「ね、もう歩けるから…」
そう言いながら弱々しく胸を押される。
びしょ濡れの身体は冷え切っていて、それでも触れ合っている部分だけは暖かい。
「…逃げないって約束するなら降ろしてもいいっス。」
「…する、から…」
繋いだ手だけを残して、温もりが離れる。
冷たい指先を温めるようにぎゅっと握ると、握り返す手に少しだけ力が篭った。
「…どっか、休めるとこ行きましょ。」
手を引いてずんずんと進む。
雨にネオンが乱反射する悪趣味な建物に、戸惑いの声も聞かず入っていく。
光るパネルを適当に押して、部屋を決めた。
「…あの、仗助くん!」
「…濡れ鼠じゃこんなとこくらいしか入れないっスから。風邪引くの嫌だろ?」
そう言うと諦めたのか大人しくなる。
不安げに握られる手。不安にさせている相手に縋るしかないななこさんは、どんな気持ちなんだろうか。
「あーぁ、びしょ濡れっスねー。」
真っ直ぐにバスルームへと入り、お湯の温度を確認して蛇口を一杯まで回す。
この冷えた身体を、早く温めたい。
脱衣所で所在なさげにしているななこさんに問う。
「ななこさんはこのびしょ濡れの仗助くんを放っておくような人じゃないですよね?」
「…先に入ってきていいよ?」
きょとんとしているななこさんは、まだ俺の言葉の意図に気付いてないみたいだった。
「勿論、俺だってずぶ濡れのななこさんを放っておけるような男じゃないっスよ。」
「…えっと、だから仗助くん先に…」
「っつーことで、一緒に入りましょ?」
にっこりと笑って見せたところで、やっとわかったらしいななこさんは、顔を真っ赤にして首を振った。
「…や、やだやだ!!!」
「風邪引くよりいいと思うんスけどぉ。」
肌に張り付く服を脱ぎ捨てる。
どうやって乾かすかはゆっくり考えればいいだろう。今はなによりもこの不快感から解放されたい。浴槽から立ち上る白い湯気が俺を誘う。
「…待ってる、から…仗助くん先に…」
「じゃあ!ななこさんがいいっつったら俺が入りますから。…それならいいっしょ?」
背中を向けて「見てないんでどうぞ」と促せば、小さく同意の声が返ってきた。
「こっち、見ちゃダメだから…」
濡れた服が落ちる音と、ドアが開く音。
振り向きたい衝動に耐えて、水音を聞く。
少しして「もういいよ」と声が響いた。
「お邪魔しまーす。」
浴槽を見れば、こちらに背を向けて小さくなるななこさんの姿。
白い首筋から肩にかけてのラインが艶めかしい。二人で入ることを想定して作られている湯船は広くて、お互いが触れずに入ることもできそうだった。
「そんなにちっちゃくなんなくてもいーんじゃないっスか?…広いし。」
膝を抱えて縮こまる背中を後ろから抱え込む。ななこさんは身を固くして、困ったように俯いた。
「じ、仗助くん!…あの!」
「…ね、なんだと思うっスか?このボタン。」
縁にある2つのボタンが気になって押してみる。片方はぼこぼこと泡が出て、もう片方は湯船の中がカラフルに光る。
「わ、なにこれすごい!」
先程までの表情とは打って変わって、楽しげにジャグジーを満喫している。
なんだか可愛らしくて、思わず笑みが零れる。
「…俺、先に上がりますね。…ゆっくりあったまってきて。」
そっと髪を撫でて、湯船を出る。
脱衣所にあったバスローブに袖を通し、濡れた服を洗面台で絞る。とりあえず二人分の服をハンガーに掛けて、エアコンの送風口の前にぶら下げた。
「…イキオイで入っちまったけどよぉ〜…」
溜息を吐きながら部屋を見回す。
初めて入ったホテルの部屋は意外と広い。
真ん中にキングサイズのベッド、枕元には沢山のスイッチと、カゴに入ったコンドームとティッシュ。
さあどうぞ!と言わんばかりの状態に、どうしたもんかと頭を抱える。
飲み物でも飲んで落ち着こうと自動販売機らしき戸棚を開ければ、それは飲み物ではなく所謂大人のオモチャというやつが並んでいて、慌てて扉を閉めた。
