馬鹿騒ぎ
78 先生・あの人・あの女*
記憶とは、たとえ思い出せなくとも脳の奥底に眠っているものだと昔なにかの書物で読んだ。年とともに働きの鈍くなった脳の奥深くでも確実に情報は刻まれているのだという。その確かな情報を他者へ引き継ぐことを難しいと人は言う。そう、人であれば難しいだろう。だけれどな、我々は簡単に他者へ自分の記憶を明け渡すことが可能なんだ。それは神の所業に近しいものであり、本物の神にはなれずとも神の真似をすることを許されている。我々の食べる行為は、人が人を物理的に食べるというわけではなく、存在をまるごと移し変えるのだ。それによって移し変えられた物は人としての形は失うが、新たな器で本当の老いを受けることなく永遠に存在し続けられる。なんて素晴らしいのだろう!かつて"出来損ない"と呼ばれていた私さえも、永遠の存在になれるというんだ。この皺くちゃの手や、きしむ膝も、しょぼしょぼと落ち窪んできた目元も、そんなものは関係なくなる。自由になれる!もうじき神の迎えの時期がやってくるだろう。私はそれを一切抗うことなく受け入れるのだ。神の代行を行う、あの人の手によって私は永遠を手に入れるのだ。

緩慢な動きで、ヤカンを火からおろす。沸騰したお湯が中であばれてボコボコと音を立てた。使い古したティーポットにお湯を注いで、お茶の葉をつまみいれる。本当は蒸らしたりして、お茶が程よくなじむまで待たねばならないんだろう。けれども、最近は舌が弱ってしまって、わずかな渋みも嫌になってしまった。まだ色味のうすい紅茶を大きなマグカップに注いで、テーブルに置く。昔と比べて熱いものも飲めなくなった。ちょうどいい温度のお湯を沸かすなんて細かいこともできない。ゆったりとしたソファに腰かけて、目を閉じた。先週、薬を飲ませた検体のネズミはどうなったんだろう。後で研究室に見に行かなくてはね。爺さんまた小言を言いに来たのかいって、若い衆に言われるかもしれんな。だが仕方が無いだろう。あいつらの手元は見てられん。私よりも早く動けるくせにやらんのだから言いたくもなる。前にふざけて、喰ってやろうか、と言ってみると慌てて研究を再開した。私の節くれ立って曲がった右腕よりも、お前たちの真っ直ぐな右腕の方が強いに決まっているじゃないか。それでも奴らは怖いらしい。永遠になれるというのにもったいない感情を持ったものだな。人ではなくなったのだから、人の考えなど持たずにいればよいのに。私があの人に「喰べちゃってもいいですか〜?」と言われたら嬉しさのあまりに泣いてしまうだろう。この考えを奴らはわからないらしい。本当に勿体ない。神の代行者だとも言えるあの人を心の底から慕っている者など最早いないのだ。そう、私だけ。私だけがあの人をあの人の本来の姿で捉えることができるんだ。

