馬鹿騒ぎ
79 夢見た暮らし
―1705年某日、ロットヴァレンティーノのとある貴族のお屋敷の一室にて。

「……それで?一体何をやらかしたんだお前は」
「特別なことは何もしてないよ。」
「なら俺がわざわざコストスの屋敷に呼ばれることなんてねえんだよ。」

さっさと吐いちまえ。そう言うマイザー…、いや、アイルはわたしの右の頬に握りこぶしをぐりぐりと当ててきた。痛くはないけどうざったい。当てられたままの握りこぶしを、ぺしんとはたくと大人しく手を引いた。あっさり引き下がるなら最初からやらないほしい。

「ただ、お父様が武術の授業を外じゃなくて家でやれっていうの。」
「お前の先生を呼ぶのか?」
「それが、先生ったらわざわざ海沿いから内陸へくるのがかったるいから嫌だって言うのよ。いくら山に近い所に家があるって言ってもねえ、そんなに距離なんてないじゃない?現にわたしは普通に歩いて通ってたわけだし。」
「それで?」
「先生も海沿いの家から出て来ないから、今まで通りに授業へ向かったの。そうしたら、お父様ったらカンカンよ!お前は死にたいのかーって。」

死なないためにも武術を習っているわけなのになあ。わたしって何のために武術を習ってたんだろう。外へ行く口実だけなら、武術でなくとも学校だって良かったのに。武術の選択をしたのは父だった。護身術を学べと言うから海沿いの丘の上に住む先生の所へ毎週に一度通っているのに。

「大体ね、物騒だなんだと言うけどそんなのいつだって変わらないわ。仮面職人の件だって今に始まった事じゃなし、そもそも治安悪くさせてる一端にはアイルたち腐り卵たちがいるんだもの。」
「うるせえよ。お前が腐り卵についてとやかく言うな。仮面職人はここ最近の動向がおかしいとか何とか聞いたことがある。」
「動向?元から一人の犯行じゃないとか?だとしても、わたしは暗くなる前に帰って来てるし、最近は夜に逃げ出したりもしていないわ。狙われるとは思わない。」
「そういう慢心してる奴の顔でも狙ってるんだろ。」
「慢心って年中反抗期の貴方に言われたくないなあ。この前、グレットが来てくれたよ。相変わらずいい子ね。」
「オレと違ってな。」
「そんな兄でも慕ってくれてるんだから大事にしなきゃ。」
「お前も、そんなちっぽけな愚痴をこの腐り卵のリーダーが直々に聞きに来てやってんだから大事にしろよ。」
「十分大事にしてるつもりなんだけどね。足りない?」
「……そうかよ」
「きっと、わたしがお嫁にでも行った時に実感するわよ。ああ、オレは何だかんだと大事にされていたんだなってね。」
「そういうのは嫁に行く側が思う事だろうが。」
「それはもちろん。でもね、他愛もないことだとか、些細な愚痴でも頼られたら嬉しいもんでしょ。」

だから、腐った卵のトップのお兄さん。あいつがむかつくだとか、こいつが気に入らないだとか。なんでもいいからわたしに零してきていいのよ。いつも聞いてもらっている分、わたしも聞いてあげるんだから。わたしの言ったことが伝わっているのか伝わっていないのか、顔を背けてフンと鼻を鳴らされる。まったく素直じゃないんだから。

そういえば、お嫁に行くとしたらわたしはどこへ嫁ぐのだろう。

「ねえ、わたしもお母さまみたくお婿さんをもらうことになるのかしら。」

そうじゃなければコストスの家は廃れてしまう。アヴァーロからやってきたお父様が婿入りしてから、没落しかけたコストス家もアヴァーロの分家として生き残れた。ならばやっぱりどこからか貰ってこなければならないのかもしれない。

「それってやっぱり、一生この屋敷から出ることができないってことなのね。」

嫌なことに気付いてしまった。それならどこかへ嫁いでいきたい。なんならずっと遠くへでもいい。こんなロットヴァレンティーノのような小さくて閉鎖的なところ何かじゃなく、大きな大陸のもっともっと開けたとこへ行きたいものだわ。そうして、たまにここへ帰ってくるの。そして、相変わらず小さなところねって年老いた両親や使用人たちとくすくす笑いあうの。


「お前、結婚なんかに夢見てんのかよ。」
「当たり前じゃない。結婚はまだまだ先のことなんだから夢見ていたって不思議じゃないわ。むしろ、早ければ話が出ててもおかしくないアイルが遊んでいるってのがおかしいの!」
「オレに説教したいだけかよ。」
「だってわたしの夢をアイルは馬鹿にするでしょ?」
「しねーよ。どうせかっこいい奴のところへ行きたいっていうんだろ。」
「うーん。変な人じゃなければいいわ。見た目は二の次よ。……まあ、良いに越したことはないけどね。」
「安心しとけ。どーせ、伯父さんが良さそうな奴見つけてくるだろうし。」
「お父様の連れてくる人が良いとは限らないわよっ」

わたしが結婚するのは何歳になったらだろう。どんな人と結婚して、どんな生活を送るのだろう。子供はできるかしら。それと、今みたいなちっぽけな人脈はすこしでも広がっているかしら。はやく知りたいような、知りたくないような。そんな複雑な気持ちになる。


いつか結婚しているだろうわたしへ。
周りのみんなは祝福してくれた?そして、貴女もちゃんと幸せになれた?今聞いたって答えなんかわかりやしないけど、未来のわたしが小さくても幸せな毎日を歩めていることを祈っています。
_79/83
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