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やさしい手で撫ぜて



 やがてスノウとホワイトの下での修業を終え、オズとドロシーは魔力が成熟し身体の時間が止まった。オズは立派な成人男性になり、兄弟子であるフィガロと同じくらいの年齢で時を止めた。ドロシーに関しても控えめな清楚な成人女性になった。魔力が弱いためか、オズよりも魔力が成熟したのが早かったため、ドロシーはオズより少し若い肉体年齢で止まっている。魔力を成熟させたオズは双子やフィガロの予想通り、自分たちを超える強い魔力を持つ魔法使いに成長し、オズを超えることのできる魔法使いはまずいないと予見した。本気を出せば、かなりの強者であるフィガロも師である双子も凌駕してしまう。それだけではなく、次第に天候までもオズの感情に引き摺られるようになった。魔法は心と自然を通わせて使う。強すぎる魔力のせいで、自然までもオズの力に引き寄せられてしまうようだ。

 修行を終え、魔力が成熟してからも、生活に変化はなかった。成熟してすでに百年ぐらいが過ぎ去っているが、相変わらずオズやドロシーそしてフィガロも双子邸で暮らしていた。変化したことと言えば、スノウとホワイトによる修行と言う名の授業が無くなったことぐらいだ。それ以外はいつも通りで、家族というものを真似るように五人で過ごしている。ただただ平和であった。自分たち以外の他者と、温かい食事とベッド、吹雪や雨風など外界から守る屋根。凍土の世界を彷徨っていた記憶が、遥か昔の出来事のように思えて、あの頃の生き方を忘れてしまうほど、平和だった。



 最近、オズはよく外へ出かける。どこへ行っているのかは知らないが、必ず手土産を持って帰ってきてくれる。北の国では珍しい花や、食べ物、綺麗な小物など贈り物は様々。それらから、だいたいどこかの街へ行っているのだろうとわかる。何度か一緒に行きたいと口にしたことがあるが、そのたびオズは難しい顔をして首を横に振った。オズは外に出させたくないようだった。魔力が弱い自分は、強い魔法使いの多い北の国で生きていくのは難しい。オズと一緒にいれば安全であるが、それでも結界で守られた此処に居たほうが無用な心配事は無い。少しでも不安要素は消しておきたい。だからオズは外に出させたくないのだ。ドロシーもいつもオズに守ってもらっていて、それを理解しているため、それ以上我儘は言わずにオズの帰りを待った。オズと少しの間でも離れてしまうのは寂しいが、帰ってきたオズを出迎えることも、オズが自分で選んだ贈り物を受け取るのも、ドロシーは好きだった。

 そして今日もドロシーは外へ出かけたオズの帰りを待っていた。自室の窓辺に座って、ぼんやりと外を眺めて待つ。この部屋の窓からは、よく玄関先が見える。誰かが帰ってくるのをいち早く見つけることができるのだ。時計の針が時を刻む音に耳を澄ませてしばらくそうしていると、視界に人影が映る。それを見て、口角があがった。ドロシーは浮足立った様子で椅子から立ち上がり、駆け足で部屋を出た。

 屋敷の玄関へと急げば、ちょうど帰ってきたオズが扉を開けて入ってきたところだった。


「オズ、おかえりなさい」
「ああ、ただいま」


 駆け足で自分のもとへ駆け寄ってくるドロシーを見て、オズはどこか安心したようにほっとし、目元を和らげる。ドロシーがオズを出迎えるのを好きでいたように、オズもドロシーにおかえりと笑いかけられ迎い入れてもらうのを気に入っていた。

 ドロシーはいつも通り今日はどこへ行ってきたの、と尋ねた。普段ならすぐに外れた街へなどと答えてくれるが、今回は反応が遅い。不思議に思って背の高いオズを見上げてみると、オズは少し目を伏せて、じっとこちらを見つめていた。けれど視線は合わない。どこか違うものに意識を向けているようだった。様子のおかしいオズを心配するように名前をもう一度呼べば、はっと我に返った。大丈夫、と心配し尋ねた言葉を誤魔化すように、オズは目逸らして、なにも無かったところから綺麗な包みを取り出し、それを差し出した。


「これは?」
「土産だ」


 包みは少し重かった。開けていいかと尋ねるように視線をあげ、頷いたオズを見てから、ドロシーはそっと包みの紐を引いて中を覗いた。包みの中には色とりどりの綺麗なガラス玉が入っていた。少し光を当てれば反射して、とても美しい。ガラス玉の入った包みは、まるで宝石を詰め込んだ宝箱のようだった。

 見惚れて感嘆の声をこぼすと、それを見下ろしていたオズもフッと目を細める。包みの中からガラス玉を摘んで持ち上げる。室内の明かりに掲げれば、反射してキラキラと光る。透き通ったガラスは向こう側が見え、違う世界を覗き込んでいる気分になれた。


