どうして消えてしまうんだ


「あ、夏目に斑、今日は田沼も一緒か。いらっしゃい」
「やぁ、ひかる」
「よっ」
「今日も神酒を飲みに来てやったぞ」
「アホ、そんないつもいつも作れるかっての」

通学路の脇道。
手入れをされずに草で隠れかけている道を進むと、古ぼけた社がある。
ひかるはその社の主である、土地神の神使の妖だ。

「楽しそうだな、ひかるは。ここは何もなくてつまらなくないのか?」
「いや、私は楽しいよ田沼。だっていつもきみたちが来てくれるからな。毎日が楽しくて仕方ないよ」

そういい笑うひかるは本当に楽しそうで、つられてこちらも笑顔になる。

「それにしても、こーんな辺鄙な社にまた人が来るとは思ってなかったから…敷地内に夏目が逃げ込んできた時は吃驚したよ」
「あぁ…少しやっかいなのに追われてたんだ、悪いな」
「ううん。そのお陰で今こうして夏目や田沼と知り合えたし、斑の面白い姿も見れたし…プッ」
「お前!!今このプリチーな姿を笑ったな!!」
「この敷地内なら守ってあげられるしね」
「おぃ、ムシか」

ニャンコ先生を見事にムシして、ひかるは"私の領域"と誇らしげにしている。
そんなひかるがかわいくて思わず撫でると、ひかるは途端にムスッとした顔になった。

「子どもじゃないもん!!」
「見た目は幼いよな」
「外見年齢は夏目たちと同じくらいだけど、もっともっと昔から生きてるんだから!!」
「こんな小さいのにな」
「!!っ…田沼までー!!」

ひかるは、きーっと悔しがっている。
そんなひかるの頭を、俺と田沼は笑ってぐりぐりと撫でた。

「でもまぁ、最近は主様の力が不安定だからなー。私もそれに影響される」
「やはり土地神は弱ってきてるのか。ムリもない。これだけ信仰が薄ければな」
「そうなのか?」
「土地神は本来人の信仰が作り出したものだからな。信仰が弱まれば力も弱くなる。道理でしょ?」

ここはもう、ダメかもなとひかるは寂しそうに社を見上げた。
…ひかるは今、どんな気持ちなんだろう。

「もう日が落ちるよ。ほら、暗くなる前に帰りなさい」
「あぁ、もうそんな時間か」
「またくるよ」
「うん、楽しみにしてる」
「またな」
「…うん、」

バイバイ。

その言い方が気になってもう一度振り向いてみても、
ひかるはもうそこにはいなかった。




翌日、#名前#の社への道なき道には立ち入り禁止のテープが張られていた。
嫌な予感がして、テープをくぐり社の方へ向かうと、作業員が何人かと取り壊しの機械が社を囲んでいた。

「あ、君!!立ち入り禁止って書いてあったでしょ?!危ないから…」
「この社!!取り壊すんですか?!」
「あ…あぁ。ここを管理している人がね、参拝者もいないみたいだし壊して売地にするって…」
「そんな…っ!!」

俺の勢いに圧されて作業員の人が教えてくれた言葉は、絶望的以外の何者でもなかった。

「君、ここよく来てたの?」
「…えぇ、まぁ」
「そうか。参拝者いたんじゃないか。…残念だったね。まぁ、今日はもう暗くなるし壊さないから。最後にお参りしておいで」

気を利かせてくれたのか、その人は俺の肩をぽんっと叩くと、他の人と一緒に機械を置いて帰って行った。

「…ひかる」

静かになった社の敷地に俺の声が響く。

「いるんだろ、ひかる!!」
「…来たんだ、夏目」

ひかるはいつの間にか社の境内に腰を下ろし、こちらを見ていた。
思いの外穏やかな顔で。

「昨日バイバイっていったのに。入り口にもなんか黄色いの張ってあったでしょ??」
「どうしてそんなに落ち着いているんだ!!ここはなくなってしまうんだぞ?!」
「知ってるよ」

ひかるはそう言って笑うと、手招きをして俺を呼んだ。
俺がそちらへ行くと、ひかるは社の奥へ行き、その戸をあけた。

「…これは」
「主様、もうここにはいらっしゃらないんだ。昔、出て行かれてしまった」

ひかるが言うとおり、そこには何もないし、何もいなかった。
俺はずっと、この社の中に土地神がいるものだと思っていたのに。

「いつか主様が帰ってくるんじゃないかって、ずっとそう信じて社を守ってきた。だけど結局、神使がやれることは限られてくる。…だからこれでいいんだよ」
「…ひかるはどうするんだ」
「ん…主様を捜そうかな。まぁ、いっそここで消えるのもいいかもしれないけど」
「……」
「夏目??」

