、よろけてしまう。

「大丈夫かぁ?…落ち着くまでもーちっと座る?」

「…すみません…」

再び腰を下ろす。助けてもらった挙句こんなみっともないところを見せてしまうなんて情けない。

「そういやさ、名前なんての?」

「あ、ななこです。」

「よろしくななこちゃん。俺は東方仗助。」

そう言ってにっこりと笑う東方先輩に、私はすっかり心奪われてしまった。

「やっぱり、お礼をしたいので…連絡先教えてもらってもいいですか!」

携帯を取り出すと東方先輩は面食らった顔をして、それから少し笑って携帯を出してくれた。

「…はい、これ俺の連絡先。」

光る画面の先に見える番号を入れて、ワンコール。
先輩の電話がピリリと鳴ったことを確認して、手元に返す。

「アドレスはあとでショートメールで送りますね。」

携帯は大切にカバンにしまって、立ち上がる。浮き足立った気持ちで恐怖はどこかに行ってしまって、今にもスキップしてしまいそう。

「…大丈夫そうっスね。」

「…はい!もう大丈夫。…助けて欲しい時は、電話しますから。」

そう言って笑えば、軽く頭をぽんと叩かれた。

「おー、仗助くんに任せときな!…って、髪、すげーサラサラ。」

そのまま撫で降ろさてドキドキしてしまう。毎日お手入れを頑張った甲斐があった。

「先輩も、素敵な髪型ですよね。お手入れ大変そう。」

「まーな、グレートだろ?」

「とっても格好いいと…思います…」

ぽつりと零せば、東方先輩は「だろ?」なんてお日様みたいに笑ってくれた。

まるで映画のヒロインになった気分。
結局家の近くまで送ってくれた先輩は、俺んちと結構近いじゃんなんて嬉しい言葉を残して帰って行った。

*****

「あ、ななこちゃん。」

「東方せんぱい!」

それからはメールしたり一緒に学校に行ったりと、夢のような日々。

ただ、夢のような、ってだけあって、醒めるのも突然だったのだけれど。

「アンタ中坊の癖に生意気なのよ。」

「仗助くんが優しいからって調子に乗らないで。」

セーラー服の高校生たちに囲まれる。みんな綺麗にお化粧をして、髪からは甘い香りを漂わせて。
そりゃあ私みたいなガキが、憧れの『仗助くん』に纏わり付いてたらムカつくだろうな。

彼女たちは別に私を殴ったりはしなかったけれど、謝る私に「来週までにその髪切ったら許してあげる。」なんて死刑宣告にも似た言葉を吐いて去っていった。

東方先輩は、当然みんなのヒーローだって、気付かなかった自分を恨んだ。

*****

『最近連絡ないけどどーしたんスか?』

先輩からのメールは、もう3日前。
校舎は違うし、私の髪は短いし、もう会ってもわからないかな…なんて寂しい事を考えながらの帰り道。
それでも未練がましく、届いたメールを眺めてしまう。

東方先輩と一緒にいなければ他の女子生徒も私なんかに興味はないらしく、その後は至って平和な日々。髪を切るんじゃなかったかな…と思うけど、切ったせいで平和になったかどうかは定かではない。
ショートも似合うね、とみんなは言ってくれたけど、髪のお手入れが趣味みたいなものだった私は、夜の時間を持て余して仕方ない。

勉強でもしようかとドリルを開いてもやる気は起きず、指で弄ぶ髪が短くてただ悲しくなる。

『ななこちゃん、外見て。』

突然届いたメールに驚いて窓を開ければ、憧れのリーゼント。

「せんぱい!?」
「ななこちゃん!?」

私たちの驚きは綺麗にシンクロした。

先輩は笑って、降りてこれる?と手招き。
どうしようか悩んだけど、私が大好きな先輩の誘いを断るなんてできなくて。
家族にバレないようにそっと玄関を出る。
先輩に駆け寄ると、ここじゃあなんだからと近くの公園まで歩く。

