どうやら目の前の御三方は気になって気になってしょうがないらしい。
言葉ではっきり言わないけれど、催促するような眼差しでこちらを見据えてくる。
「……それじゃあ、昔話をしましょうか」
*
17xx年、欧州のとある農村地帯での出来事である。
なあ、東の外れの村の魔女って知ってるか?
…魔女だって?まだそんなモノがいるのかい?
本物かどうかわからないけれど、ものすごく疑わしい女がちょっと前にやってきたらしいんだ。
なんてこった!恐ろしい!
魔女狩りなんてとうの昔に廃れちまったが、もし本物の魔女だっていうなら、長老がガキの頃に見たっていう処刑法でその女を殺しちまうんだってよ。
がやがやと賑わう市場のとある果物売りの店主とお客。いつも通り世間話を繰り広げていると思いきや、話題の中身は大変恐ろしいものだった。
「おじさん、この真っ赤な林檎くださる?」
「あ、ああ……代金ちょうどだね。ありがとよ、お嬢ちゃん。」
魔女の話題の真っ最中に声を掛けられた店主は、一瞬固まったのち、金貨を差し出してくる華奢な手に林檎を差し出した。林檎を受け取った女は、持っていたカゴに真っ赤な林檎を入れ、にっこりほほ笑み、人ごみの中に紛れて見えなくなっていった。
「なあ、こんな薄汚ねえ村にあんな上品な嬢ちゃんいたか?」
店主と女のやりとりを見ていた男が、冷や汗を垂らしながら呟いた。
「まさか……」
恐怖で体を震わせ、声にならない叫びを上げる二人のもとに、野次馬のように人々が集まり始める。
「あいつが、魔女か………?!」
*
「何ていうか…見かけ倒しってやつね」
つやつやと輝く真っ赤な林檎にかぶりついた女は咀嚼しながらそんなことを呟いた。
人ごみを抜けて、ひとり田舎の道を歩き続ける。本当はこの村より少し外れたところにある村に少し前から住んでいるのだが、今日は買い物をしにやってきたのである。人ごみは苦手だなあ、と思いながら静かな野道を歩いた。
ゆったりとした坂道を上り、東の外れにある村のそのまた端っこへと向かう。ぽつん、と立っている小さな家に女は住んでいる。しゃくしゃくと林檎を噛みながら、見えてくる我が家に、ちょっとした異変があった。
「……こども?」
家の玄関口に、小さな子供が倒れているのである。浅い呼吸に、火照った体。どう見ても風邪をひいていることがわかる。この小さな村には医者がいない。隣の、そのまた隣りの村から三日に一度の頻度で診療にくるくらいだ。どうしよう、子供が死んでしまう!
「とりあえず、家に入って、寝かせて……濡れ布巾を額に当てて…」
女は慌てながらも、子供を抱きかかえて家の中に入り、決して上質とは言えないベッドに寝かせ、水を汲みに行った。
「お水も飲ませて…、ええと、人間が風邪を引いたらどうするんだっけ。わたしが小さい頃は、すぐお医者様に診てもらっていたから応急処置が曖昧だ…」
頭を抱えてうろうろしながらも、清潔なタオルを用意したり、知恵を絞って家の中をパタパタと動き回った。とりあえず、医者もいない薬もない質素なこの家でできることなんて限られていた。慌ただしく騒ぎ立てる方が子供のためにならないと気づいた女は、子供を寝かせたベッドのとなりに椅子を引っ張り、腰かけた。
「んぅ…」
それからしばらく様子を見ていると、林檎のように真っ赤だった子供の顔色が穏やかな赤に変わり、安堵のため息をつくと、浅い吐息を零すだけだった子供が動き始めた。ゆるゆると、瞼を開いた子供は、部屋の中を見回し、女の顔をじっと見つめた。
「苦しい?スープとか栄養のあるものが必要よね。あぁ、もう先に作っておけばよかった。林檎ならあるけれど、わたしの食べかけだし…、擦っちゃえば問題ないかしら?」
円らな双眸は、一気に話し始める女をぼうっと見つめ続け、掠れた声で一言呟いた。
「……ほんものの、まじょ?」
林檎を擦ろうと立ち上がった女は、ぴたりと止まった。
「まじょ?まじょって、魔女ってこと?」
「…う、ん…」
驚いたように目を瞬かせた女は、苦笑いを浮かべながらもう一度椅子に腰かけた。
「そんなに怖く見えるのかしら?わたしは魔女じゃないよ、お嬢ちゃん」
似たようなモノかもしれないけれどね。
そう言うと、汗をかいている子供の方を撫ぜ、額に乗せた濡れ布巾を新しいものに取り換えた。
「わたしはリア。あなたは?」
「……リリィ」
「そう、リリィ。具合が良くなるまでうちに居ていいから、元気になったらお家に帰るのよ」
リアの言葉を聞いた子供は、眠たげに瞬きを繰り返し、うとうとし始めた。
「おやすみ、リリィ」
安心したような表情で眠りにつくリリィ。それを見守るリア。小さな家の中では時間が穏やかに過ぎてゆく。
……一歩外に出れば、激しい残酷な明日が待っているということを、二人はまだ知らなかった。
「俺は見たんだ!」
ざわめく広場、松明を持った村人たちの中心にいる若者は大きな声で周囲に訴えた。
「魔女が子供を家に連れ去るところを!!」
若者の訴えはすぐさま広がり、あることもないこともくっついて、村人の恐怖心をより一層煽った。
「怖いよぅママ」
「大丈夫、父さんたちが魔女を退治してくれるからね」
怯える我が子を抱きしめて、母親は皆すぐに家にこもり始めた。
男たちは、長老の家に集まり、長老の支持を仰いだ。
「夜は危険じゃ。明日の朝、ヤツに動きがある前にあの家へ向かえ!ヤツを見つけ次第開始しろ、」
「魔女狩りを…!」
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