人の為に、と書いて「偽り」
だからそいつが言ってた「君のための愛」なんて、所詮偽りの愛でしかなかったってことだ。
だから泣くなよ。
頼むから。
「男を見る目がない自分を恨むんだな。」
そうだ。まったくもってそうだ。
目の前にいい男がいるっていうのに。
付き合っていた男に振られたと、涙で化粧をぐちゃぐちゃにしてやってきたななこ。
ぼくの気持ちになんてちっとも気付かない君に、ずっと言ってやりたかった一言。
「露伴先生…ひどい…」
先程から泣いていたななこは、ぼくのセリフを聞いてさらにポロポロと涙を零した。
泣けばいい。ぼくの気持ちに気付かない罰だ。
君を泣かすのは、あいつじゃなくてぼくだ。
笑顔だって涙だって、全部ぼくのせいになればいい。
「ひどいのはぼくじゃなくて、君の顔だと思うぜ。」
腕を掴んで、リビングへと引きずっていく。
脱ぎきれなかったヒールが片方、廊下に転がっているが構やしない。
その真っ赤なヒールだって、あいつの趣味なんだろ?君には似合わない。現に君の足は靴擦れが出来てるじゃあないか。
一体どこから歩いてきたんだろうか。泣きながらとぼとぼと歩を進めたその先がぼくの家であって嬉しいと、そう思ってしまう自分が情けない。
突き飛ばすようにソファに座らせる。ぐずぐず泣いていたななこはぼくの手荒な扱いにびっくりしたのかパンダみたいになった目を見開いている。
「…っ…せんせ…?」
「これで拭けよ。化粧がひどいぜ。」
お湯で濡らしたタオルを渡してやると、小さくありがとうと言って、顔を埋めた。
その後も何かもごもご呟いているようだが、タオルのせいで聞こえない。
「…足もだ。一体どこから歩いてきたんだ君は。」
もう一枚タオルを持って、ななこの前に跪く。血の滲んだ部分にタオルを当てると、びくりと身体が震えた。
「…わかんない…車、途中で降りて…」
「フラれたんじゃないのか?」
「…そう、なんだけど…」
嗚咽の間に少しずつ聞こえた言葉によると、要は「都合のいい女」だったってことだ。
たまたまデート中に本命を見かけて、ななこはその場で言葉の通り【捨てられ】たらしい。
「…クソみたいな男だな。」
話しながらも次々と涙が溢れて、元々濡れていたタオルはさぞや重くなっただろう。
「まぁ、君にとってのぼくも似たようなもんだけどな。」
こんなことが言いたいわけではない。
頼られて嬉しい気持ちもある。
だけれど、あのくそ野郎への怒りやら、そいつを選んだ彼女へのやるせなさやら、うまく慰められない苛立ちやらでもうどうしていいかわからないくらい、ぐちゃぐちゃな気持ちで、言わずにはいられなかった。
涙こそ出ないが、ぼくだって傷ついている。
それが君を傷つける免罪符にならないことくらい知っていても、出てしまった言葉は戻らない。最低だ。
「…ご、め…んなさ…」
今まで見たことがないななこの顔。
絶望したら人はこんな表情をするのか。
「そう思うなら、ぼくのものになれよ。今すぐに。」
彼女の絶望した表情を見たくなくて、無理矢理抱き寄せて口付けた。
もう行くところまで行ってしまえばいい。
ぼくの罪悪感からは逃げられないだろうが、君の絶望くらいなら、ヘブンズドアーでどうにでもなる。
「あきらめるんだな。この足にあの靴じゃ、逃げられないさ。…せめてベッドにくらいは運んでやるよ。」
抱き上げると意外にもななこは抵抗する素振りもなく、なすがままだった。
ぼくは怖くて彼女の顔が見られず、足早にベッドルームへと向かった。
ぼくはななこをそっとベッドに降ろし、遮光カーテンを閉めに窓辺に向かう。
彼女は逃げ出そうともせずにベッドに横たわっていた。どうなってもいいとでも思っているのか。
カーテンを閉めたおかげで、お互いの表情が見えない暗さになる。
ぼくは何も言わないななこを静かに組み敷いた。
この状況下で君の気持ちがこれっぽっちもわからないんだから、君にはぼくがただのレイプ魔に見えていることだろう。
リアリティなんてそんなものか。実に滑稽じゃないか。
「……っ…」
服の裾から手を差し入れると、鼻をすする音がした。また泣いているんだろうか。
確かめたくなくて、捲り上げた腹部に舌を這わせた。
「…あいつとセックスするために選んだのか?」
上下揃いの可愛らしい下着が露わになる頃、今更ながらあの男への嫉妬が湧いてきた。
「…どうやって抱かれた?今みたいにただ黙って?」
時折吐息とすすり泣きが聞こえるだけで、声を上げないななこ。
やめてとか嫌だ、とかそんな台詞もない。
せめて抵抗してくれたらいいのに。
「…だんまりか。なら好きにさせてもらう。」
膝を割って足を開かせ内腿に舌を這わせると、ずっと黙っていたななこが声を上げた。
「…あッ…せんせ…」
「…なんだよ。」
