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繋がれた手



 双子の魔法使いはスノウとホワイトと言った。

 雪の中に佇む双子の屋敷に着いたころには、日が沈み切ってしまい夜になっていた。先導する双子の後を追って、屋敷の中に入る。屋敷の中は、玄関近くのためまだ少し寒いが、それでも外よりも室内の方が温かい。双子が声をそろえて帰宅したことを告げると、それを聞きつけて屋敷に居た人が玄関へやっきた。

 双子よりも背丈が高い少年だ。大人と言うにはまだ少し若い。癖毛の髪をした少年は、双子が連れてきたふたりと見つけると目を丸くして驚いて、困ったように顔をしかめた。その人はフィガロと呼ばれた。双子が言っていた、もう一人の弟子らしい。


「で、どうしたんです? その子たち」
「我らの弟子にするのに連れてきたんじゃ」
「連れてきたんじゃなくて、無理やり捻じ伏せて来たんでしょう?」
「我らそんな酷いことしないもん」


 フィガロがスノウの言葉を訂正すると、ホワイトがムッと唇を尖らせた。

 やれやれと肩を落として、こちらに視線を向ける。「ボロボロじゃないですか、特にそっちの子」そう言ってオズに視線を投げかけた。双子との攻防戦を繰り広げてそのままここへ来たのだ。追い詰められていたオズは酷いけがはないものの、辺りに擦り傷はたくさん作っていた。まずは手当だ、と言ってフィガロがこちらに手を伸ばした。それを見て、思わず繋いだ手をギュっと握った。


「っ!」


 オズは近づく手を拒絶するように、魔力を纏った。それを見て、フィガロはぎょっとする。魔法を放とうとするオズを慌てて間に入った双子が止める。


「オズちゃん! 殺し合いはダメって言ったじゃろう!」
「弟子同士仲良くじゃぞ! ね!」


 慌ててオズを諫める双子。しかしオズのフィガロに対する警戒はまだ解けない。そのときオズ、と小さく呟いて繋いだ手を引っ張られた。そちらを一瞥すると、オズはようやく警戒を解いて魔力をほどいた。一方、魔力を向けられたフィガロは肝を冷やしたような表情をして、冷や汗を流していた。

 フィガロはオズの強い魔力に気づいたのだ。成熟すれば、自分やスノウやホワイトよりも圧倒的に強くなる。それは自分たちにとっての脅威を示していた。フィガロは諫める双子を無視して、此処で殺しておこうと提案した。いずれ自分たちの脅威になるのならそうなる前に摘んでおけばいい、というフィガロに双子はダメだと言って止める。「オズちゃんとドロシーちゃんも我らの弟子にするの!」ムゥっと頬を膨らまして庇うようにふたりを抱きしめる双子を見て、フィガロはため息を落とした。何を言っても無駄だと理解する。

 ようやく不穏な空気が過ぎ去ると、気を取り直して双子がオズの手当てを勧めた。フィガロは少し嫌そうに顔をしかめたが、双子に振り回されるのに慣れているため、潔く頷く。


「えっと、オズ、だっけ? 手当てするから、こっちおいで」


 手招きをするフィガロを見上げ、ふたりは繋いだ手を握りなおした。その様子を見ていたフィガロは、つながれた手に視線を下ろし、そっと目を細める。それを誤魔化すように、愛想の良い笑顔を向けて「そっちの子もおいで」と笑った。



● 〇 ●



 フィガロの後をついて行ったふたりは、とある部屋に入ると椅子に座らされた。フィガロの部屋だろうか。綺麗に整えられた部屋には見慣れないモノばかりが置いてある。指さされた場所に、ふたりは素直に腰を下ろす。その時もふたりは手を離さず、ふたり並んで大人しく手当てをするフィガロの様子を眺めていた。深手のない擦り傷程度の怪我を、フィガロは呪文を唱えて治療していく。


「ふたりはずっと一緒にいたの?」


 治療の最中、終始無言であったが、唐突にフィガロが尋ねてくる。フィガロの問いかけにすぐに応えることは無く、伺うようにオズを盗み見た。オズの様子は変わらない。じっと治癒されていく自分の身体を見下ろしている。コクコク、と控えめに頷くと、フィガロはへえ、と感心した声を零した。


