その答えは辞書には載っていない



※死ネタ注意。



「私の辞書に不可能の文字はない!!」

これが俺のお姫さんの口癖やった。




俺のお姫さんこと星名センセは奥村センセと同じ、俺らと同い年の祓魔師で若先生。
ちゅうても普段は俺らの担当やのうて、たまに奥村センセの代理やったり助手やったりでお世話んなっとるだけなわけで。
奥村センセよりは、先生ゆーより学校の友達っちゅー感覚で付き合える人。

今日の野外実習では俺らが二つに別れるちゅーことで、監督として星名センセも来てはった。

「では、ここから二つに別れて現場に向かいます。奥村くん、三輪くん、神木さん、宝くんで1チーム。残りの3人で1チームとし、僕か星名先生が監督として付きます」
「はいはい!俺のチームに星名センセ付けてください!」
「…ハァ。…はい、そのつもりです」
「っしゃ!」

俺は天に向かってガッツポーズする。

「あは、そんなに喜んでもらえちゃうと照れるなぁ」

そういって手をパタパタ振る星名センセ。
あぁ、そないなリアクションまでも可愛くてたまらんわぁ…!

「いい?くれぐれも注意は怠らないように。ひかるのチームは比較的バランスのとれたメンバーだけど…」
「大丈夫大丈夫!心配ご無用!なんたって私の辞書に」
「…不可能はないんだったね」
「うん!任しといてよ、雪男」

それでは解散、という奥村センセの言葉で俺たちは二つに別れた。

「ってことで、私が担当しまーす。よろしくね」

そう言うて星名センセはきゃっきゃっと杜山さんと手を合わせとる。

「星名先生、」
「はーい」
「今日の実習はどこ行きはるんですか」
「あ、えっとねー…ちょいまち」

星名センセは坊の質問に対してそういうと、懐から地図を取り出した。

「どこから出してはるんですか」
「んー企業秘密」

なんの企業やねん。
とツッコんだら負けや。
こん人そんなん気にしとらんし。

「ここ最近、正十字学園町付近の森で夜に異形がでるって報告があったんだって。それも複数箇所。それで、私と奥村先生にも出動依頼来たんだけど、何しろ人手不足でね。なら候補生達の実習って形にしようってなったの」

星名センセはそういって、地図を広げて俺らにもよう見えるようにしてくれる。

「私たちはここ。で、奥村先生たちはこっちね」
「割と近いんですね」
「そうだね。何があってもいけないからね」

そういったあと、星名センセの空気が張りつめたんがわかった。
そこらへんはやっぱり指導者としての責任やらなんやらの難しい話が絡んでくるんやろ。
やっぱ大変や、センセは。

「あ、そろそろだね。他の祓魔師達も数人いると思うから私たちは主にフォローになると思うけど、しえみちゃんはニーちゃん出して」
「は、はい!」
「勝呂くんは私の側にスタンバイ。指示出したらすぐに対処できるように準備して」
「わかりました」
「志摩くんはキリク組み立てー」
「えぇ…俺もやっぱ戦うんや…」
「私、志摩くんは騎手向きだと思うんだけどね」

そんなん言われてもーたらやるしかなくなってまうやん。
俺は渋々懐からキリクを出して組み立てる。
その間に星名センセ自身も背負い刀と右足のホルスターの留め具をパチンと外してはった。
やっぱいつ見てもあのホルスターええわー。
ええ感じに太股の肉が食い込んではるし…
とか考えとったら坊にジト目で見られてもうた。
いややわ、坊。
あれに見とれんやつは男やあらへんで。

「…そういや星名センセはいくつ称号持ってはるんですか」
「え。うーん、と…詠唱騎手」
「え、それだけ…ですか?」
「以外」
「!?」
「以外!?以外って、それじゃないもの全部っちゅー意味ですよね?!」
「うん、言葉の意味としてはそうだね」

星名センセはケロッとした顔でそないなことゆうてはるけど…
同い年やろ?!
騎手、竜騎手、手騎手、医工騎手の4つの称号持ってるてどないや!?