急に黙った俺の顔をひかるがのぞき込んでくる。
その腕をつかんで思いっきり引き寄せた。

「わ…っ」
「どうして…どうして俺には見えるんだ!!知らなければ楽なのに…こんなに…苦しい思いをしなくてすむのに…どうして…!!」
「…夏目」
「お前達はなんで俺に大事なことを打ち明けるんだ!!情が移ってしまっても…結局いなくなってしまうのに!!なんで…!!」


どうして…消えてしまうんだ…。


すべてをはき出した後、静まりかえった社に聞こえるのは俺とひかるの息遣いだけ。
そんなとき、俺の腕の中でひかるが静かに口を開いた。

「…永遠なんてことはありえないよ。ずっと一緒にはいられない。それは人同士だって同じ」
「…わかってる」
「夏目、見えることが苦しいっていったね。私は君たちと一緒にいることの方がよっぽど苦しいよ」
「っ…!!」
「苦しくて苦しくて仕方がないよ。だって君たちだって消えてしまうじゃない」

その言葉に俺はハッとしてひかるを見ると、
ひかるは泣きそうな顔をして俺を見上げていた。

「それでも私は人が好きで、優しくて温かい人たちをたくさん見てきたよ。だけど、妖(わたしたち)と人間(きみたち)の時間は同じじゃない。一緒には生きられない。先に置いて行ってしまうのは君たちのほうじゃない」
「ひかる…」
「苦しいのは嫌だよ。悲しいのは嫌だよ。もう…十分だよ。だから……だからっ…離れられなくなる前に今度こそ君の前から…消えたい」

こんなにも離れがたいのに、こんなにも傍にいたいのに、
どうして俺たちは一緒にいられないんだろう。

「夏目、私は主様を探しに行くよ。社はきっともう無くなってしまうだろうけど、私を神使にした挙句消えたことを一生後悔させてやる」
「…ははっ、それは怖いな」

気休めでも俺が笑ったことにほっとしたようにひかるも笑った。

「一生かけてこの地を守らせる。せめて…せめて夏目の一生が幸せになるように守るから」
「…ひかる」
「夏目、忘れないで。君の周りのたくさんの人が、優しい君を守ってるよ。君はいつだって守られてる。周りの人に、友達に、そして…私に。一人じゃない、ずっと、これからも」

そういうと、ひかるは俺から離れて泣き笑いのような顔をした。

「優しい君が、私は大好きだったよ」

俺がその言葉に目を見開いた時、ひかるの手から発せられた光に俺は飲み込まれた。





"ひかる、俺はこれからしばらく留守にする。お前は社を守ってろ"
"またですが、主様"
"あぁ、悪いな"
"…お早いお帰りを"


あぁ、これはひかるの記憶。
ひかるの…思いだ。


"わゎっ…なに?!人の子!?"
"ここら辺に神社はないか…っ!?"
"…追われてるの??"
"あぁ"
"…来て。守ってあげる"


"ナツメ…夏目っていうんだ!!"


"夏目、明日も来てくれるかな"


"夏目、今日も来てくれたー!!"


"夏目"


"夏目…"





「夏目!!」

気がつくと、俺は社で倒れていて、目の前には心配そうな田沼の顔。
体が熱くてダルい。
ひかるの気に触れたせいだろうか。

「田沼…どうして…」
「ひかるが俺を呼びに来たんだ。社で夏目が倒れたから助けてくれって」
「ひかるは…」
「…あれっ、そういやいないな。途中まで一緒だったんだけど…」
「そう、か」

きっともう、ひかるは二度と俺たちの前には現れないのだろう。
ひかるの力に触れて、わかった。
ひかるの力はもう、ほとんど残ってない。
主のいないこの社を守るためにすべてを注いでいたんだ。
だけど俺に、今まで自分が味わった思いをしてほしくなくて。
だからあんな言い方をしたんだね。

「っ…ひかる…」
「夏目っ?!」

見上げる天井がにじんで、焦った田沼の声が聞こえて。
俺は目の上に腕を置いて、歯を噛みしめて泣いていた。







どうして消えてしまうんだ


(俺も、)
(優しい君が大好きだったよ)


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