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うわさのキッス

雨音が雷鳴すら霞ませる。
バケツをひっくり返したような、という例えがぴったりくるような天気に、通り過ぎていく車のライトが雨粒を浮かび上がらせては消えていく。

通りを眼前にしながら、俺たちは身を寄せ合うように、シャッターの降りた店のシェードに隠れて、まばらに流れる車を見ていた。

雨の勢いは激しく、アスファルトに叩きつけられた雨粒たちの残滓が引っ込めた爪先を濡らす。

「タクシー、来ないね。」

ななこさんが困ったように呟く。
しかし雨音がそれを叩き潰して、俺の耳にはうまく届かない。

ざあざあと煩いのは、雨音か胸騒ぎか。

「…え、スンマセン。もっかい。」

少しだけ腰を折って、耳許に言葉を掛ける。
ななこさんはびっくりして一歩足を前に出し、跳ね返る雨に負けて進めようとした歩を戻した。

「タクシー、来ないねって。」

気持ち大きめに発しているのだろう、こちらに向いた唇がハッキリと動く。
雨に濡れて寒いせいか普段より些か血色の悪いそれは、暗闇の合間を照らすヘッドライトに煽情的に浮かび上がる。

「…そーっスね。」

困ったように眉を下げて答える。
タクシーが来ないことに、帰れないことに困っているわけではない。
この感情を持て余しているだけだ。

いいかげんな男ではない。
彼女がイメージしている女性関係に長けた、所謂遊び人というやつよりは。
この身なりのせいかはたまたキャラクターのせいか、彼女は俺を女誑しだと思っている。
そのため好意を露わにしても、誰にでもそうなんでしょう?みたいな顔でにこにこと躱されてしまう。こちらは本気だというのに。

そんな相手の紅の唇を前にして、銀色の檻に囲まれた闇の中で、帰りたいと思えるわけがない。この不安げな小さな背を、壊してしまいたい。
赤ずきんを騙して食べてしまう悪い狼になってしまおう。この赤ずきんはワインもパンも持っていないし、おばあさんのところへも行かないけれど。

稲妻の光に弾かれるように、俺はななこさんの身体を抱き寄せて唇を重ねた。

「…ッん!?」

何か言おうとする言葉を、嬲り殺しにする。引っ込められた舌を引きずり出して、絡め取って。

「…や…っ!」

彼女は俺を突き飛ばして雨の中に沈んでいく。ずぶぬれに濡れた髪から滴る雫を拭うこともせずにずんずんと足を進めて。泥水を跳ねさせながら。
伏した瞳から流れる雨は、もしかしたら塩辛いのかもしれない。

彼女を追いかけ、同じように雨の中を進んでいく。買ったばかりの靴が濡れる事も、自慢のリーゼントが崩れるなんて事すら、一瞬だって考えなかった。相当本気にさせられている。
もう彼女以外の何も、目に入りはしない。

「ななこさん!」

あなたはきっと知らない。
もうギリギリのところまで来てる。

まるで肉食獣が捕食するように、強く引き寄せて抱き締める。もう逃がさない。悪い男と言われようがケダモノと呼ばれようが、絶対に離すもんか。

「…好きです。…マジなんだ…」

ありったけの想いを込めたはずのその言葉は、泣きそうなくらい情けない声でもって、彼女のところに届いた。

見開いた彼女の目に光っていたのは、多分雨ではない。

「…誰にでも…言うんでしょ…」

「アンタだけっスよ…」

そう告げると、再び口付ける。
雨のせいで先程より冷たくなっている唇を温めるように、触れるだけのキス。

「…仗助、くん…」

離れた彼女が、俺の名前を呼ぶ。その唇に落ちる雨にさえ嫉妬してしまう。
雨を拭うように、もう一度唇を重ねる。

彼女の温かい唇が、雨に奪われた体温を内側から戻していく。
舌先を突いて、歯列をなぞって、余すところなく口内を犯していく。このまま全部奪い取ってしまいたい。

「…っ…ふ、…」

溺れているかのように縋り付く腕が愛おしい。おずおずと差し出された舌に驚き、ささくれ立った心がふっと緩む。そっと自分の舌を絡めると、パーツは同じはずなのにななこさんの方が柔らかかった。弾力を愉しむように撫で上げると、鼻にかかった吐息が漏れる。

「…好き、っス…」

「…ぅん…っ…」

下唇を軽く食んで、最後に愛の言葉を。
潤んだ瞳は雨のせいじゃない。

「…濡れちまいましたね。」

崩れてしまった髪をかきあげる。
ななこさんは喰われちまった草食獣みたいに俺の腕の中で息を荒げている。
膝からはすっかり力が抜けていて、どうみても歩けそうにないので、そのまま抱き上げた。

「ひゃっ!あ、の…」

「このまんまじゃあ仕方ないんで、…行きましょ。」

このまま二人で、夢の中へ。


*****

某アイドルグループの曲、すごい仗助っぽいなぁと思ったので書いてみた。

なぜ国民的アニメのエンディングで使われたのかわからないくらいエロい曲だと個人的には思います。
しかし「うわさの」要素がなくなってしまった。笑


萌えたらぜひ拍手を!


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bkm