「ね、露伴先生って成人向けは書かないの?」
常々気になっていた質問を投げかけると、露伴先生はこちらを見ることもなく答えた。紙の上を走るペンは止まらない。
「んー、今のところ予定はないな。」
「なんで?リアリティがないとか?」
リアリティを求めて蜘蛛を食べた程の漫画家が、成人向けを描くとなったら。
…私の興味の矛先はそこなのだ。
「君はぼくをなんだと思ってるんだ。」
「え、だって先生女ゴコロとかわかんなそうだし、深い仲になるリアリティないのかなー、なんて。」
不遜で高慢な態度しか取れないこの岸辺露伴先生が、女心という移ろいやすく難しいものをどうやって理解するというのか。
「はっ、言ってくれるじゃあないかななこ。ぼくにだって恋人の一人や二人いたことはある。」
ふふん、と鼻を鳴らしているが、そりゃあそれだけ見た目が良ければ寄ってくる女も沢山いるだろう。長続きするかは別として。
「でも長続きしないでしょ。…あんまりワガママ過ぎてフラれてんじゃないの?」
「さっきから失礼だな君は!」
バァン!と机を叩いてペンを放り捨てる。
やってられないと言わんばかりに先生は立ち上がった。
「でも否定しないんだ。…大方好奇心に任せてベッドの上で嫌がることしたんでしょ。」
「…何が言いたいんだ君は。ぼくを怒らせたいだけか?」
ツカツカと歩み寄り私を見下ろす。切れ長の目が冷たく細められている。かなりご立腹ですね先生、図星ですか。
「…興味あるなーと思って。」
「はぁ?」
その冷たい視線に熱が篭る所を、私は未だに見たことがない。だって、ここには私が一方的に遊びに来ているだけで、恋人だとかそういう関係ではないのだ。私たちは。
「露伴先生の趣味とか性癖とか。ベッドでどんな顔するのかとか。」
「君も大概悪趣味だな。」
眉を顰めて吐き捨てるように言う。
確かに他人の性癖に興味を示すなんて、普通に考えたら悪趣味以外の何者でもないかもしれない。
「…んー、否定はしないかな。先生はどんなのが好き?舐めたい?それとも舐められたい?」
先生ならどんな姿でも色っぽいんだろうと思う。存在しているだけでなんかエロいもんな、割と日常的に臍出てるし。
「君が教えてくれたら、教えてやるよ。」
私が言えないと踏んだのだろう、ニヤリと笑ってそう返してくる。
けれど残念ながらそんなこと私には効きやしない。踏んだ場数が違いますよ、先生。
「私?私はねぇ、露伴先生がぐっちゃぐちゃのとろとろになるところが見たいなぁ。…せんせーは、どんだけ気持ち良くなれるか、興味ない?」
釣り上がった唇に、人差し指を当てる。
先生は驚いたように目を瞬いて、私の手を振り払った。
「…う、上手く誘えたら、考えてやってもいいぜ。」
余裕を見せたいようだけれど、視線は逸れて声は少しだけ上擦っている。
ああこの人はこうやって無意識に他人を煽るんだ。煽られてしまった他人が、私だけならいいのにと少しだけ思う。
「…私、誘うより襲う方が得意なんだよね。実は。」
胸倉を掴んでぐっと引き寄せると、露伴先生は不意を突かれたのかよろけてこちらに倒れこんできた。受け止めようとしたけれど、流石に男性なだけあって無理なので、勢いを殺しつつそのまま二人で床に崩れ落ちた。
驚いて開かれた唇に噛み付くように口付ける。
「…ッん!…な、やめッ…」
抵抗の言葉を合わせた唇に閉じ込めて、先生の上に跨る形になる。
口内を蹂躙しながら、空いた手で内腿を撫でる。あっさりと反応を見せたそれを服の上から握り込むと、びくりと腰が跳ねた。
「…あれ先生、もうチカラ入んない?…意外と敏感なんだね…」
「…ッ…!」
やわやわと揉みしだいてみれば、吐息を噛み殺している先生の姿。
「…せんせー、顔赤い。仕事場でこんなことされて恥ずかしい?ベッドの方がよかった?」
耳許で囁いて、そのまま耳朶を噛む。
キメの細かい先生の肌は、舌触りがすごくいい。人形みたいに綺麗な肌は、それでも生きてる味がした。
「…っ、離せ…よッ…」
真っ赤な顔で振り払われたので、ちゅっと音を立てて離れる。
「やーだなぁ、怒んないでよ。先生の大好きなリアリティだよ。」
笑いながらそういうと怒声が帰ってきた。
潤んだ瞳と赤い頬で、ズボンの前を膨らませながら怒鳴られても、さして怖くはないなぁと思う。
「うるさい!帰れ!」
「はいはい、帰りますよー。…せんせ、色っぽかった。大好き。」
含みのある笑いを残してそう言うと、更に赤くなる露伴先生を置いて部屋を出て行く。こんなことなら盗撮の支度でもしておけば良かったな。先生は一体どんな顔をして一人でするんだろうか。
「…ぼくは、君なんか…ッ!!」
「『君なんか』なに?『君なんか嫌いだ、もう来るな!』?」
先生が言いかけるので、立ち止まって振り向かずに答える。
今の露伴先生にそんなこと言われたらぞくぞくしちゃう。まぁ、来るなと言われても文句言いながら上げてくれるだろうし、来るけど。
「うるさいうるさい!」
言わないということは、来て欲しいってことでいいのかな。どうしよう、考えていたよりもずっと嬉しい。
「せんせー、それ…『好き』って受け取ってもいいですか。」
思わず振り返って、期待の篭った音を投げかけてしまう。きっと私はものすごくだらしない表情をしてるんだろう。
「帰れッ!!」
全く答えにならない返答が、否定ではなかったことに安堵して思わず笑みが零れる。
素直じゃないと思っていたけれど、案外言葉を大切にしているのか。流石は漫画家先生。
「今日は楽しかった。またね、せんせー。」
普段通りの台詞を吐いてひらひらと手を振りながら、岸辺邸を後にする。
あぁ本当、天才漫画家のリアリティとやらには興味が尽きない。
*****
変態はまさかの夢主。
prev next
bkm