冬銀河


12月。
寒さも強くなってそろそろ冬休みが近づくころ。
元々体が弱くて学校も休みがちだったひかるがダウンした。
だからハルと渚、それに怜も誘って様子を見に行こうという話になったんだけど…。



「ごめんねぇ。声をかけても返事がなくて…ひかるちゃん寝ちゃってるみたい」
「そうですか…」
「真琴くん達が来てくれたらひかるちゃんも喜ぶと思ったのだけど…」
「わざわざ起こすのもあれですし…大丈夫です」

俺がそう言って笑うと、ひかるのお母さんは申し訳なさそうに頭を下げた。



ひかるはハルや俺と小学校から一緒で、
スイミングスクールも通ってはいなかったけどよく見に来ていた。
穏やかで優しくて、"守ってあげたい女子"とクラスメイトからも定評がある。
…でも、中学の卒業式のときに告白されて、それから付き合っている。
俺の彼女。



「あーあ、ひかるちゃんに会えなかったねー」
「仕方がないじゃないですか、調子が悪くて寝てるのでしょうし」
「あ!!じゃあ折角だし、ハルちゃんの家に寄らせてもらわない?」

そんな話をしてた時だった。

「っ?!マコちゃ…っ?!…きゃっ…!!」
「え!?」

声が聞こえて上を向くと、窓からひかるが外に出ようとして足を滑らせたところだった。
そのまま落ちてくる。

「あ…っ!!」
「っ…!!」

慌てて怜と俺で抱きとめると、ひかるは真っ青な顔でごめんと謝ってきた。
体はガタガタと震えている。

「何してんの!?危ないでしょ!!」
「っ!!しー、しー…!!!」

俺が大きな声を出すと、ひかるが慌てた様子で口をふさいできた。
バツが悪そうに、お母さんには内緒にして、という。

「…とりあえず、ハルの家に行こう。いい?ハル」
「ああ」




「天体観測??」
「そう!!」

ハルの家に着くと、とりあえずひかるを座らせて事情を聞く。
渚と怜は空気を読んで先に帰っていった。
…というか、怜が渚を引っ張るようにして帰って行った。

「今日はこの冬最高のお天気なの!!なのに風邪引いちゃうでしょ??お母さんに言ってもダメって言われるだろうし…。だから…」
「窓から抜け出したの??」
「そう…です…」

明らかに怒ってる俺を前にしてひかるが縮こまっている。
ハルは腕を組んで壁にもたれかかっている。

「お願いマコちゃん!!見逃して!!今日がいいの!!今日じゃなきゃダメなの!!」
「一人で行く気だったわけ?」
「うん」
「…ダメだよ」
「そんなぁ…」
「俺も一緒に行くよ」

俺がそう言うと、ひかるはピクンッと反応して驚いたようにこちらを見た。
そして心底嬉しそうに満面の笑顔になった。
俺は本当にひかるに甘いと思う。
壁際のハルがため息を一つついた。





「星座でメジャーなのはやっぱり夏の星座だよね」

俺の左手をしっかり握って、真っ白な息を吐き出しながらひかるが嬉しそうに話す。
心なしか足取りもぴょんぴょんと跳ねているようだ。

「白鳥座のデネブ、わし座のアルタイル、こと座のベガ…夏の大三角形に天の川」
「あぁ…それなら俺も聞いたことあるかも」
「ね??…でも、その次にメジャーなのが冬の星座。夏みたいに大三角があるの。オリオン座のベテルギウス、こいぬ座のプロキオン、おおいぬ座のシリウス。それに冬の天の川…冬銀河」

少し高いところまで歩くと、家の明かりもあまり気にならないくらいになった。
ひかるが俺の手を話して嬉しそうに駆けていく。

「急に走ると危ないよ!!」
「ねぇ、上!!上見て!!マコちゃん!!」
「え…?」

ひかるに促されて上を見上げると、今までに見たことのないような星空。

「…すご…い…」
「でしょ?!」

ひかるは早速背負っていたケースのようなものから望遠鏡を出して組み立て始める。
その手なれた作業から、ひかるのこの趣味が長いものだということがわかる。
結構長く一緒にいたけど、全然気付かなかった。
望遠鏡を組み立てた後ろにレジャーシートを敷いたひかるが手招きをする。

「あれがベテルギウス、あっちがプロキオン。その二つの真ん中下あたりにあるのがシリウス」

ひかるが一つ一つ指をさしながら教えてくれる。
俺もひかるの目線に合わせてその指先を追う。

「すごい……よくわかるね、ひかる。俺全然どれがどれだか…」
「今言ったのは全部星座のα星って言われてて、星座の中で一番明るい星なんだよ。だから比較的わかりやすいの。それに、こいぬ座のシリウスはこの星々のなかで一番明るい1等星なの」
「へぇ…」