「ありがとう、オズ。大切にするわ」
「・・・・・・ああ」


 笑顔でお礼を告げるドロシーにオズも朗笑し頷くが、やはりどこか表情が沈んでいた。頷いた後は、またどこか遠くを見つめるような目をして、ぼうっと浮かない様子が続く。

 疲れているのね、とドロシーは言った。オズを心配して、ドロシーは部屋で休むよう促す。最初はいや、と素直に首を振らなかったオズだが、やがてドロシーに従って部屋に帰って休むことにした。ゆっくり休んで、と部屋へ向かうオズの背に投げかける。じっと背を見つめるなか、ドロシーはどこか不安を覚えた。



* * *



 コンコン、と控えめに扉をノックする。ノックをした手を下ろし、胸の前で自分の指を掴んでは離して、扉が開くのを待った。ノックをするまでもしばらく悩んだが、やはり尋ねるべきではなかっただろうか、と自分のした行動に不安になる。悶々と思考を巡らしていると、部屋の主が扉を開けた。開いた扉に思わずあ、と声を零した。

 一つにまとめていた長い髪を下ろし、服も簡素なものを纏っている。寝支度の済んでいるオズは、尋ねてきたドロシーを見下ろし「なんだ」と淡泊に言葉を投げる。ドロシーはオズを見上げたあと俯いて、なんて言葉を続けようか迷ってしまい、なかなか声を出すことができずにいた。目の前で言いよどむドロシーを、オズは不思議そうに見つめた。「体調は、平気?」ようやく出た言葉はそんなものだった。ああ、と頷くオズにそっか、と返して、また沈黙が続く。言葉に詰まるドロシーを、オズは無言のまま様子を伺うように見下ろしている。そんな状況が続くなか、ドロシーはやはり部屋に戻ろうかと考えたが、このままひとり部屋に戻ってしまうのが恐ろしく感じて、足を動かすことができない。しかしいつまでもこうしているわけにもいかない。徐々に焦っていく自分を抑えて、どうにかして言葉を紡ごうとするドロシー。そんなドロシーを見兼ねたのか、促すようにオズが口を開いた。


「不安か」


 見上げれば、炎のように真っ赤な瞳と視線が交わった。温かい、大好きな眼差しだった。

 こくり、と素直に頷く。言葉数の少ないオズの気持ちをすぐに理解して汲み取れるドロシーのように、オズもまたドロシーの言葉では表さない感情を理解することができた。ずっとふたりでいた賜物だろうか。おそらく自分たち以上に、ふたりのことを理解できる人はいないだろう。オズは頷いたドロシーを見ると、少し悩んだそぶりを見せたあと、向かい入れるように扉を大きく開いた。


「入りなさい」


 声を弾ませて、頷いた。

 ドロシーを部屋に通して、扉を閉める。部屋の明かりはほのかにともる暖炉の炎だけで、部屋は暖かった。すでに時間は深夜だ。そんな時間に不安だと尋ねてくるということは、昔のように寄り添って眠りたいのだろう。オズはそれをすでに理解して、手を伸ばしてドロシーをベッドへと促した。少し遠慮をしながらもベッドに上がり足を布団に滑り込ませるドロシーを確認してから、部屋の明かりである暖炉の火を魔法で消した。続いてオズも自分のベッドに入り込み、ふたりは向かい合うように横になった。

 どちらも瞼を下ろさず、ただ見つめ合った。しっかりと布団をかけられていないドロシーに、肩までしっかりと布団をかけてやる。少しだけ空いたふたりの間に、ふとドロシーが片手を差し出した。それを合図にオズも片手を出して、シーツの上に転がる細くて小さい手をそっと包み込む。ほんのりと体温が伝染していく。心地よい、温かさだった。


「昔みたいね、オズ」
「そうだな」


 懐かしむように、握られた手を眺めながら呟けば、オズも顔を綻ばせて頷いた。

 昔の頃は、いつでも手を繋いでいた。決して離さないように、固く手を握っていた。これが自分たちを結ぶ繋がりだった。それがいつしか手を握る時間が減っていった。それは双子邸へ来て、自分たちを脅かす危険がなくなったから。手を繋いでいなくても、一緒にいるだけで自分たちは繋がっているのだと理解したから。それでも、こうして体温を知って、肌で触れ合って、その存在を確かに感じられるのが、何より好きだった。こうしているだけで、不思議と安心して、心が穏やかになる。いつのまにか、先ほどまで感じていた正体も分からない不安は消え去っていた。これも、いつも守ってくれているオズを傍に感じて、こうして手を握っているからだ。


「ずっと一緒よ、オズ」


 繋がれた手に擦り寄るように身体を丸めて、瞼を下ろした。夢心地のまま、幸福に包まれながら、そっと意識を手放す。

 オズは目を細め、目の前の安心して意識を手放したドロシーを見つめた。そして同じように、オズも握られた手に寄り添うように背中を丸める。眠るドロシーを慈しむように、焼き付けるように見つめては、そっと手を伸ばし、壊れ物に触れるように柔らかな頬を指で撫でつける。そして、固く固く、瞼を閉じた。