今となってはきっかけが何であったのかなんて思い出せやしない。気になる者がいるのなら、私が永遠になった後で訊ねてみるといい。"出来損ない"との出会いは何だったのですか、ってな。気が向いたら教えてくれるだろうし、面白くないと言って、自分の中の私の記憶をわざわざ掘り起こすこともしないかもしれない。それはあの人の気分次第だ。老いぼれた私の頭では到底思い出せないが、衝撃が走ったことは覚えている。あの人が不死という得体の知れない物に魅了されている馬鹿な人間ではなく、不死を操る側にいる人間であることに気づいた時の衝撃。きっとそれがこんな老いぼれ爺になるまであの人へ付き添う気になった理由なのだろう。思い出せる記憶の中では、もうすでにあの人と出会っていて、隣で同じように検体のネズミを使っては不死の酒の研究をした。大概がうまくいかなかった。私は科学の研究をしているつもりだったが、あの人に言わせるとこれは錬金術なのだという。錬金術、だなんて今の時代はお笑い種だろう。それでも、私にとって神と同等であるあの人の為すこと全てが私にとっては当然で必要なことだった。錬金術がインチキかどうかなんてどうでもよかった。私がしなくてはならなかったのは錬金術ではない、あの人のサポートなのだから。だから、毎日液体を混ぜ合わせてみたり、何かと調合してみたり様々なことをした。田舎の片隅で行う研究にしては実に大掛かりで、大きな鍋もあったし、人員もいた。検体用のネズミはその辺で捕まえられたし、必要な薬草も手に入れやすい。私が不死の酒の研究に携わるようになってから数年、研究の中ではまだ上澄みの域にしか手を出せていなかった私だったが、とある偶然に遭遇する。失敗した酒の入った樽をまとめていた小屋の前で、近くの孤児院の子供たちが遊んでいるのを見つけた。新たな酒樽を運んでいる私に「お兄さんは何を作っているの?」と寄ってきた。私は何も言わずに樽を運ぼうとするが、しつこいほどに子供たちは群がってきた。「ねえ、何が入っているの?」うるさい。「わかった、山葡萄のジュースでも造っているのね。」ちがう。酒だ。何とか振り切って、重たい酒樽を小屋の中に入れる。重さに開放されて、すがすがしい気分で小屋の戸を開けようとするが、いくら押しても引いても動かない。おかしいな、と思ったところで扉越しに明るい声が飛んできた。「ねえねえ、外へ出たかったらジュースをわけて?」お前らの仕業かと、私は怒鳴ったがびくともしない。

「今年は葡萄が不作なの。それなのにお兄さんたちの小屋はジュースの樽でいっぱい!どうして?村では売り物のジュースが足りなくて、みんな貧しい思いをしているのに!」

助け合いの精神の強い田舎で、分け与えもせず貯蓄しているとでも思われたのか。貯蓄はしているけれど、お前たちが望んでいる代物とは全く違うんだ。それでも、ジュースを頂戴とせがむ子供たちに根負けして、酒樽の中でも一番奥にあった樽を引っ張りだした。確か、この酒は醗酵自体がうまくいかなくて普通の酒としても失敗作だったはず。これならジュースとして出しても差し支えないか。どのみち失敗しているのだから不死なんて得られない。

「一杯ずつだけだぞ。これを飲んだら、もうお前たちにあげていいジュースはないんだ。」

私の言葉に大喜びした子供たちは、ままごとに使っていたぼろぼろのカップを近くの川で洗って、嬉々としてやってきた。数は5人。まあ…少しばかりならいいだろう。蓋を開けた樽からカップで酒を汲み取る。一応匂いを嗅いでみると、甘い香りがするだけで酒臭さなどはあまり感じられなかった。一番幼い子供から順に一杯飲ませて、再び汲んでやり、次の子供へ。5人目の10歳ほどの子が一口飲んだところで、一番幼い子供が5人目の酒を奪おうとした。

「何をするんだ!」
「もっと!もっと飲みたいの!」
「やめてよ!」

取っ組み合いの喧嘩になり、もみくちゃになった二人を止めようとした女の子の鼻に誰かの肘がぶつかった。痛みに蹲る女の子の元へ駆け寄ると、赤くなった鼻から鼻血が垂れていた。

「うわあああん、痛いよぅ!」
「見せてごらん、大丈夫、大丈夫だか、…ら…?」

白いハンカチを取り出して女の子の鼻血を拭った。……はずだった。無い。鼻血がどこにもない。さっき拭き取ったはずなのに、ハンカチは真白いままだ。どういうことだと女の子の鼻の穴を覗きこもうとすると、泣いて目を擦っている女の子の腕を赤黒い液体のようなものが這い登っていくのが目に入った。

「まさか、」

泣き喚いてもみくちゃの子供たちをそのままに、蓋の開いた酒樽へ駆け寄る。コップなんか必要なかった。両手で掬い取って、酒を飲み込んだ。甘い甘いまるでジュースのような液体が喉を伝っていく。飲み込んでから私は、自分の左手の親指の肉を思い切り噛み千切った。

