恋人ではあるけれど、私は仗助くんのことをよく知らない。
暫く学校をお休みしていた間に何があったのか、とか、どうしてそんなに傷だらけなのか、とか。
そもそも、眺めているだけで満足だったんだ。個性的な髪も、綺麗な瞳も、存外可愛らしい笑顔も、そこにあるだけで幸せだった。
だけどある日、それが私の生活から突然無くなってしまって。
入院したと聞いたけど、入院先はよくわからなくて。そもそもお見舞いに行ったって誰だかわかってもらえないし。
寂しくて悲しくて、どうしていいかわからなくて。戻ってきた仗助くんを、捕まえないわけには行かなくなった。あんな思いはしたくないから。
隣に居られるようになって嬉しいけど、仗助くんは時々、本当に時々少しだけ悲しそうな顔をする。
大好きだから気付いてしまって、気付いてしまったから見過ごせない。
仗助くんの抱えている何かに、私が寄り添う資格はありますか。
*****
「…あっちー!…アイス溶けちまうんじゃねーの?」
「雪見だいふくは溶けかけが正義!」
「ななこよォ、真夏に雪見だいふくは邪道だろー、あれはコタツで食うもんじゃん!」
「そんなこというと分けてあげないよ!」
「ウソウソ冗談!」
夏休みということもあり、暇をみては仗助くんと一緒に過ごしている。今日も二人で宿題をして、疲れたのでコンビニでアイスを買った帰りだ。
きゃっきゃしながら歩く。仗助くんの歩幅は大きくて速いけど、私のフィジカルを持ってすればなんということはない。
今だって、アイスを片手に彼はずんずん進むんだ。私はそんな仗助くんが好きだ。
「アイス!アイス!」
「っはーー、涼しいなぁ〜。クーラー様々だぜ。」
アイスをテーブルに出して、仗助くんと並んで座る。クーラーが効いた部屋だから、くっついても暑くないもんね。
「パピコ、食べながら帰れば良かったね。」
「あ、そういやそうだなー。」
二人で半分こしたパピコはもう柔らかくなっていて、唇に咥えたままでも十分吸い出すことができた。パピコを咥えたので、必然的に会話が止まる。
暫しの沈黙を破ったのは仗助くんだった。
「なぁ、この間の…嘘だろ。」
「うん。嘘だよ。…って、なんのこと?」
パピコの端っこを歯で抑えたまま答える。腹話術の練習みたいだ。マ行とパ行とバ行が言えないやつ。
「海でさぁ、泳げないっつったろ。」
「…あれ、ばれちゃった?」
言えるじゃん、バ行。じゃあこれは腹話術の練習じゃないな。当たり前だけど。
「…なんで?」
仗助くんは早々とパピコを食べ終わらせて、ゴミをコンビニ袋に戻している。
「…仗助くんが、みんなに何か隠したそうだったから。」
私の予想が外れてたらどうしよう。私バカだし。…緊張して喉が渇いたので、パピコを手に持って勢いよく絞り出した。冷たい。
「…意外と鋭いンだよなぁ…」
「差し支えなければ…聞きたいんだけど、ダメ…かな。」
咥えていた空っぽのパピコを捨てて、きちんと彼に向き合う。こんなシリアスなの似合わないのに。晴天みたいにからりと笑って側にいたいのに。
それでも、好きだから気になるよ。仗助くん。
「…何から話すかなー…」
少し困ったように頭を掻いて、彼は珍しく淡々とした調子で、語り出した。
吉良吉影という殺人鬼のことと、自分が入院していた時のこと。
時々言い淀むのは、他にも何かあるんだろうと思ったけれど、何を質問すればいいのかわからなくて頷くだけに留める。
だってどうして、仗助くんだけがそんなに傷だらけなの。
「…だからよォ、傷が残ってるの見たら気にされちまうと思って。」
凛々しい眉を顰めてしょんぼりする仗助くんは、本当にどこまでも優しくて。
「…私には教えてよ。大丈夫、私強いから。…仗助くんのこと守ってあげる。」
私はそう言って、彼の手を取った。
仗助くんが億泰くんたちを守りたいのと同じだけ、ううんそれ以上に、私は仗助くんを守りたいよ。
「…ななこ…」
「…カンドーした?いいオンナ?」
悪戯っぽく笑って見上げると、握った手をぐっと引かれて抱き締められた。
「グレートだぜ!」
あぁ、このお日様みたいな笑顔を守るためならなんだってしますとも。
腕の中でもぞもぞと身を捩り、仗助くんのシャツの裾を捲る。傷が残ってるかどうか、確かめたいと思ったから。
「ぅわ、なにすんだよななこっ」
「…ありゃ、これは…億泰がいくらバカでも心配するわ…」
なにをどうしたらこんなに痛そうな傷が残るのか。見てるこっちが痛い。
「恥ずかしーから、見んなよ。」
「…私がそう言ってもいつも聞いてくれないのは誰でしたっけね!ホレ脱げ脱げ!」
逃げようとする仗助くんを捕まえて脱がす。
気分は悪代官だ。こんなゴツい町娘は嫌だけど。
白日の下に晒した仗助くんの身体は、それはもう高校生とは…というか一般人とは思えない程に傷だらけだった。
「…やめろよ、見たって楽しくないだろ。」
冷たい声は、少しだけ震えていた。
「…ね、仗助くん。私…仗助くんのことが大好きだよ。」
いつも仗助くんがしてくれるみたいに、唇を落としていく。宥めるみたいな優しいキスは、私が一番好きな愛撫の形だったりする。
「…びっくりしたろ。」
「うん、した。…治してあげられたらいいのにね。」
一番酷い脇腹の傷に、そっと掌を当てる。
手当っていうくらいだから、少しくらいなんとかなってもいいんじゃないかと思って、そのまましばらくじっとしてみる。治るわけはないんだけれど。
「…手、あったけーなァ…」
ころりと身体を横たえて、腕で顔を覆う仗助くん。マウントを取った形になってしまい、ドキドキする。これは…私が襲ってるみたいじゃない?
