風のなか聞こえないはずの声さえも


「ナツメ、これはなに!?」
「あぁ、それは…」

この間出会った半妖の君は、本当に何も知らない子だった。
見るものすべてに目を輝かせる。
とても、純粋な子だった。

「ひかる、お兄さんを探しているんだろう??」
「え??…あ、そうだった!!」
「…本当にわかってる??」
「わかってるよー。あ、ナツメ!!あれあれ!!」
「…はぁ」




風神・風守と人間の間に生まれた半妖のひかる。
彼女は出会ったときにそう名乗った。

「こんにちは、初めまして人間さん!!私はひかる。…あなたはだれ??」
「あー…えっと、夏目貴志」
「ナツメ…ナツメ!!素敵な名前ね!!」

キラキラと輝く笑顔を向けられて、俺は思わず目の前に手をかざした。
眩しいと感じたんだ。

「私ね。私、お兄ちゃんを探してるの。ナツメ、知らない??」
「お兄ちゃん??」
「そう。風を操る力を持った半妖のお兄ちゃん。風早っていうの」
「…半…妖…??」
「そう!!私たち双子のお父さんは風の神様なんだって!!」

そう、楽しそうに笑う君の笑顔はどこか寂しげで、
俺はそれが気になってひかるに手を貸すことにしたんだ。





「で、君のお兄さんはどこにいそうなんだ??」
「…さぁ??どこにいるの??」
「……」

俺がため息をつくのと、聞きなれた声の悲鳴が聞こえるのが同時だった。
嬉々とした顔で少し離れたところにいたひかるが走ってくる。

「ナツメ!!なんか捕まえた!!」
「ぎゃっ!!離せ、離さんかこの小娘がーっ!!」
「!!先生じゃないか」
「せん、せ??」

ひかるが首をかしげる。
あぁ、二人は初対面だった。

「あぁ。俺の用心棒、ニャンコ先生だ」
「…用心棒…。…守れるの??この猫ちゃんが??ナツメを??」
「ナツメ!!お前またくだらんことに首を突っ込んだな!!」
「あぁ。…悪いな、ニャンコ先生」
「また私の友人帳が薄くなっていくではないか!!」
「お前のじゃないだろ!!」
「友人帳…」

ひかるの声に俺と先生はハッとする。
ひかるには友人帳の話はしていない。
マズイ…なるべく知られないようにしてたのに…。

「ナツメは友人帳の夏目なの??」
「いや…これは、その」
「なの??」
「…あぁ、そうだよ」

ごまかしきれなくて、俺は頷いた。
すると、ひかるは嬉しいような悲しいような、
形容しがたい顔をした。

「ひかるの名前も、ここにあるのかい??」

友人帳を取りだすと、少しだけそんな感じが伝わってきたから聞いてみる。
すると、ひかるはふるふると首を振った。

「私はない」
「…私、は??」
「風守…お父さんの名前はあると思うの」

それをきいて、俺は"風守"という名前を心の中で呼びながら友人帳をめくる。
そして示された、一つの名前。

「これが…」
「君のお父さんの名前だ」
「レイコは風守とも会っていたのだな。あいつを打ち負かすとは…つくづく負け知らずな女だ」
「そう、だね。お父さんはナツメレイコのことを楽しそうに話してた。…ニャンコはお父さんと会ったことがあるの??」
「先生をつけんか。…昔、少し知りあう機会があったのでな。飲み明かした仲だ」

それを聞いたひかるは少し、表情を緩めて懐かしそうに風守の名前を見ていた。
そして、そのあと覚悟を決めたように顔を上げる。

「ナツメ。お願いがあるんだ」
「…??なんだ??」
「お父さんの名前、破いて捨てて」
「え…??」
「…その名前は」

ひかるが何かを言いかけた時、近くの茂みがガサガサと音を立てた。
ひかるがそれに反応して、俺の前に出る。

「…ひかる??」
「!!その声…風早!?」
「えっ?!」

茂みから出てきたのはひかるをそのまま男にしたような奴だった。
こいつがひかるの兄の風早らしい。
…でも、気配に敏いニャンコ先生が反応しきれなかった。
何かが、おかしいんだ。

「…どうして…」
「お前の声がしたから。…そいつは??」

風早の目がこちらを捕える。
…ぞっとするくらい暗い目だ。

「…トモダチ」
「へぇ」

ひかるがバツが悪そうに顔をそらすのと対照的に、風早の顔には笑みが浮かぶ。
ニヤリと笑ってこちらをジロジロとみるその顔に、嫌悪感。

「そいつ、夏目だろ。友人帳の」
「っ違…」
「お前、そんなやつ引き入れたんだな。…強かな奴」
「引き入れた…??」

思わず聞き返した俺を、風早が鼻で笑う。

「俺らは双子の半妖なわけで。親父亡き今、お互いにつぶし合って風神の座を奪いあう運命ってわけだ。おまけに俺らは半妖だ。片割れ殺しゃぁ完全になる」
「……」
「そこで、こいつは考えて、親父の名前をもってるお前を引き入れたんだろう。親父の名前は俺らの力でもあるし、俺らがその名前(ちから)を受け取ることもできる」
「…そう、なのか??」