「っつぅ…!…くそっ、やっぱり気のせいだったのか…?!」

噛み千切った自分の肉を吐き捨てる。何も変わらなかった。残ったのは痛みと流れる血液だけ。畜生、そもそもこれは失敗作だったんだからそんなことあるわけないんだ。無駄な怪我をしてしまったな。痛みに耐えながらそう思ったときだった。唇の表面で何かが震えている感覚に襲われる。何だ、なにが…?右手で拭うと、粒状にまとまった赤黒い液体が右手についた。もしや、と思った矢先、先ほど吐き捨てた自分の肉が左手めがけて飛んできた。瞬きを数回繰り返した後に目に入ったのは、ひとつの傷もついていない、自分の左手だった。それから私は樽を抱えて一目散に走った。重さなんて微塵も感じなかったんだ。だって、これは失敗作なんかじゃない。成功した!これこそ不死の力をもつ酒だ!研究に使っていた屋敷へ向かい、すぐさまあの人へ報告しに行った。あの人はとても喜んでくれたし、例えばこの酒が完全に不死を手に入れられるものでなくとも、それを目指す第一歩となると嬉しそうに笑っていた。

「色んなパターンを知りたいですねぇ。どうしたらいい?みんな喰べちゃいます?それでも、キミはよく働いてくれるから今喰うのはもったいないかもしれないですねぇ〜。」

検体のネズミにスポイトで酒を飲ませ、ナイフを持って皮膚を軽くつつきながらあの人は悩んでいた。つんつん、プツン。刺してから、そのままぐりっとナイフを回転させる。「ネズミって、喰えるんですかねぇ。ひゃああ、自分の指も落としちゃった!」悩んでいるあの人を見ていて、ふと思い出したのはあの日酒を飲ませた子供たち。子供が5人、既に不死を手に入れているであろうことを伝えると、それはそれはもうあの人の顔が輝いた。

「はあ、錬金術の授業…?」
「そうです〜。こう見えてもわたし、教師だったんですよぅ。」
「えっ、」
「そんなに驚きますか〜?ちゃあんと生徒に教えてましたし、それなりに成果はありましたよ。」
「でも、孤児院の子に教える必要なんかないのでは?」
「昔の教え子にはそれなりに愛着もありましたし、何よりもあの時の彼らは不死者ではありませんでしたから、子供がどう学んでいくのかのプロセスは気になっちゃいまして。だから、教えてしばらくして喰べちゃおうと!」

どうかな?と嬉しそうに訊ねてくる。何にせよ私は全てにおいてこの人の判断に従うつもりでいるわけだから、反対する理由などなかった。孤児院の子らへ錬金術を教えることはそう難しいことではない。彼らは親がいない。孤児院の院長からしてみれば多くの経験をさせてもらえるという見せ掛けの期待に我々は答えた形となった。私にもあまり理解できない錬金術の授業を何度か開いたある日、5人の子供は一人の女の子を連れてきた。彼女は見たところ18歳前後の少女だった。

「ん〜?見ない顔ですねえ。」
「先生!この人はね、僕らのお姉ちゃんみたいな人なの!」
「文字を教えてくれたのはお姉ちゃんなんだよ!」
「僕らが錬金術の話をしたら、お姉ちゃんも知りたいって!」
「いいですよ〜。あなた、お名前は?」
「リリィです。ありがとうございます、先生!」
「リリィさん、ですね!」

その日の授業を受けた後、子供たちがわいわい帰っていくなかで、リリィだけが一人屋敷に残っていた。

「どうかしたのかい?今日はもう終わってしまったけど。」
「錬金術についてもっと知りたいんです。」
「もっと、って言われてもね…私は先生のように錬金術師ではないからわからないんだ。でも、どうしてそんなに切羽詰まってるんだい?君くらいの年頃の娘は嫁入りする準備をするくらいだろうに。」
「知りたいことがあるんです。」
「知りたいことがあることはいいことです!これは錬金術師にも科学者にも言えることですが〜。」
「……先生は永遠の命を手に入れたらどうします?」
「どう、って?」
「自分はそのまま生き続けるのに、周りはいなくなっちゃうんですよ。」