「…仗助くんは…いつもこんな気持ちなの…?」
自分の下にひとつ、自由になる身体があって。さあ何をしてやろうっていう支配欲とか、綺麗だと思う気持ちとか、なんだか色々ごちゃまぜで。何かしなくちゃいけなくて、したい事も沢山あるのに、何が正解なのかわからなくてひどく不安になる。
「…ん?…代わってやろうか?」
普段の調子を取り戻しつつある仗助くんは意地悪な顔で笑うけど、私には精一杯虚勢を張ってるみたいに見えた。
「…おことわりします。」
大丈夫。大好きな仗助くんがしてくれたことは、恥ずかしいけどみんな覚えてる。
鎖骨の上に唇を寄せて、ちゅうっと吸い上げる。これ以上傷をつけるのは申し訳ないような気がしたけれど、私のものだって主張したかった。ここならきっと、見えてしまうから。
そのまま唇を這わせるように胸にずらしていく。逞しい胸筋に、無数の傷。
ひとつひとつ、親猫が舐めるみたいに丁寧になぞっていく。治れ治れと念じながら。
仗助くんは時折ぴくりと身体を震わせて、その度にお尻に硬いものが当たる。
私が気持ちよくしてるんだと思うと、なんだか満たされた気持ちになる。
「もし、痛くなったら…いつだってそばにいるから。」
傷も心も治してあげられないけど、抱き締めるくらいはできるよ。痛い痛いって弱音を聞くくらいは。
「そんなん、カッコ悪ィし。」
顔を隠したまま、ぽつりと聞こえる声。
私は仗助くんがどんなでもカッコいいと思うよ。今だって、超絶色っぽいし!
「いつだってどんなだってカッコ悪いとは思わない。…だーいじょぶっすよ、こわくないから。」
仗助くんの真似をしながら顔の上に乗っていた腕を退かして、キスをする。
「…ちこっと調子に乗りすぎなんじゃねーの?ななこちゃん。」
後頭部を抑えられて抗議の声を上げようとすれば、すかさず舌が入ってくる。
抵抗も虚しくあっさり蹂躙され、形勢逆転。
抱き込まれるように組み敷かれてしまう。
「ん!…っや…ぁ、ん…」
「…サンキュな。元気出た。…色んなトコの、な。」
悪戯っぽく笑う顔はいつもの仗助くんで、ホッとする。そっと微笑み返すと、彼の手が明確な意図を持って私の肌の上を這った。
*****
「あ、私の…雪見だいふくがあぁぁ!」
仗助くんの手でとろとろに溶かされた私が復活して起き上がると、待っていたのは私なんかよりもっとドロドロに溶けたであろう雪見だいふくの姿だった。
「あー、忘れてたなー…とりあえず冷凍庫入れっか…」
無造作に冷凍庫に放り込む。私の雪見だいふく。再冷凍とかぜったい美味しくない。
「痛みを知るには多少の犠牲はつきものなんだね…」
冷凍庫の雪見だいふくに合掌する。君の犠牲は無駄にしない!仗助くんは私がまもるよ。
「…ぷっ、なんだそれ!お前がいたら、痛みなんて忘れちまうよ。面白くて。」
私の行動に爆笑する仗助くん。待って、私は本気で雪見だいふくを悼んでいるというのに。
「なんで笑うの!」
抱き着いて脇腹を噛むとあいたたた!と仗助くんが悲鳴を上げた。
「ひでぇ!まだ痛えのに!」
「雪見だいふくの代わりに食べてやる!」
「…どーせ食べるならココにしてよ。ペロペロ舐めてさ。」
「えっち!セクハラ!!!」
普段の調子に戻った私たちは、転げ回るようにして戯れ合う。
傷が消えてなくなるまで、側にいさせてもらえるかな…って聞きたかったけど、消えても側にいたいから、やめておいた。
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