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寂しがりの願い

日常にスタンドが溶け込んでから、いったいどれくらい経ったんだろうか。

吉良との一件が終わって、平和になったこの街。
それでも不意にまたこの平和が崩れてしまうんじゃあないかって、不安になることがある。

めずらしくセンチな気分を持て余して、外に散歩に出掛けた。
日中の暑い日差しとは裏腹に、まだ冷たい夜風。ひんやりとした空気が、頭を冷静にしていく。
星も月もなく、どんよりとした雲が低く渦巻いている。夜だというのに空は灰色だった。

「…はぁ。」

溜息をひとつついた。夜の静寂は答えない。
誰かの声が聞きたくてポケットから携帯を取り出すと、見知った番号を呼び出す。

ーーー出ない。

切なさは増し、息苦しくなる。
冷たく乾いたはずの空気が、やけに粘ついてうまく息が吸えない。

誰もいない公園のベンチに腰を下ろす。
冷たくて固い座面に身体と携帯を預けた。

プルルルル…

ピカピカと場違いな光と音。
それがなんだか暖かな気がして、急いで通話ボタンを押した。

「もしもし、仗助くん?」

「…ッス。」

ふっと、夢を見ているような気持ちになる。
耳許で聞こえる優しい声。自分を心配しているような。

「…こんな時間に珍しいね、どうしたの?」

「なんか声が聞きたくなっちゃってェ〜」

いつもみたいに戯けたつもりだったけれど、なんだかうまくいかない。
それはななこさんにも伝わってしまったようで、「いまどこにいるの?」と聞かれた。

「今…コンビニ行くとこっス。」

「それじゃ、私も行くから立ち読みして待ってて!」

早口でそういうとあっさりと通話が切れる。
夜中に女の子を歩かせるわけにはいかないと、再度電話をかけたけれど呼び出し音が途切れることはなかった。

あきらめてコンビニに向かう。

夜でも煌々と明るい店内は、昼間の喧騒を切り取って持ってきたかのようで。
店内には数人の客がおり、そこに混じって雑誌を開く。目線を窓の外に向けてもガラスに映る自分しか見えなくて、諦めて紙面に落とす。最近の流行のファッションに身を包んだ青年の姿。杜王町にはきっと似合わない。

「…お迎えにあがりました。」

後ろから声を掛けられて、振り向く。
声の主はにっこりと笑うと、俺の手から雑誌を奪い取った。

「…ななこさん。」

喉に張り付いた言葉を無理に引き剥がして声を出す。

「雑誌のモデルさんより、仗助くんの方が全然カッコいいよね。」

俺が見ていたページを見ながらそう言うと、雑誌を閉じて棚に戻した。

「…もう寝てましたよね。スンマセン…」

髪を後ろで一つに束ねて化粧もせずにいるというのに、可愛らしく見えてしまうのはなぜなのか。

「…プリン買ってさ、うちで一緒に食べよ。」

質問には答えないまま、俺の手を引いてデザートの棚の前に進む。プリンを2つ取ると、そのままレジへ。

「…俺が出しますよ。」

「財布持ってないでしょ。」

携帯しか持たずに出たらしい事に、言われて気づく。

「…あ…。」

「…仗助くん荷物持ちね。」

袋を渡されたので、慌てて受け取る。
プリンに気を取られているうちにななこさんはどんどん先に進んで行く。

「…ななこさん。」

「…早く、はやく帰ろ。」

訳も分からず急かされるままに背を追いかけ、ななこさんの家にたどり着く。

「おじゃまします、」

「…仗助くん、そこ座って。」

部屋に入るなりベッドサイドに座らされる。
言われるまま腰を下ろすと、立ったままのななこさんに抱き締められてキスされた。

「…ん、ちょ…、待っ…」

「…ひどい顔、してる。」

ぎゅうっと痛いくらい抱き締められる。
頭を抱き込まれて何度も何度も、額に頬に唇が落とされて。

「…ななこさん」

口付けを浴びるのにも慣れた頃に呼んだ声は、普段通りの自分の声だった。

「…落ち着いた?」

そう言って額にちゅっと音を立てて口付けると、彼女は俺の隣に腰掛けた。

「…スンマセン…」

ふっと溜息を吐く。吐き出した息は普段と変わらぬ暖かさで、ほんの少し安心する。

「…よしよし、もう寂しくないよ。おねーさんはどこにも行かないからね。」

そう言って優しく撫でてくれる。
子供扱いされているようで少々癪に触るが、実際見透かされているのだから仕方ない。

「…ななこさん、なんで…」

「コンビニに仗助くん迎えに行く間、私も寂しかったから。」

多分そういう季節なんだろうね、温もりの必要な。そう言って、ななこさんは柔らかく微笑んだ。

「…俺、正直まだ…怖いんス…」

「…そりゃそうだよ…。ね、呼んでくれてありがとうね。」

日常が崩れて、人が居なくなって。自分も周りもたくさん傷ついた上に、日常が乗っている。いつ崩れるか不安で仕方ない。
ななこさんは明日も仕事だというのに嫌な顔一つせず俺に付き合ってくれる。俺の弱音を受け止めて、大丈夫だって笑ってくれる。

「なんでありがとうなんスか。こんな面倒なこと。」

「…面倒なんかじゃないよ。私と一緒にいたら寂しくないって思ってくれたんでしょ?すごく嬉しい。」

それに、とななこさんは続けた。

「弱ってる仗助くん、めちゃくちゃ色っぽいんだもん。」

「なんスかそれ…」

俺は真剣に落ち込んでるのにこの人は…と思ったけれど、『弱々しい姿に唆る』のは概ね同意したい。
情事の最中の、ななこさんの姿が頭をよぎる。このベッドで、啜り泣くように息を乱して縋り付いて。今の俺が、彼女にはそんな風に見えているんだろうか。

「大好きだってこと。…朝までいても大丈夫なら、このまま一緒に寝よっか?」

二人で眠るにはいささか狭いベッドだけれど、今はこの狭さが嬉しいと思う。
ななこさんの言葉に甘えて、一緒にベッドに潜り込む。

「…あったけー。…ね、ななこさん。」

頬を寄せ合って、内緒話みたいに囁きかける。くすぐったいのか首を竦めながら、彼女が答える。

「…なぁに?」

「…俺の傍から、いなくなんないで。」

何があっても守るから、ずっと隣にいて欲しい。寂しくなったら抱き締めて、嬉しい時は笑いあって。

「…大丈夫だよ。」

その言葉を飲み込むように口付けて、そっと瞳を閉じる。
この日常が、どうか続きますように。


萌えたらぜひ拍手を!


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bkm