ずっと触れたかった身体が目の前にあるという事実だけで張り詰めていた自分自身が、ななこの声に反応する。
このまま無理矢理突っ込んでしまいたい衝動を押し留めて愛撫を続ける。心はもう傷ついてしまったから、せめて身体は傷付けないように。
「…恥ずかしい…から、や…ッ…」
足を閉じようとするので、白い太腿に挟まれる形になる。柔らかい肌に、この先の行為への期待が高まる。
「慣らさないとななこが辛いだろ。…別にぼくはこのまま突っ込んでやったっていいんだぜ?」
下着をずらして花芯に舌を這わせると、ななこの身体が跳ねた。逃げる身体を押さえつけて、指を一本挿入する。
「…ひぁ…ッ…」
「どこがいいのか言ってみろよ。」
探るようにゆっくりと指を動かしながら舌での愛撫を続けると、堪え切れない嗚咽に快楽の色が混ざる。
何もかも快楽で押し流してしまえばいい。
「…せん、せッ…そこ、やぁ…!あっ、…!」
「…ここか?…大分気持ち良さそうだな…」
感じるポイントを見つけてしまえば、あとは難しくない。トントンと一定のリズムで叩くようにしてやれば、ななこはあっさりと達した。
「…っは…ぁ…っ、…」
「…まだ終わりじゃないぜ…?」
ベッドサイドからコンドームを取り出し、挿入の準備をする。触ってもいないのにガチガチに硬くなっていて、自分の浅ましさに苦笑する。
まだ余韻に浸っているななこの足を割って自分自身を捻じ込んでいく。肉を分け入っていく感触に、思わず吐息が漏れる。
「…ッく…、あぁぁっ!」
イッたばかりで敏感になっているせいか、腰を進めるたびに面白いほどびくびくと跳ねる。
「…大丈夫か?」
涙で目尻に張り付いた髪をそっと直すと、ななこは恥ずかしげに目を伏せた。
「…みないで、ッ…せんせ…」
首筋に手を回してぎゅっとしがみついてくる。これじゃあまるで恋人じゃないか。
「…自分の状況を考えろよ。」
とても幸せな勘違いを、今だけでもできればよかったのに。
ぼくの中の罪悪感がそれを許してはくれず、そこから逃れるかのようにななこの中に腰を進める。
「あっ、や、ぁ、せんせ…!」
「…ななこ…ッ、…!」
中の形がすっかり変わって、ななこの口が開きっぱなしになる頃、ぼくは彼女の中で吐精した。
「…ッろは…ん、せんせい…」
ななこは終わるとほぼ同時に意識を失った。
直前にぼくの名前を呼んで。
ゴムの始末をしながら冷静さを取り戻したぼくは、これからどうするべきかを真剣に悩んでいた。
感情にまかせてななこに酷いことをした。
今、彼女が寝ている間になかったことにしてしまうべきか。
隣に寝転んで、涙の滲んだ赤い目尻をそっと撫でた。かわいそうに、明日は酷い顔だろうな。ぼくが言えた義理じゃないが。
*****
「…ん…、」
いつの間にか寝てしまったようで、気づくとぼくはベッドに一人だった。
電気をつけてみると、まるでさっきの行為が夢だったかのように、ななこの痕跡はない。
最悪のパターンじゃないか、と溜息をつき、ぼくはシャワーを浴びるべく、重い体を起こした。
「あ、せんせー起きた?」
廊下を歩いていると、あっけらかんとしたななこの声。びっくりして振り向けば、声の主は楽しげに笑った。
「…ななこ…帰らなかった、の、か…?」
「だって先生、私足が痛いんだもの。顔だって酷いし。」
普段通りのななこ。ぼくはヘブンズドアーは使っていないはず。
「怒ってない…のか…?」
「…なんで?」
「ぼくは、その、無理矢理…」
行為に及んだことを謝るつもりはないが、訴えられても仕方ないような気がする。
「先生、死にそうな顔してる。」
心配そうに覗き込んでくる。さっきあんなに酷い目にあった相手に、優しくなんてするなよ。
「…あやまらないからな…っ!ぼくは…!」
ぼくのために、偽りでもいいから側にいろよ。なんて都合のいい台詞が言えるはずもなく、つまらない虚勢を張るしかなかった。
「あのさ、せんせ。さっきの…なっていい?」
「…なにが…?」
言葉の意味がわからなくてポカンとしていると、ななこは恥ずかしそうに笑って言った。
「『ぼくのものに』『今すぐに』」
「…っ…フン、とんだ尻軽女だな。セックスで情でも移ったのか?」
感情に任せて吐いた暴言だったが、言われてみれば確かに告白のように取れる。
あんなに酷いことをしたのに、こいつはマゾヒストなのか?
「うん。そうかも。」
あっさりと肯定されて、どうしていいかわからなくなる。レイプ犯に恋愛感情を持つ防衛本能というやつなのだろうか。
例え偽りの愛だとしても、それでも構わないほど好きになっているあたり、ぼくもこいつ並みの馬鹿なのかもしれない。
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bkm