深呼吸を一つして、気持ちを落ち着ける。
ななこさんが上がったら、どうしようか。
テレビの下の冷蔵庫を開けてみると、そっちが飲み物の販売機になっていた。
ミネラルウォーターを取り出して喉に流し込んでいると、後ろで脱衣所の扉が開く音がする。
「ななこさん、水飲む?」
「あ、ありがと仗助くん。」
飲みかけのボトルを手渡すと、何の躊躇いもなく唇を付けた。先程の口付けを思い出して、身体に熱が篭る。
「…さっき言ったこと、…好きって、俺…マジだから。」
ぽつりと、唇から零れる言葉。
けれどななこさんの返答は、ちっとも嬉しくないもので。
「…常套句、に、聞こえるんだけど…」
「…ななこさんだけっスよ。」
「…うそ…」
本当なのに。どうしてそんなに信じてもらえないのだろうか。
「んー…どうやったら信じてくれます?」
「…わかんない…」
俯いて首を振る。可愛らしいこの人は、俺のものにはなってくれないというのか。こんなに本気なのに。どうして。
「…じゃあ、信じてくれなくてもいいっス。…悪いヤツだと、思っていいから。」
勢いよく押し倒して、噛み付くように口付ける。そのために用意されている大きなベッドは、二人分の体重を難なく受け止めた。
「…っん、…や…」
泣きそうな顔でぎゅっと瞳を閉じてしがみついて。それでも気持ちよさげに吐息を漏らして。
ぐちゃぐちゃに犯して俺のものにしてやりたい。
「ね、ななこさん。好き。」
バスローブのリボンを解く。いとも簡単にななこさんは生まれたままの姿になった。
「きゃあ!あ、の、…恥ずかし…」
「…キレーっスよ。」
額から頬、唇、首筋と口付けていく。
鎖骨にまで口付けが降りたところで、ななこさんが不安げに呟いた。
「…こんなの、慣れっこ…?」
「もー!なんでそんなに経験豊富にしたいんスか!」
悔しいので鎖骨に噛み付く。肌を撫でながら吸い付いて跡を残せば、ななこさんは擽ったそうに吐息を漏らした。
「だってッ、仗助くんかっこいいし…、私が好きなのなんて、ッきっと、知ってるんでしょう…?」
「…いま、なんて言いました…?」
手が止まる。聞き間違いじゃなければ、好きって、言っ…た…?
「私が…仗助くんのこと好きなの知ってて、からかってるんじゃ…ないの…」
「…アンタさぁ、俺のこと好きならもうちっと信用しろよ。」
好きだと言われているのにこの扱いは酷すぎるんじゃあねーか。
頬を両手で挟んで、顔を思いっきり近付ける。吐息が掛かる、唇が触れてしまいそうな距離。
「…だっ、て…」
「…何がそんなに不安?俺が好きだって言ってるのに。」
見つめれば泣きそうな顔をして。俺が露伴だったら今すぐに自分を本にして読ませてやりたい。そうしたら、信じてもらえるのに。
「…わかんない…でも…」
「あー、もう!言ってわかんないなら身体に直接教えるしかないっスね!」
煮え切らない態度にも、信じてもらえない自分にも嫌気が差す。
反論を封じ込めるように唇を塞いだ。
「…っん…ぅ、は…」
口内を探るように舌を這わせていく。
どちらのものかわからない唾液が唇の端から零れて、ななこさんの頬を濡らした。
「…俺ッ、本当に…ななこさんのことが好きなんス…」
全身に口付け。肌の感触を楽しむように舌を這わせて、時折きつく吸い上げる。首筋に、胸に、腹に、赤い花を咲かせて。
「…っ、や…ぁ…」
脇腹から太腿に向かって唇を滑らせる。
脚を開かせようと力を込めると、僅かな抵抗。
「…こわい…よ…」
「…怖い?」
「……ん…やだよ、じょーすけくん…」
ぽろぽろと涙を零しながら俺を呼ぶ声。
俺のことが好きだっていう癖に、どうして。
「なんで、なんでなんスか…ななこさん…」
「…っひぁ、ん…ッん…」
脚を開かせて秘部に舌を這わせれば、そこは十分に潤っていて。
口許を押さえているんだろう、頭の上からはくぐもった喘ぎが聞こえる。
「俺のこと好きだって、言ったじゃん…」