「座ろっか。」

「…突然どうしたんですか?」

公園のベンチに並んで腰掛ける。
そういえば最初に助けてもらった時も、こうやって並んで座ったな、なんて。

「いや、それは俺の台詞っスよ。返事くんねーし今見たら髪も切っちゃってて…なんかあった?」

ありましたなんて言えるはずもなく、曖昧に笑って終わりにする。
先輩はひどく真剣な眼差しで、私を見ていた。

「それ、俺のせいだろ。…ごめんな。マジごめん…」

ぺこりと勢い良く頭が下げられる。
何が起こったのかわからずオロオロしていると、先輩はゆっくりと話し始めた。

「…あの、さ。俺、女子たちが話してるの聞いちまって…」

びくりと身体が強張る。聞いてしまった、というのは、私の悪口か何かだろうか。

「俺のせいで、って…んでさ、気付いたら『アレは俺のだから手ェ出すな』って、思いっきり啖呵切ってた。」

「…え、…?」

その流れで行くと、アレっていうのが私のこと…?なんて、自惚れもいいとこだと笑われてしまうだろうか。

「…色々後からんなっちまって悪ィんだけどよォ…その、『俺の』っての…本当にしてもいいっスか?」

これこそ、夢なんじゃあないだろうか。
今までずっとかっこ良く見えていた先輩が頬を染めて、躊躇いがちにこちらを伺う姿はなんだかとても可愛らしく見えて。

「…私なんかで、いいんですか…」

別に取り立てて美人ってわけでもないし、褒めてもらった髪だって短くなってしまったし、誇れるものなんて何もないのに。

「…ななこちゃんが、好きなんス。」

「わ、たしも、東方先輩のことが…すき、です…」

言い終わらないうちに、ぎゅっと抱き締められた。

「マジ!?そりゃあグレートっスね!!」

それはもう嬉しそうにするもんだから、なんだかおかしくて笑ってしまう。

「なんですかそれ…。」

「だってよぉ、急にメール無視されて…俺なんか悪ィことしたかなって…」

「…ごめんなさい…」

しょんぼりと頭を下げると、謝んないで、ななこちゃんは悪くないし!と慌ててフォローされる。

「これからは、俺がちゃんと守るから。」

はっきりとそう宣言する姿は、本当にヒーローそのもので。
あぁすごいカッコいいなぁ、と思ったらなんだか急に照れ臭くなってしまう。顔が熱い。

「…ありがとうございます。」

赤い顔を隠すように俯けば、大きな手が頭を撫でる。
髪が短いせいか、撫で下ろす指先が首筋に触れてくすぐったい。

「髪、ホントごめんな。」

髪型に拘りを持つ先輩だからこそ、気になるのだろう。何度も髪を撫でられながら謝られる。

「また伸びますから、大丈夫です。」

「でもよぉ、俺、長いの好きだったのに。」

あ、短いのも勿論可愛いぜ、としっかりフォローも忘れないあたりが、先輩がモテる原因なんじゃないかなと思う。

「…じゃあ、伸びるまで…側にいてください…」

これくらいのワガママは許してもらえるかな、と口に出した言葉に、先輩は不満そうな返事。

「俺ぁそんなのゴメンっスよ。…もっとずっと、一緒じゃなきゃあ。」

そう言うと、私を抱き上げて膝に乗せる。
先輩よりも視線が高いのも、お尻の下が柔らかく暖かいのも、なんだか変な感じ。

「あの、先輩…ここ、外で…」

「こんな時間じゃあ誰も見てないから、へーきへーき。」

悪戯っぽく笑うとぎゅうと抱き締められる。
くすぐったくて身を捩ると、面白がってさらに擽られた。

「…やぁ、くすぐったい…ッから、や…」

「えっちなことしてるみてーな声だけど。」

耳許で囁かれて、身体が震えた。
思わず漏れた吐息に、先輩はくすりと笑う。

「せんぱいが、くすぐるから…」

恥ずかしくて膝から降りようとしたけど、逞しい腕に阻まれて逃げられない。

「やべー、ホントかわいーねななこちゃん。」

おにーさん狼になっちまうぜ、なんて笑っている。冗談だか本気だかわからない。

「おおかみ…」

「そうそう、油断してるウサギさんをこーやってぇ、ガブッと。」

言いながら首筋をべろりと舐められる。
ぞわぞわと背筋が粟立って、思わず変な声が出てしまう。

「ひぁ、っ!…ん…」

「…やーらし。外なのに…むしろ外だから?」

ちゅ、と何度も首筋にキスされて、その度にわけがわからなくなる。なにこれ、なんで、こんな。

「…っせんぱ…い…」

しがみつく以外になにもできない。何もかも初めてで、夢みたいで。恋人っていうのは、果たして本当にこんなものなのか。

「…仗助、って、呼んでみ?」

「…じょー、すけ…」

「よくできました。」

ご褒美にちゅーしてあげよっか?と言われて顔が赤くなるのが分かる。
返事が来ないのを見た先輩は、楽しげにくすくすと笑う。

「…したことない?」

こくこくと頷くと、まるで闇夜から獲物を狙う狼みたいに瞳を光らせて、文字通り噛み付くようなキスをされた。

「…っぅ、…んっ…」

閉じてあった筈の唇は抉じ開けられて、ぬるつく舌が私を絡め取る。
どうやって呼吸したらいいのかわからなくて、苦しくて気持ちよくてただしがみつくことしかできなかった。

「…っは…ぁ、…」

ようやく唇が離れる頃には、私の身体はすっかりへにゃへにゃになっていて。
満足そうな先輩の顔すら、涙で滲んでマトモに見えない。
告白直後にこんなことになってしまうのは果たしていいんだろうか、と疑問を投げ掛けようとしたんだけれど。

「…大好きっスよ。」

そう満面の笑みで囁かれてしまっては、信じるしかない。


萌えたらぜひ拍手を!


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bkm