それって、とっても寂しい…。そう言って、リリィはうつむいた。永遠の命という言葉を聞いて、急に背中がぞわりとする。まさか、この子は…。

「まるで、身近に永遠の命を持つ人がいるように話すんですねえ。」
「……。」

そのときは俯いたまま何も言わずにリリィは帰っていった。「イイの、見つけました!これで面白いことになるかもしれないですねえ!」そう喜んだ甲斐があるほど、結果としてはアタリだった。しばらく授業を受け続けた少女に、それとなく不死を匂わせる話題を選び話しかけていく。それで手に入れた情報は、彼女が姉のように慕っている人物が不死者であること。それも、老いることの無い、本物の酒を飲んだと思われる者だった。それを知ったあの人は、「あの船、女の子は何人乗ってたんですかねぇ。」と不思議そうにそう呟いていた。もうすぐ18の誕生日を迎えるというリリィに、とっておきのプレゼントだと言って小さな小瓶を渡す。言うまでもないだろう。あの日見つけた不死の酒だ。それを"姉と同じ存在になれる"と話を少しばかり盛っていた。もちろん飲まないはずがない。少女は貰ったその場ですぐさま小瓶に入った酒を飲み干し、自分の腕を思い切り引っかいた。最初はうっすらと血が滲んだ傷も、1分もしないうちにまるで無かったことのように消えてしまった。

「お姉ちゃんと一緒だ!」

涙を浮かべて話すリリィに、あの人は笑顔で近づいた。

「お姉さまには伝えるの?」
「もちろん!やっと、貴女と一緒になれるって言わなくちゃ!…でも、急に言ったらびっくりしちゃうかもしれない。そうだ!18歳の誕生日までは秘密にしておくことにします!」
「そう。喜んでくれるといいですねえ。」

あと四日。あの人が言わずとも、タイムリミットが私にはすぐにわかった。リリィが姉に不死の酒を飲んだことを伝えてしまったら、その人は我々を喰いにやってくるだろう。そんなことになってしまってはこれまでの研究の成果が無駄になってしまう。私はあの人こそ神の代行を務める存在だと思ってはいるが一介の不死者にはそんなことは思っていない。あの人を脅かす存在は敵だ。為さねばならぬ事は、その不死者に我々のことを勘付かせる前に酒を飲ませた孤児院の子供とリリィを取り込むことだった。失敗作が成功につながったのは一つの樽だけだった。それ以外は相変わらず失敗作のままで、何にも変化が無い。成功したひとつを研究仲間で少しずつ分け合い、残りを種として保存することにした。残りの酒と研究の道具をまとめ、子供たちを喰ってそのままこの村から離脱する。この計画をたてたのは私だったが、あの人は特に反対もせずにいつものまま研究をしては、書類をぶちまいていた。
そしてやって来たその日。いつもの授業だといって呼び出した子供の額にあの人が手を宛がう。喰べるところを見たのは初めてだった。次々に子供たちが跡形も無く消えていく。まるでマジックショーのようなそれに、恐怖よりも何が起きているのかわかっていない様子の子供をまた、するんっと喰べる。最後にリリィを喰べたらさあおしまい。あっけなく終わってしまった。6人もの人間を喰ったあの人は、すこしだけ目を瞑って首をかしげていた。

「コストスって言ったら、確か、アヴァーロの分家にあった気がしますねえ。」

何がわかったのか。興味深そうに頷いてそう呟いた。それから、用意していた馬車に乗り込む。仲間のうち一人の男が村に残ることになった。彼は残った失敗作をもう少し観察するらしく、隣村にそれらを運び込みたいのだという。その男を残して我々は次なる地へと進んでいった。

「あの人、きっと喰べられちゃうかもですねえ。」
「え?」
「リリィさんのお姉さま、何だか少し野生的というか生きることへ拘りがありそうでなかなか興味深いです。ああっ、最後に書いていた資料忘れて来ちゃった!!!」

あの人は僅かだったが珍しく顔をしかめていた。共に研究をし始めてから数年、初めて見る表情だった。

「残して喰われて、喰いにこられたら面倒なことになりますねえ。」

ああ、失敗したなあ。そう言った後のあの人は、紙を取り出して何やら人物名を書き出した。

「ああ、これですか?新しい不死者だそうですよ。1711年にいっぱい増えちゃったみたいです。たぶん、リリィさんのお姉さんの話を聞く分にはこの辺りの人はみんな永遠を手に入れてるんでしょうねぇ。」

