僕が生きていたこと


俺の幼馴染であり、彼女であるひかるは昔から体が弱くて、
よく発作を起こしては入退院を繰り返していた。
俺たちがIH予選を一週間後に控えたときにも入院をして、
俺がお見舞いに行った。




「あ、孝くん来てくれたんだ!!嬉しいなー」
「はいはい、起き上らないで寝てなさいって」
「えー」
「自分が病人だって忘れてない?安静にしとけって」

ブーたれるひかるを布団に突っ込んで一息。
ひかるは病人のくせに元気すぎるから、たまに本気で体が弱いのだろうかと疑いたくなる。

「今回は長そう?」
「…ううん!!来週はIH予選でしょ??それまでには絶対安定値にする!!もう3年生だから大きな大会って春高とIHが1回ずつだけでしょ??孝くんの応援に行きたいもん」
「俺、出られるかわかんないべ??たぶん、今回も…」
「それなら孝くんと一緒にみんなの応援するよ!!澤村くんと東峰くんもいるし」
「…そっか。なら頑張んないとね」
「うむ、頑張るよ!!」

むふーと嬉しそうに気合を入れているひかるの頭を撫でてやると、
ひかるは掛け布団を口元まで引き上げて嬉しそうに笑ってた。




それから一週間。
俺たちが青葉城西に負けたIH予選二日目に、
ひかるは死んだ。





IH予選の日、ひかるは外出許可をもらって本当に応援に来てくれた。
とはいえ、いつも通り…とまではいかなかったらしく、車椅子で付き添いにひかるの兄ちゃんが一緒に来ていた。
ご両親はお仕事で、どうしても無理だったので大学生の兄ちゃんに頼み込んだらしい。
一日目、伊達工に勝って二日目の三回戦に進めることが決まった時、ひかるは自分のことのように喜んでくれた。
それで、合宿のときの俺と同じようなことを言った。


『これでまだ、孝くんも試合に出れるかもってことだよね??わー、明日も頑張んなきゃだね!!』


興奮気味にそう言った後、興奮しすぎてむせた。
慌てて背中をさする俺も含めて、周りの奴らは笑ってた。
全部いつも通りの光景。
そう、いつも通り。
…いつも通りすぎて、俺は気付けなかった。
いつもより顔色の悪いひかると、
そんなひかるを寂しそうに見ている兄ちゃんに。



二日目の青葉城西戦の前に、会場に向かう俺をひかるが引きとめた。

「孝くん、ちょっと…いいかな??」
「ん、どうした??」
「ちょっと、お話したいなー…なんて」

いつもとは少し違う雰囲気でそういうから俺はみんなに先に行ってもらって、
ひかるも兄ちゃんに席を外してくれと頼んだ。
ひかるの車椅子を俺が押して、観客席のほうに回る。

「…ここで…これから試合をするんだよね」
「…あぁ」

観客席から会場を見下ろして、ひかるはそういう。
本来なら、ひかるも足を踏み入れていた場所。

「青葉城西…及川くん…。…孝くん、…烏野は勝てるかな」

珍しく弱気なひかるに少し驚いて、その頭をぽんぽんと撫でる。

「そりゃ誰にもわかんないべ。…でも、俺たちは負けたくない。必ずもう一度飛んでみせる」
「…そっか。そうだね」

ひかるは隣に立った俺の手を取り、頬に寄せた。

「私はいつでも応援してるから。…傍にはいられないけど、心は一緒にいるから。…好きだよ、孝くん。頑張って」
「…あぁ、頑張っぺ」

少し様子のおかしいひかるを安心させるように頭を撫でて、俺たちの会話は終わった。
ひかるの兄ちゃんと合流して、ひかるに『いってきます』と手を振って。
いつも通りひかるは笑ってて。
でも、その手が震えてることに俺は気付けなかった。
これが、俺とひかるの最後の会話だった。



悪いことは続くだなんて、よく言ったものだと思う。



青城に負けて、引き上げる最中の廊下にひかるの兄ちゃんが立ってた。
引き上げてくる俺たちを見つけて、どんな顔をしていいかわかんないみたいな顔をしてた。

「あれ…兄ちゃんどうした??ひかると一緒じゃないんだ」
「…あぁ…おつかれ、孝支」
「…ん、ありがと。…負けちゃったけどね。ひかるは??あ、もしかしてまた体調悪くなっちゃった??」

無理するからーなんて俺は笑っても、兄ちゃんは悔しそうに唇を噛みしめるだけで、
ただ事じゃない雰囲気が俺にも伝わってきた。

「…ねぇ、兄ちゃん」
「……」
「……ひかるは、どうしたの…??」
「ひかるは


……死んだ」
「……は…??」
「試合中に発作を起こして……救急車で運んでる間に……死んだ」
「…そ…んな…」



兄ちゃんが言うことには。
先週ひかるが入院して俺がひかるのお見舞いに行ったころにはもう、
次に大きな発作が起きたら助からないと言われていたらしい。
今、生きているだけで奇跡だと。
それを聞いた時にも、ひかるは冷静に『そうですか』と答えただけだったって。
今回のIH予選観戦も、危険だから行かないほうがいいと言われていたのを無理に押し切って、
二日間の外出許可を取り付けたって。
死ぬことわかっててここに来たって。