「いやぁ。詠唱は覚えらんなくって。苦手だわー暗記とか」
「十分ですわ。十分他で補えてますわ」
「だから勝呂くん尊敬する」

そういって星名センセは坊を拝む仕草をする。

「そないしても詠唱覚えられるようになりまへんえ」
「…あと3センチ身長が延びますように」
「関係あらへんがな!」
「あはは!」

あぁ、ホンマこの人がおると空気が和む。
さっきまでガッチガチやった杜山さんも笑ろてるし。
そういうとこが好きやわ。
そんなとき、イキナリ星名センセがピクッと反応し、止まりはった。

「どないしたんですか」
「…うん」

静かだな、って思って。
星名センセが和ませた空気が一瞬にして張りつめたんがわかった。

「誰も、いないね」
「ひかるちゃん、さっき祓魔師さんが数人いるって言ってたよね」
「…そのはず…なんだけど」

ちょっと雪男に確認するね、と星名センセが携帯を取り出したとき、近くの草むらが動いた。

「星名センセ!」
「っ…?!」

さすがの星名センセは振り向き様に背負い刀抜いて草むらから出てきよった悪魔を吹っ飛ばした。

「…やっぱり悪魔…。しかも屍系4体も…っ」

星名センセは小さく舌打ちしよると、ホルスターから銃を取り出して屍を牽制しつつ俺らに指示を出す。

「ここに人気がなくてあの屍がいるってことは他の祓魔師たちはもう手遅れかもしれない」

確か屍系悪魔の魔障は数分で壊死するて…。
ほな手遅れっちゅうことはー…。

「っ誰だよこんなとこに候補生割り当てたのは!くそっ…」
「星名先生!俺ら前に候補生認定試験の時に屍と戦うてます!そん時に"ヨハネ伝福音書"で…」
「いや、数が多い!私も屍4体相手しながら勝呂くんは守れない!」
「そしたらどないすればええんですか!?」
「………」

星名センセは一旦黙りこんだあとにチラと携帯を確認した。
そんで腹括ったように言う。

「私が食い止める。その間に奥村班と合流して」
「そんなっ…」

無茶です!と俺と坊で食い下がる。
あんときだって結局なんとかなったし。
また杜山さんにバリケード作ってもらえば時間稼ぎにもなる。
そう言うても星名センセは首を縦にはふらなかった。

「あのときとは状況が違う。室内じゃないから明かりがつくことはない。なにより…失敗しても助けてくれる先生はいない!」

そういうと、星名センセは時間稼ぎをするために懐から魔法陣を数枚取り出した。

「古(イニシエ)来たりて我と為る。我の力故にあらん!」

すると凄まじい風が吹き起こて、人の形をした。
あれが星名センセの使い魔…。

「風精(シルフィード)や。あないな数初めて見た…」
「今のうちに行って!」
「でも…っ!」
「候補生なら上司の言うこと聞きなさい!!!」

バチンッ!
一瞬何が起こったかわからへんかった。
右のほっぺがヒリヒリして、叩かれたんやと理解した。
でも、俺なんかよりも叩きはった星名センセの方が痛そな顔してはった。

「星名セン…」
「守らせてよ…」
「…え?」
「私は"先生"なんだから」

そない泣きそな顔せんといてください。
そないな顔されてもーたら俺もう何も言えへんやないですか。

「…星名センセの辞書に、不可能はあらへんのですよね」
「うん」
「絶対、可能なんですよね」
「……ん」

返答の間が、全て語ってるようやった。
そんだけでわかってまうくらい、星名センセを知っとる自分がこんときばかりは憎かった。

「勝呂くん、指揮権を預けるね。ちゃんと奥村班と合流するように」
「…はい」
「よし。…先生は素直な可愛い生徒たちが大好きです」

どうか無事で、と。
それが、星名センセの最後の言葉になった。



あの後、俺らは奥村センセの班と合流して星名センセのところに急いで戻った。
そこで見たのは倒された2体の屍、
それに何かを守るように死んではる星名センセやった。
そん時星名センセが守ってはったのは、そこに配属されとった祓魔師やった。
生き残っとったそん人を星名センセが庇ったっちゅうことらしい。
残り2体の屍は手の開いとる祓魔師全員で捜索して速やかに排除された。

「…本当に残念です。彼女はいい祓魔師でした」
「…ええ」

理事長と奥村センセがそないな会話をしてる横で、
俺ら候補生組は立ちつくしてた。

「…坊」
「なんや」
「俺はどないしたらよかったんですかね」
「…」
「あんとき、あの場に残っとったら、なんや違ったんですかね」
「…星名先生が許さんかったやろな」
「せやけど、坊」
「…なんや」
「俺、あんとき星名センセ一人にしたことこれから一生後悔してくと思うんですわ」

俺がおったとこでどうにもならんかったかも知らんけど、
星名センセをあないなとこで一人残して死なせてもうたことを悔やんで仕方ないんです。

「俺は…どないしたらよかったんですか、星名センセ」



その答えは辞書には載っていない



(君の辞書になら)
(載ってはったんやろか)



末娘は気取り屋】様へ提出。

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