走り書きされたメモで私が読み取れたのは、丸で囲まれた二人の名前だけだった。

「ヒューイ、エルマー?」
「ええ。わたしの教え子ですよ〜。」

本当に教師をしていたのか、そう思っているとあの人は悪戯っぽく笑っていたのを覚えている。

「永遠を手に入れて、次にどんなことをするのか実に興味深いですねぇ。」


それから、研究をしやすい環境を求めて様々なファミリーを利用してきた。途中で手を組んだマフィアはボスがとても頭が悪かった。"出来損ない"の酒でさえも作るのに労力も運も使うというのに全くわかっちゃいない。私のことを"出来損ない"と呼び続けた。資金面の援助がよかったのだが、"出来損ない"に近い酒が完成すると、すぐにファミリーの者に飲ませたがって、次第には種にまで手を出そうとしてきた。無理やり飲もうとするものだから慌てたあの人が、保存していた瓶に足を引っ掛けてしまってさらに酒は少なくなった。それからの私はあの人の命令で、一人そこに残り、酒を飲んでしまった者を観察することになった。酒を飲ませた組員たちをあの人がぺろりと喰ってから姿を消したため、ボスからの当たりが強かったのはとても覚えている。私の観察対象はボスの息子だった。運よく慕われていたらしい私は楽に観察できた。そしてある時、ファミリーが何者かに襲撃された。当面の仕事はボスの息子の観察だったこともあって、酒の研究はやっているようで実際は何も進んでいなかった。ならば、と最後に踏み込んだ観察をしてみようと、息子に向かってナイフを突きつけた。例えば、両目の眼球を抉り取った時の修復の仕方や、喉笛を切った直後に眉間を潰すとどちらから先に修復するのかなどを調べた。それと、個人的な興味で、血液で紙に文字を書いたとしたらそれは体に戻っていくのかが気になっていたため、修復をしている体から血を拝借して、紙に擦り付けてみた。まあ、不思議な結果で終わったので今後のあの人に活かしてもらおう。そんな形でそのファミリーから離脱してからは研究をしながらあの人を探した。「シカゴ辺りに行こうかと思ってるんですぅ。」という置き土産の言葉を頼りに私は捜し続け、10年ほどしてからやっと再会できた。再会したあの人はしばらく会わないうちにとんでもない量の情報を手に入れていた。何でも、他に酒の研究をしている不死者がいたらしい。そしてそいつから奪った情報は確実に酒を造るのに活かせるものだろうと喜んでいた。その情報を持って、再び色んなファミリーを利用して研究を続けたある日、今の会社に拾ってもらうことができた。ネブラ社と聞いて、その時は何にもピンと来なかったけれども、合法的な場所で酒の実験をできることは実に魅力的だった。最新の技術というものも利用できるからだ。それからというものネブラ社内で研究を行った。本当の永遠を手に入れられる代物を完成させることは結局叶わなかったが、"出来損ない"を作ることは今ではもう容易い。この先の研究の成果が楽しみだ。もちろん、私の知識もうまく活用してもらわなくてはね。あの人が一生味わうことのない老いというものを体験しながら"出来損ない"の不死者として生きてきたわたしの人生を、少しばかりではあるが今後のネブラの発展に捧げよう。

すこしの間、ぼうっと眠っていたような気がする。気がつけば、あの人が向かいのソファでお茶を飲んでいる。

「頃合ですかね。」
「そうですねえ。終わってしまってからじゃ、せっかくの貴方の蓄えたものがなくなっちゃいますよ〜。」
「ふむ。それはいただけませんな。」
「でしょう?なので馳せ参じたまでです。もう少し長くいられたら面白いものを見れたんですけどねえ。」
「私はこれからも見せ続けてもらうつもりですよ。念願の永遠になってね。」

茶菓子をばりぼりと頬張ったかと思えば、パンパンと手をはたいて立ち上がった。それからテーブルの上に身を乗り出して右手を私の額に宛がった。

「貴女の中で永遠になれてとても嬉しいよ。」
「長らくお疲れ様でした!」

ありがとう。これからもどうか永く頼みますよ。ねえ、


「パルメデス先生。」




すぽん、




「……ん、あー!本当だ、喰べた後って首を傾げてるんですねえ、わたし!」


こうして私は、尊敬するあの人と永遠に生き続けるのだ。
_78/83
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