「仕事の話なんですから、私達は席を外しますよ」
「そうだよ、二人で食べなよ」
「いいじゃない、べつに」
「まあ、コストスさんにとって守秘義務なんて無意味ですから何てことありませんよ」
それは一体どういうことですかガンドールさん!
*
丸いテーブルはカードをするのにもってこいの雰囲気たっぷりで、今度はここで何か賭けても面白そうだなあ、とマルティージョの愉快な人々たちとの娯楽を思い描いた。
「ねえ、いつからベジタリアンになったんだい」
チェダーチーズと、蜂の巣特製ハチミツドレッシングたっぷりのサラダを頬張るわたしに怪訝な視線を寄越してきたのはチェスだった。彼はハチミツ入りのホットミルクを飲んでいて、200年経った今でさえも子供舌なのかと疑問に思う。
「さすがに血なまぐさい仕事の後にレアのステーキを頬張れるほどわたしの胃袋は強くないのよ」
「確かに全身血まみれでしたね」
「ほんとに酷い恰好でした」
うええ、と顔を顰める子供に、やれやれと顔を見合わせる大人がふたり。まるで汚物を見るような扱いをされているのが解せない。裏の人間の癖して殺し屋にケチをつけるなんてナンセンスだ。
「危ない危ない、本題を忘れるところでした。まず、忘れ物の中身を調べてください。あの一帯は手癖の悪い不良の溜まり場ですから、ばれにくい程度に盗られている可能性がありますからね」
「平気だと思いますけど、一応見ときますね」
アタッシュケースを受け取り、ひざの上に乗せてから蓋を開く。予備の弾倉はすべて揃っている。今日使ったワルサーPPは部屋に置いてきたため、アタッシュケースには一丁分の空きがある。
「てっきりライフルとか大がかりな銃を使ってると思ったよ」
「どうして?」
空いたスペースの隣りに挿してあるピースメーカーもきちんと装填されたまま眠っているし、何の問題もない。
「だって、そうでもしないと大勢は倒せないだろ」
「そうでもないよ。今日はワルサーだけだったけど、普段はポケットリボルバーとかで乗り切るし。銃はそこまで重要じゃない。強いて言うならライフルみたいな長くて重いのは邪魔」
「武器とかどこかに横流しでもしてもらってるんですか」
「んー、まぁね。粗方試させてもらったりはするけど、大抵軽いやつしか使わないわ」
「隠し持つにはポケットリボルバーでちょうどいいくらいですよ。」
「そうですよねー」
変な悪戯がされていないかもチェックする。予想通り、特に何もいじられた痕跡は見られなかった。銃をケースに仕舞い、それを床へと移動させる。
「無事なようならよかったです」
「ええ。それで、残念なお知らせって何のことでしょう?」
わたしに話をふられたガンドールさんは、苦虫を噛み潰したような表情で、「あなたに申し訳ないことをしました。」と謝罪し始めた。ん?なんだ、ガンドールファミリーにわたしは何かをされたのか?
「人質の一人が舌を噛み切って自害しました」
「……え、本当に?」
どちらも死なない程度に収めたのに舌を噛み切った?……なんてこと!わたしの努力が!それならとっとと殺しておくべきだったなあ。
「ちなみにそれはどっちの方でしょうか」
「片目を潰された方です」
ヤツは片目を潰して、両足を銃で撃ったはず。それ以外には特に手を加えていない。あ、耳を撃ち抜いたっけ。まあ、それくらい。
「あの、大男は?」
「彼は布を噛ませて転がしてあります。ただ、どちらも気が触れているようでしたので仮に両方生きていたとしても大した情報は聞き出せなかったでしょうね」
「あー、いや。ヤツらからは聞き出すのが目的じゃないので。どちらかというと彼らはエサです。」
「エサ?」
「うん、エサ。黒幕をおびき出すためのね。」
「どちらにせよ、生かして引き渡すのが仕事だったわけでしょう?」
「そうなんだけどさ。死んじゃったものはしょうがないじゃないマイザー」
大男の方が、気が触れていたのはわかったが、ヤツまで気が触れていたとは。まあ、予測はつくけれど、やっぱりちょっといじめすぎたかなあ。
「その、死んだ方の男って最後どんな感じでした?」
「……しきりにあなたの通り名を叫んでました。それと、」
「それと?」
「噂が正しかったと訴えてから、舌を噛み切りました」
「噂って、」
「何度も蘇る、何世紀も生きた魔女…とね。」
神妙に話すガンドールさんの表情も相まって、なぜか面白く思えてきてしまった。
その噂が流れ始めたのはいつ頃からだろうか。
そして、最後に聞いたのはいつだっただろうか。
「随分と、なつかしい噂ですねえ」
マイザーとチェスの心配そうな顔をよそに、わたしの頭の中では、昔の情景がぼんやりと思い出されては霧のように消えていった。
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銃のくだりはウィキなどを参考に適当に書いてます。←
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