消えゆく淡き恋


「ひかる!!」

プレイヤーネームを呼ばれて振り向くと、
明るい茶髪に鎧のような装備の彼。

「クライン」
「よお、久しぶりだな!」
「そっちこそ」

嬉しそうに大股で歩いてくるクラインに、緊張が少し緩む。
剣の柄にかけていた手を下ろす。
さっきから感じていた気配はクラインだったのだろうか。

「お前まだソロでやってんのか??」
「まぁね。私はキリトくんとしか組む気ないし」

私がβテスター…ビーターであることはもうほとんどの人が知ってる。
というか、このゲームが始まった当初はずっとキリトくんと行動してたから
自然と知れたというか…まぁそんな感じだ。

「そろそろお前も腹くくれ。もう誰もビーターなんてもん気にしちゃいねぇよ」
「気にしてないのはクラインだけだって。…今だって、どこに行っても視線が痛い」
「そりゃお前、有名人だからな」
「あは、否定はしない」

私がそう言って笑うと、クラインは"ほざけ"と髪の毛をぐしゃぐしゃにしてくれた。
代わりに大事なところを蹴り上げてやる。

「おまっ…そりゃ反則だ…ろ…」
「大丈夫。蹴ったくらいじゃHPはそこまで減らないから」
「そういう問題じゃ…ね…」
「はいはい、ごめんごめん」

クラインは見かけるたびに私に声をかけてくれる。
ただ…ただ、この世界で初めての友達ってだけなのに。

「…なんならひかるよぉ。お前、俺んとこ入るか」
「…はい?」
「風林火山。そんなに強ぇやつらじゃねぇが、みんな根はいいやつらばっかだ」
「…知ってる」
「なら」
「でも、そういう問題じゃない…から」

ごめんね。
そういうとクラインは困ったように後頭部を掻いた。

「その…なんだ。まぁ、気が向いたらいつでも声かけてくれや。あいつらもお前なら歓迎するだろうよ」
「……ん…ありがと」

私はまだ、一人でいい。





"人殺し!!"


「っ…!!」

跳ね起きて周りを見渡せば見慣れた宿の部屋。
額に手を当てれば手に汗がついた。

「…人…殺し、か…」

毎日毎日見る夢は、眠る私を追い詰める。
お前は何で寝てるんだ、と。
寝てる暇があれば攻略しろ、と。

「悔い、改めろ…さもなくば」

私に生きる資格はない。





「よお、こんな時間に精が出るな」
「…クライン」
「すまねぇ。昼間、お前の様子がおかしかったからな。ちいっと張らせてもらった」
「そう…いや、いい」

装備を整えて外に出ると、クラインが立っていた。
いつもみたいに飄々と、何事もなかったかのように話しかけてくる。
その横を通り過ぎようとすると、腕を掴まれた。

「…何があった、ひかる」
「…ないよ、何も」
「嘘だろ」

この人に…なんで嘘がつけないんだろう。
なんで簡単に見破られてしまうんだろう。

「私を…信じてくれないの??」
「信じてるさ。ただ、今のひかるはいつものお前じゃねぇ。おかしい」
「…そっか…おかしい、か…私…」
「あぁ。だから、なにがあ…」
「私…人を殺した」
「!!」
「オレンジに…なった」

クラインは驚いた顔でバッと私のカーソルを見る。
私を掴む手が緩くなったときにその手を軽く振り払う。

「最近そのせいで夢見が悪い。寝れないなら少しでも攻略する。…それだけだよ」
「…あんま無理すっといつかガタがくんぞ」
「気をつける。…それと」
「ん?」
「その……気にかけてくれて、ありがと」