俺が真剣に感心した時、ひかるが"くしゅん"と小さくくしゃみをした。

「寒い?」
「大丈夫…」
「…こっちおいで」

俺が足の間を叩くと、ひかるはちょっと恥ずかしそうにそこに移動する。
俺よりも大分小柄なひかるの体を後ろから包み込む。

「…あったかい…」
「そうだね…」
「……ねぇ、マコちゃん」
「ん??」
「今日、本当はね、ちゃんと学校行って…帰りにマコちゃんを誘って…一緒に来たいなって思ってたの」
「…うん」
「でもダメだね…こういう日に限って風邪引いちゃうんだもん。…でも、マコちゃんが一緒に行くって言ってくれて…嬉しかったよ」

ありがと、と小さく呟いてひかるは俺の腕に頭を預けてくる。
そんなひかるが愛おしくて抱きしめる腕に少しだけ力を入れる。

「…ひかるはいつから星を見始めたの??」
「え??」
「いや…俺も、多分ハルもひかるに天体観測の趣味があったなんて知らなかったし。小学校…三年生からとはいえ付き合いは結構長かったのに…」

欠片もそんなことを感じさせなかった。
部屋にも入ったことはあったけど、望遠鏡とかを見たことはなかったし。
ひかるは少し困ったように首を傾げてから、目の前の望遠鏡を撫でる。

「ここにくる少し前くらい、かな。ごめんね、隠してたわけじゃないんだけど…言い逃したっていうか。…私、ここに来る前は都会の病院にいたでしょ??あんまり星見えなくて。…憧れてたんだ。こんな星空を」
「そっか…」
「ここに来てから、楽しいよ。マコちゃんに出会って、ハルちゃんに出会って。水泳の楽しさを知った。私は泳ぐことが出来ないけど、みんなが泳いでるのを見るのが好き。マコちゃんが…泳いでるのを見てるのが好き」

星しか見れなかった私には全部新鮮だった、とひかるが懐かしむみたいに言う。

「…ね、あそこに見えるの、天の川なの。夏よりも大分細いけど…そう、それ」

ひかるが指さす先を懸命に追って天の川を見つける。
確かに川のようなものが見える気がする。

「冬銀河とも呼ばれてるんだって。…私の願い事はね、全部あそこに流れてるの」
「…どういう意味??」
「ここに来る時も冬だった。その時に初めて冬の天の川にお願いしたの。…世界がもっと楽しくなりますようにって」

そしたらマコちゃんとハルちゃんに会えたとこちらを振り向いて笑うひかる。
これが一つ目、と指を折って数える。

「次は中学1年生の時。病院で半年も生きられないって言われた」
「っ…」

思わず立ち上がってしまってひかるに苦笑いされる。
まぁまぁ座って座ってと促されてまた座る。

「それでお願いした。もっともっと、生きていたいって。…マコちゃんやハルちゃん、ナギちゃんと一緒に生きてたいって。そしたらね、今まで生きてるよ。奇跡だって言われてるし、何かがよくなったわけじゃないけど生きてる」
「そんなの聞いてない…」
「だってマコちゃんに言ったら過保護になりそうで…嫌じゃん??普通にさ、みんなと笑ってたいじゃん」
「それは…そうだけど…でも…」
「心配性」

ひかるがそう笑って冷たくなった手でうりうりと俺のほっぺをぐりぐりとする。
俺がその手を掴んで止めると、ひかるはそのまま俺のほっぺを両手で包んだ。

「最後はね…マコちゃんが叶えてくれた」
「俺が??…なにを」
「マコちゃんにちゃんと告白できますように。…マコちゃんと両想いになれますようにって」
「あ」

卒業式の、ひかるの告白のことを言ってるんだろう。
俺の反応で何のことかわかったと踏んだのだろう。
嬉しそうに笑って、ほっぺを両手でつつんだまま額をこつんとくっつけた。

「マコちゃんも私のこと好きだよって言ってくれた時、ほんとに嬉しかった。ありがとう…好きだよ、真琴」
「うん、俺も好き。…大好き」
「真琴…ずっとそばにいて……もっと…真琴と生きてたいよ」

呟くように聞こえた声、溢れた涙を親指で拭ってそのおでこに口づけた。

「傍にいる…星じゃなくて俺が叶えるから」

だから俺の隣で笑ってて。




冬銀河


(どうか君の願いがすべて叶いますように、)

(これからは俺も冬の星に願おうか。)

ぼくは怪獣】様へ提出。

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