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太陽が眩しかったから

動物の資料が欲しかったので、動物園にスケッチに来た。ただそれだけ。

なのにこいつは出かける前からデートだなんだと大騒ぎして、とんでもなく煩い。

「せんせー!カバ!カバ!」

「カバくらい知ってる。」

水面に背中だけ出しているカバを一生懸命呼んでいる。当然ながらカバは動く気配はない。檻の周りでは回り込んでみたり、ぴょんぴょん跳ねたり騒がしい。

「先生!みてみてキリン!」

「あぁ、そうだな。」

「せんせー!次はゾウが見たい!」

スケッチブックを開いたばかりだというのに、もう次の場所に移動しようとマップ片手にウロウロしている。

「…あのなぁ、ぼくがスケッチしているのが見えないのか?」

一ヶ所ずつ描いていきたいのに、ちょろちょろ走り回ってはぼくを急かすななこに、不満の声を上げる。

「むー…カメラも持ってるんだから写真にすればいいじゃないですか。」

「…おいおいおい、ぼくは漫画家だ。そして今日はスケッチに来た、なのに!なんで写真にしなきゃあいけないんだ。君が少し黙れば済む話だろ。」

「…はぁい。」

ななこが大人しくなったので、サバンナが再現された場所を眺めながら、動物をスケッチしていく。
オスのキリン、メスのキリン、シマウマの親子(残念ながらぼくはシマウマの性別は見分けられない)、と描いたところで隣がやけに静かなことに気付いた。手を止めて隣に座るななこに瞳を向けると、遠慮がちにぽつりと言われた。

「…せんせー、喉乾いた…」

「…は?…おい顔が真っ赤じゃあないか!」

慌てて額に手を当てると、見た目の通りの熱。熱中症になったんだろうと、慌てて日陰に引き摺り込む。芝生の上にスケッチブックを置いてそこに座らせた。

「ごめんせんせ、なんか…具合悪いみたい…」

「少し待ってろよ。今飲み物買ってくるから!」

そう言い残すと近くの自販機へと急ぐ。
1人にするのは心配だが、仕方ない。
水を2本買って戻ると、ななこはしんどそうに顔を上げてこちらを見つめた。

「…せんせ、早かったですね。」

「…喋れるならまだ大丈夫か?ほら、飲んで。」

キャップを開けた1本を渡して、もう1本でハンカチを濡らした。首筋に当ててやると、気持ちよさそうに目を細めている。

来てから休憩もせず連れ回してしまったことを後悔する。入場したときは涼しいと思っていたが太陽はだいぶ高くなっていて、灼けたアスファルトの熱が空気に混ざっている。そういえば30度近くになると言っていた。初夏とはいえ陽射しはキツい。はしゃぎ回っていたななこには辛かったんだろう。

「邪魔しちゃってごめんなさい…」

「…いいから、ほら」

膝の上をポンポンと叩くと、ななこは嬉しそうに僕に擦り寄ってきた。具合が悪い癖に。

「せんせーの膝枕なんて、超レアですね。」

「それだけ元気なら、大丈夫そうだな。」

真っ赤な頬にそっと手を当てる。
先程よりは熱くないことに安堵し、自分も水を飲む。ペットボトルについた水滴が膝に寝転ぶななこに落ちたらしく、小さな悲鳴が聞こえた。

「…キラキラ、きれい。」

「…呑気な奴だな。ぼくは心配したのに。」

空いた手で首元のボタンを一つゆるめ、ペットボトルで冷えた手を差し込む。

「せんせーの手、冷たくて気持ちいい。」

ななこの熱い手が、ぼくの手に重ねられる。

「君はまだ熱いな。」

まったく子供じゃあるまいし、なんで熱中症になるまで炎天下にいたのかわからない。

「これは多分、ただのバカップルに見えるんじゃないですかね。」

「実際問題、バカって所だけは同意だな。…自販機に行くなり日陰にいくなりすれば良かっただろ。」

おでこをぺちぺちと叩く。
ぼくがどれだけ心配したと思ってるんだ。

「せんせーの隣にいたかったんです。」

ころりと転がって膝から降りる。頬の赤みは大分引いて、少し元気になったようだった。
ななこはペットボトルを開けて、ごくごくと水を飲む。唇の端から零れた水がキラキラ光りながら芝生に落ちた。

「…そんなことより、自分の身体の方が大切だろ。ぼくは逃げたりしないんだから。」

立ち上がって手を差し伸べる。
ななこはぼくの手を握ると、ゆっくりと立ち上がった。

「せんせ、ありがと。」

「…まったく君を連れてくると予定が狂ってばかりだ。」

盛大に溜息を吐いて、芝の付いたスケッチブックを拾う。まだまだ描きたい場所はあるが、彼女をこれ以上連れ回さないほうがいいだろう。

「…だったら…連れてこない方が…」

「それがぼくも解せない。」

彼女の不安げな声に被せるようにして台詞を続ける。指先を彼女の鼻にびしりと向けながら。

「…君がいないと、景色が綺麗に見えないんだよ。」

「…先生、それすごい口説き文句ですね…」

先程よりも真っ赤になって俯くななこ。
ぼくの感じた事実を言ったまでなんだが、言われれば確かに歯の浮くような台詞ではある。

「…勘違いするな!断じて口説いてる訳じゃあないッ!」

慌てて弁解する。あぁぼくまで顔が熱いじゃあないか。これはきっと陽射しのせいだ。そうに決まってる。

「…スケッチブックより大切にされてて、感動しました。」

「…当たり前だろ。絵ならまた描けばいいんだ。」

なにをこいつは…と視線を向ければ、それはもう嬉しそうな顔で。

「…せんせ…今日はどうしちゃったんですか…」

「…君の頭が熱でどうかしてるだけじゃあないのか!」

ああもう、夏はまだなのに暑くて仕方ない。
陽射しにやられたのはぼくのほうなんじゃないかと、青い青い空を恨めしげに仰いだ。


萌えたらぜひ拍手を!


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