ひかるはうつむいたまま、手を強く握りしめている。
俺が問いかけても、答えない。

「そいつは簡単にお前を裏切るだろうよ。なぁ、夏目。そんな嘘つきのことなんか信じるな。その名前、俺に返してくれ」
「っダメだよ!!ナツメ、風早のとこには行かないで!!」
「そいつはお前を利用しようとしたんだぜ??」
「風早だってナツメを利用する!!ナツメ、信じて!!その名前はもうあってはいけないものなの!!」
「夏目」
「ナツメ!!」
「ええぃ、小賢しいわ!!」

俺が決めかねていると、ついにしびれを切らした先生が口を挟んだ。
前足でだしだしっと地面を叩いている。

「夏目、さっさと決めろ!!風早とやらにつくのか、ひかるを信じるのか。まぁ、どちらもとらんという選択肢もあるが」
「あ、あぁ…」
「だが、風早とやらは得体が知れん。何が起こるか私にもわからんぞ」

嫌な感じだ、と先生は眉間にしわを寄せてボソッと吐き出す。
俺は友人帳から風守の名前をとった。

「ナツメ…」
「ひかる。この名前を破いても、二人の身体が引き裂かれるようなことはないのか??」
「…うん。お父さんの身体はもうない。あるのは力だけ」
「大丈夫、なんだな」
「風の神に誓って」
「…なら、俺は」


君を信じるよ。


「てめぇ…っ」

俺が名前を破こうとした途端、風早の表情が急変して俺に襲いかかってきた。
肝心のニャンコ先生は今の突風で吹き飛ばされてしまった。
役に立たない、と少し諦めかけたときひかるが俺の前に出た。
ものすごい風が自然ではありえない二方向からすごい勢いで吹き荒れる。

「ひかる!!」
「ナツメ、早く!!」
「っ…」

俺は名前に手をかけて、一気に破った。


ビリリッ…!!


名前が真っ二つになった瞬間に、不自然な風の応酬が止んだ。
手の中の名前がハラハラと消えていく。

「…ひかる、やってくれたな」

風早はもう、抵抗する力もないのかぺたんと地面に座り込んだ。
俺の前でひかるも尻もちをつく。

「ごめんね、風早」
「いや…もう、どうしようもねぇし」

風早のその言葉を聞き、ひかるは潔いねと笑う。
二人の間のさっきまでの緊張感は嘘のように消えた。
そして、嬉しそうなひかるの顔が俺のほうを向く。

「ナツメ、ありがとう!!これで終わり!!」
「終わりって??どういうことだ??」
「終わりは終わりだよ」

風早が鼻で笑いそういうと、ひかると風早の体が揺らぎ、消え始めた。
消えていく体を本人たちは笑ってみている。

「ひかる…!?なんで…!!」
「ナツメごめん、私ナツメにいくつか嘘ついてた」
「嘘…??」
「ナツメが友人帳の夏目だって知ってナツメを利用しようと思ったのは少し本当なの。ナツメに名前を返してもらって私が風神になるんだって思ってたの。でもね、ナツメが毎日来て一生懸命、風早を探してくれてたのを思い出して、ダメだって思った」

そこでひかるはいったん言葉を切り、自分の体を見ていた目線を俺に向けた。
そして、出会ったころと同じように。
楽しそうに、そしてどこか寂しげに笑った。

「この人を騙しちゃダメだって、思ったの」
「ひかる…」
「だから、私は消してもらおうと思ったんだ。風早と一緒に」
「どうして…??」
「俺が悪霊になっちまうからだろ??」
「風早の力は私より強い。お父さんの力を手に入れて、私を殺して、完全な風神になったらきっと、力に飲み込まれる」

当の本人を見ると、だろうなと言ってケラケラと笑っている。
目の前で起きていることが、話して語られることが信じられなくてひかるを見るけど、困ったような笑顔が返ってくるだけで。
なら、俺は。
俺はどうすればよかった??

「なんで消えなきゃいけないんだ??別にこのままでも…っ!!」
「それでも結局消えてしまうよ。本当は私たち、生まるときに難産でお母さんと一緒に死ぬところだった。でも、そんな私たちをお父さんが生かした。私たちはお父さんに生かされてた。だからお父さんがいない今、私たちは消えてくしかない」
「…そんな」
「ごめんね、ナツメ。さっきのも嘘だったね。…引き裂かれはしないけど、全然大丈夫じゃないや」

そんな話をしている間にもひかると風早の体はどんどんと消えていってしまう。
それでも、風早は諦めたように、ひかるは困ったように笑うだけだ。

「ナツメ、私を信じてくれてありがとう。…信じるって、言ってくれて嬉しかった」
「どうして俺を利用しなかったんだ!!君は…消えてしまうのに…!!」
「楽しかったよ、ナツメと一緒にいたこの数日間。…本当に楽しかった」
「ひかる!!」

ありがとう、と最後に笑顔を残して、ひかると風早は消えた。
それと同時に突風が巻き起こり、二人がいた場所の草を巻き上げる。
そんな時、耳元でふっと声がした。


"君が、好きだったよ"





風の中聞こえないはずの声さえも


聞こえた気がして、
涙が出そうになるんだ。




(あぁ、俺も…俺も楽しかったよ)
(…好きだったよ)



僕の知らない世界で】さまへ提出
夏目ファン様へ土下座orz

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