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わたしだけおいていくの



 ――ずっと一緒にいられるのだと、信じていた。
 ――いつまでもこの手を繋いでいられるのだと、信じて疑わなかった。



* * *



 あの日、目覚めた時には隣で眠っていたはずのオズの姿は無かった。部屋の様子に変化はなく、ハンガーにかけられていた彼の普段着と外へ出かけるときに羽織るコートだけが消えていた。それ以外は何も変わらない朝だったのだ。寝起きのドロシーは、またどこかへ出かけてしまったのだろうと考えていた。そして今日もなにかお土産をもって帰ってくるのだと、当たり前のように思っていた。しかし、それは部屋を出てスノウとホワイトそしてフィガロと顔を合わせるまでの、短い間だけだった。

 オズがいない、と双子のどちらかが言った。フォガロは最初、出かけているだけでは、と思っていだったが、完全に双子邸からも自分の痕跡を消し去ったのを見て、その考えを改めた。完全に痕跡を消し、行き先を告げずに姿を消したオズ。答えはもう出ていた。オズは、此処を出て行ったのだ。双子のもとでの修行も終え、魔力も成熟している。とっくに一人前になっているのだから、此処を出ていくのは可笑しくはない。ひとり立ちをしても、おかしくはなかったのだ。たとえ誰にも告げずに出て行ったとしても、それはそれでオズらしい行動で、どこもなにもおかしなことはなかったのだ。

 ドロシー、と深刻な事態に直面したかのような声色で、伺うように名前を呼ばれた。


 ――そう、おかしくはない。なにもおかしくはないのだ。


 何度も何度も唱えるように心の中で繰り返した。


 ――オズはきっと、またどこかへ行っているのだ。きっと足取りを知られたくないのだ。大丈夫。きっとオズは帰ってくる。きっと迎えにきてくれる。私たちはずっと一緒だったもの。ずっと、一緒だったのだから。


 何度も何度も、心の中で呟いた。そうでもしないと、置き去りにされた事実に、立っていることすらままならなかった。








 それからどれくらいの月日が過ぎ去っただろうか。変わらずドロシーは窓辺に座って屋敷の外を眺めている。

 窓の外では冷たい風が吹き付けて、窓をガタガタと打ち鳴らす。吹雪は視界の邪魔をし、目の前の風景すらまともに見させてくれない。遮る視界のなか見えるのは、雪に覆われた白銀の大地と、屋敷を覆う森の木々だけ。雪を吹き付けられながらも立つ樹木は、枝に雪を積もらせて白い葉を飾り、屋敷へと続く外界を拒絶している。囲われた屋敷の中は寒い。窓の隙間から流れてくる冷たい空気が、室内を支配し、指先から徐々に体温を奪っていく。

 ドロシーはあの日以来、ずっとオズの帰りを待ち続けた。玄関先が良く見える自室の窓辺に座って、ずっと人影が映るのを待っている。どれほど月日が経っているのか、ドロシーにはもう分からないだろう。長い時間、永い年月、ただただオズがいずれ帰ってくるのだという確信のないその日を信じて、待ち続けていた。。自分でも理解しているのだ。いつまでも夢想を描いている子供のままではない。しかしその事実を受け入れることが何よりも恐ろしく、それにしがみついていないと、足元すらおぼつかず存在さえ危うくなってしまう。ただ信じて待ち続ける。それが、今のドロシーにとっての唯一だった。


「ねえ。それ、いい加減飽きない?」


 静かな部屋に、その声はひどく響き渡った。窓の外に広がる外の雪吹雪からゆっくりと顔を持ち上げて声の方向へ視線を向けると、断りもなく勝手に部屋へ入ってきているフィガロがそこに立っていた。放たれたフィガロの声色には呆れの色が混じり、窓辺に座るドロシーを見下ろしている。ドロシーは視界にフィガロを映すと、ぼんやりと見つめ返した。


「いつまでオズを待ってるつもり?」


 心無い言葉が、容赦なく降ってくる。
 なんの反応も示さずにいると、フィガロははあ、と大きくため息をついた。


「いい加減諦めなよ、お前はオズに捨てられたんだよ。それとも認めるのが怖い?」


 ただの会話をするような声色。鋭利な言葉が、心臓を突き刺していく。けれど涙を浮かべることはしなかった。唇を結び、膝に置いた手を丸めて、ぐっとこらえる。フィガロを見上げていた視線を下ろし、顔を俯かせる。ドロシーの虚ろ気な真っ赤な瞳に、影が差し込んでいく。


「ねえ、今でもオズのことを愛してる?」


 置き去りにされたドロシーを、哀れに感じ、それでも無様に待ち続ける姿に愚かしく思いながら、フィガロは意地汚く問いかけを続ける。今まで離れることはなく、ずっと一緒にいた存在が消えたときの感情。それでもその存在への愛しさが溢れるのか、置いて行ったことに憎らしく思うのか。フィガロは世間話をするように問いかけを続ける。


「それすら、もう答えられない?」


 問いかけに応えることなく、じっと真っ赤な瞳で見上げた。その表情には何も浮かべてはおらず、フィガロを見上げるのみだった。

 吹き付ける風は勢いを増し、大きく音を立てて窓がガタガタと震えた。


「私が置いて行かれたことが、そんなに嬉しい?」


 静かな声が、静寂な空間に溶けていった。
 フィガロはこくり、首を傾げた。


「どうして?」


 平坦な声色で、返された。
 じっと見上げていた瞳は、ただ目の前のものを受け止める。


「――笑ってるわ」


 風が弱まった。静寂が再び場を支配する。
 フィガロはにこり、口角を吊り上げていた。