「なんで……なんで言ってくれなかった??そんな大事なこと…っ!!」
「…あいつがここに来るのをお前が絶対に止めるってわかってたからじゃないか??」
「…大地…」
「あいつはいつも言ってたからな。…お前がバレーをしているのを見るのが好きだ、って。お前がコートにいるだけで、それだけでいいってな」

大地の言葉を聞いて、俺も思い出す。


"孝くんのバレーが一番好き"


いつもひかるがそういってくれてたことを。
俺が何も言えずにうつむいていると、兄ちゃんがスッと封筒を俺に差し出した。

「…何これ」
「あいつが昨日書いてた。…明日、もしものことがあったらお前に渡せと」
「……」

俺は兄ちゃんからバッと封筒を奪うと、慌ただしく封を切った。


"孝くんへ"


そこには女の子特有な丸っこい字が並んでた。
間違いなくひかるの字。



"孝くんへ

この手紙を読んでるってことは…やっぱり私死んじゃったのかな。
お兄ちゃんはちゃんと孝くんに渡してくれたんだね。
忘れっぽいからちょっと心配だったんだ(笑)

まずは。
烏野バレー部、二回戦突破おめでとう!!
伊達工をやぶったね、すごいね!!
たくさんたくさん感動したよ!!
この手紙を読むころにはきっともう試合が終わってるんだよね。
勝てた…かな??もう一度、空は飛べた??
…ううん、どっちでもいい。
みんなが、みんなでバレーをやれたってことが重要だよね。
本当に、お疲れ様。

それで、本題ね。
孝くん、今までいっぱいいっぱいありがとう。
こうやって思い返してみると、迷惑ばっかかけちゃったよね。
忙しいのにいつもお見舞い来てくれたし…本当にごめんね。
昔から孝くんは本当に優しくて…私いっつも甘えてた。
優しい孝くんが大好きだった。
…だけどね、辛かったら忘れてね。
孝くんは優しいから、きっといっぱい悲しんでくれる。
でも、孝くんが苦しいのは嫌だから。
だから…どうしても辛かったら私のことは忘れて"



そこまで読んで、便せんは一枚目が終了した。
…忘れる??
俺がひかるを…??
…できるわけがない。
俺の中で、ひかるはこんなにも大きな存在で…
かけがえのない…大切な…。
それを、
忘れられるわけがない。

涙が出そうになって、目元に少し力を入れた。
でも、二枚目を読み始めた瞬間に、その努力は無駄になった。



"……嘘。忘れないで。
私がいたこと、ずっとずっと覚えてて。離さないで。
お願い。孝くんに忘れられるのが一番怖いよ。"



涙が乾いたような跡が便せんに残ってる。
文字が少し滲んで読みにくい。
あぁ…ひかるは泣いてたのか。
ひかるはどんな思いでこの手紙を書いたんだろう。
どんな気持ちで、俺に大丈夫だと笑っていたのだろう。



"ずっと孝くんと一緒にいたかった。
ずっと孝くんの隣で、バレーをしてる孝くんを見てたかった。
一緒に生きてたかった…!!ごめんね…ごめんなさい。
今までいっぱいいっぱいありがとう。
好きだよ、孝くん。大好き…愛してる。


ばいばい。"




「…ひかるは…いつまで、試合を見てられたの」

俺が手元から顔を上げずに兄ちゃんにそう問いかけると、
兄ちゃんは黙って俺の頭に手をのせた。

「お前があの一年セッターの代わりに試合に出て活躍した、2セット目を取ったところまでだ。まるでその時まで待ってたかのように、発作が起きた。でも、あいつは最後までちゃんとお前のバレーを見てた。お前が出てきたときには、今までで一番嬉しそうに応援してたよ」
「…そう……そっか。……ひかるはちゃんと見てくれたんだな」
「…あぁ」
「ずっと……また俺のバレーを見たいって…言ってたもんな」
「あぁ。…ありがとうな、孝支」

こらえきれなかった涙が地面に落ちる。
兄ちゃんは何も言わずに俺の頭をぽんぽんって撫でてた。

「うっ…ゔぅ……うぁぁぁぁ…っ」

体育館の廊下に、俺の情けない鳴き声が響いてた。




ひかる、俺は忘れないよ。
ていうか、忘れられるわけないじゃん。
ずっと一緒にいたんだから。
正直、悲しいし苦しいし…もうわけわかんないくらいすっごい辛い。
だけど、ひかるのこと忘れようとするほうがもっと辛い。

"傍にはいられないけど…心は一緒にいるから"

今ならひかるのあの言葉が、もうひとつ大きな意味を持ってたってわかる。
ひかる、


ありがとね。




僕が生きていたこと



俺も好きだよ。愛してるよ。
この気持ちがお前の生きた証になるから。
辛かったよな、苦しかったよな。
お疲れ様、よく…頑張ったね。


おやすみ。




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