私がそういうと、クラインは照れ臭そうに後頭部を掻いた。
そのあとに私の頭をポンポンと二回軽くなでた。

「素直なお前も気持ち悪ぃな!!」
「なっ…!!気持ち悪いとは失礼だな!!この髭!!」
「髭っ……可愛くねぇな、お前は」
「ほっとけ、バカ」

私がぷいっとそっぽを向くと、苦笑いされた。

「…行くわ」
「待てよ。…俺も行く」
「あんたは寝なきゃもたないでしょ。いつも酒場で爆睡してるくせに。いつかPKされるがいいわ」
「洒落にならんことを言うなよ」
「とにかく!!あんたはいらん!!私はソロでしかやらないから!!」
「なら俺も勝手についてくわ」
「〜〜!!」

はぁ…と思わずため息が出て、私は無言で歩きだした。






「はぁっ!!」
「うらぁっ!!」

やっぱり一人より二人だと、実感させられる。
ずっとソロでやってきたから、クラインと組むと楽だ。
もちろん、キリトくんとのほうがもっと楽だけど。

「相変わらずだなぁ!!おめぇもよ!!」
「っ…そっちこそ!!」

盾なしの片手剣。
キリトくんのまねじゃないけど、それが私の基本スタイル。

「……はぁ…粗方片づけたかな…」
「休憩しようぜ、休憩」
「その隙に置いてく」
「おいっ」
「嘘だわ」

クラインが腰を下ろした傍に膝をつく。
…この間からずっと感じる気配と視線。
あれはやっぱりクラインじゃなかった。
だとしたら…。

「ねぇ、クライン。…あのね」
「あ??どうした??」
「…あの時…あれは事故だった」
「は??」
「わざとじゃなかった。…それだけは知っててほしい」

たまたま獲物の傍にいた。
獲物が避けたら後ろに彼がいた。
…そんなことを言ったって私が殺したことには変わりないのに。
私のスキルが当たった時の彼の顔が忘れられない。

「…信じて…」
「わーってるよ、そんくらい」
「…え??」
「お前がレッドなら、もうとっくに何千人殺られてら。お前は強ぇんだから」

…思わず涙が出そうになって後ろを向いた。
なんでこの人はこんなに人望があつくて人柄もいいのにモテないのか。
……下品な性格のせいだろうな。

「…クライン、私あっちの様子見てくる」
「マジで置いてくなよ」
「わかってる」







「コソコソしてないで出てこれば」
「……索敵スキルか」
「使うまでもない。分かりやす過ぎる」

木の影から出てきたのは短剣装備の男性プレイヤー。
しかも見覚えのある顔。
私がPKしてしまった人の…ギルドメンバー。
あの時…私に"人殺し"といった人。

「私をつけまわしてどうするの」
「アイツの仇をうつ」
「…PKするってこと??」
「多少オレンジになったって…あいつのためなら構わない…!!」

まっすぐに見据えられた目。
キリトくんを彷彿させる。
…いい目だ。

ビュッ…

私の剣が空を切り、男性プレイヤーのほほを切った。

「っ…」
「私とあなたのレベル差は20〜30ってところね。そんなんで私を殺せるの??」
「そんなんっ…やってみなきゃわかんねぇだろ!!」
「…いいよ。私のカーソルはオレンジだから、私を殺しても君のカーソルはグリーンのままだ」

存分に殺して。
それが私のせめてもの…罪滅ぼし。
ただ、心残りがあるとすれば…

ザクッ…

男性プレイヤーの短剣が私の胸を貫いて、HPゲージが減っていく。

「…アイツの…仇…」
「………ごめんなさい……ありがとう…」
「…っ!!」

男性プレイヤーの顔が驚きに歪む。
そして私のゲージが無くなって、消える瞬間に浮かんだのは彼の顔。


"よぉ、ひかる!!元気そうだな!!"


…ねぇ、クライン。
死ぬってこういうことなんだね。
脳を電磁波で焼かれるんだよね、痛いかな。
痛いのは嫌だな。
クライン。
…もう少しだけ、もう少しだけでいいから…

君とこの世界で生きていたかった。




消えゆく淡き恋


(君たちがどうか無事に、)
(元の世界に帰れることを祈っているよ)




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