「…ッあぁ…や、んッ、ぅ…あ…」
「…こんなに濡れてんのに、何が嫌なんスか…」
指をゆっくりと沈めれば、啜り泣くような声。行き場のない手がシーツをきつく握りしめているのが視界の端に見える。
「ぅあ、ぁっ…っん、あ…」
「…気持ちいーっスか?」
「…っあ、じょ、すけく、やだっ、や、ああっ、んんっ!」
ちゅっと音を立てて花芯を吸い上げれば、ななこさんはあられもない声を上げて俺の指をぎゅうぎゅうと締め付けた。
「…ぁ…っはぁ…」
必死で呼吸を整えるななこさんから身体を離して、枕元のカゴを探る。
「…俺のことも、気持ち良くして。」
そう耳元で囁くと、びくりと震える肩。抱き締めて押さえ込んで、己の熱を沈めた。
「ッや、あっ、」
「…ッ、ななこさん…すげ、熱い…」
こんな無理矢理身体だけ繋いだって何にもならないのに。申し訳ないと思う心とは裏腹に、身体はひたすらに快楽を追う。
「…ぅあ、じょーすけ、く…んっ、あ…」
突き上げる度に、泣きながら名前を呼ばれて。それだけでイってしまいそうになる。
俺しか見ないで、俺しか考えないで。
「…好き、ななこさん…ッ…!」
ぎゅうっと抱き締めて欲望を放ったけれど、ラテックスに阻まれて彼女に届くことはなかった。
もし俺がもっと大人だったら。承太郎さんや露伴だったら。
こんな無理矢理身体だけ抉じ開けなくても、ちゃんと、彼女の心を開けたんじゃないかと。そう思うとなんだかとても自分が低俗な生き物のような気がして悲しくなる。
実際問題、酷いことをしたのだけれど。
少しだけ冷静になった頭で、そんなことを考える。
目の前で泣いているななこさんから、目を逸らしたかったからかもしれない。
「…っう…っ、う…」
枕に顔を埋めて声を殺して咽び泣くななこさんに、なんて言葉をかければいいのかわからなくて、そっと髪を撫でる。
そうしているうちに、泣き声はいつの間にか寝息に変わっていた。
*****
髪を撫でられる感触がする。
ゆっくりと浮上する意識。まだ眠くて目は開かない。
滑る指が心地よくて再び微睡みに身を任せようとして、優しい手がななこさんのものであることに気付く。
「え、ななこさん…!?」
ぱちっと目を開けると、ななこさんはびっくりしたように手を引っ込めた。
「…じょ、すけくん…」
「…今、の…もっかい。」
擦り寄るように身体を寄せれば、困ったような瞳。
「もう一回…って…」
「…もしかして…一回抱いたくらいで恋人面すんなって思ってます?」
上目遣いで見上げると、ななこさんは頬を染めて俯いた。
「…なにそれ…どっちかって言えば私の台詞なんじゃ…」
「…それは絶対ないっス。…好きだって、ずっと言ってんじゃん。」
昨日からしつこいっスよ!と一蹴して、ななこさんの手を頭に乗せる。さっきみたいに優しく撫でて欲しい。
「…仗助くん…」
頭の上を控えめにそっと、掌が滑っていく。
自分が犬にでもなった気分だ。ななこさんになら、飼われたっていい。
「…きもちい。…ねぇななこさん、…好き。」
ぽつりと零した言葉に、ななこさんの手が止まる。まだ、信じてくれないんだろうか。
俺はどうしたらいいんだろう。
「…私、重いかもよ?」
「いいっスよ。」
「仗助くんの想像と、きっと違うよ?」
「…いいっスよ。」
「つまんなくって…すぐ、飽きちゃうかもよ。」
「…そんなのいいから、早く好きって言えよ。」
引き寄せてぎゅっと抱き締めると、ななこさんはおそるおそる俺を抱き返した。
「…仗助くん…大好き…」
「最初っからそー言ってりゃいーんスよ!」
手間かけさせて、散々泣いて。
遠い回り道なんてしなくても、良かったのに。
腕の中で少しだけ不安そうに、それでもしっかりしがみ付いてくる小さな身体を、安心させるようにきつく抱き締めた。
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