「魔法使い同士が一緒にいるなんて珍しい。双子でもないのに」


 他の国の魔法使いは知らないが、北の国の魔法使いはみんな孤高であることが多い。人も少なく、小さない集落しかないこの国だからこそであろう。人は共同体を作らなければ生きてはいけないが、魔法使いはひとりでも生きていける。だから群れることを嫌う。魔法使いにとって、他の魔法使いは自分に害ある存在なのだから。

 治癒を終えたフィガロが、ふたりを見下ろして、フッと口端を上げた。


「兄妹みいたい。スノウ様とホワイト様みたいだ」


 ふたりの焔のように赤い瞳を見て、クスリと笑ったフィガロを見上げた。その視線はずっと、繋がれたふたりの手に向いている。目を細めて笑むフィガロに初めて感じる違和感を覚えたが、それが何なのかは理解できなかった。



● 〇 ●



 治癒が終わってフィガロに連れられて双子のもとへ行くと、魔法を吹きかけられ今度は身体を綺麗にされた。魔法によって清潔されると、身体についた汚れが綺麗に消えていき、ごわごわしたふたりの髪もさらさらとしていく。それが終わると、今度は服を与えられた。双子やフィガロのようにきっちりとした衣服で、襟元にはお揃いの赤いリボンが結ばれていた。初めて身につけるそれを気にするように、オズがぐいっと自分の衣服をつまんだ。

 身だしなみが整うと、スノウとホワイトに背中を押されて長いテーブルに設置された椅子に座るよう促された。椅子を引かれ、素直に座る。オズの隣にはフィガロも座って、向かい側の席に双子が並んで着席した。テーブルには様々な料理が並べられていた。初めて見る、食欲を掻き立たされるそれに身体が反応して、お腹がぎゅっとなった。

 好きなだけ食べていい、と言われた。今日の夕食であるそれを、最初に口にしたのはフィガロだった。丁寧に銀色のナイフとフォークを使って、口に運ぶ。目の前に座る双子は、ニコニコしながらふたりが食べるのを待っていた。ふたり揃って、料理を見下ろす。ふいに、食事の時は手を離したら、とフィガロに言われた。繋いだ手は此処へ来る前から繋がれていて、一度も手を放していない。それは、完全に信用してはいないと暗に伝えていた。一向に手を付けようとしないふたりを、双子はどうしたものかと首をひねった。隣を見てみると、オズの握られてない手は膝に置かれたままだ。それを一瞥したあと、そっと手を繋いでいない方の手でドロシーがフォークを掴んだ。

 最初に手を出したのがドロシーだったことに、フィガロは内心で予想と違ったと思った。双子はおお、と声を上げる。オズがじっとフォークを取ったドロシーを見つめた。子供用のフォークを手に取り、お皿に乗った食材に手を伸ばす。一口サイズの食材にフォークを刺し、ゆっくりと口元へ引き寄せた。少し間を置いて、パクリと口に含む。初めて一般的な食べ物を口にして、噛み締めるように咀嚼を繰り返し、ごくりと喉に通す。オズを含んだ四人は様子を伺い、ホワイトが美味しいか、と尋ねた。ちらりと目の前のホワイトを見上げたあと、隣のオズに視線をむけた。


「・・・・・・おいしい、よ。オズ」


 此処へ来て、初めて口を開いた。

 食事に手を付けてくれたこと、初めて喋ってくれたことに双子は嬉しそうに笑った。オズは無言のまま、ドロシーを長いこと見つめた。美味しい、というそれにオズが視線を下ろすと、繋がれてない方の手をゆっくりと上げて、フォークを掴む。そして同じように、ドロシーが口に含んだものにフォークを刺し、口に含んで咀嚼する。喉を鳴らして飲み込んだ。


「・・・・・・」


 言葉は無かったが、初めて口にしたそれに、オズがほっと息を零した。それがなんだか嬉しかった。

 それからは、ゆっくりだが食事がようやく進みだした。主に、ドロシーが最初に動き出して口に含む。それを見たあと、オズが同じものを口に含む。ときどき、オズの目がわずかに見張ったり、逆に眉をひそめたりする。そのたび頬が緩む。それを何度も繰り返し、双子やフィガロに見守られながら、空腹を満たしていくと、ようやく満足感を覚えた。

 食事を終えると、双子に連れられ屋敷の案内をされた。広い屋敷は慣れるまで迷ってしまいそうで、屋敷にあるものすべてが見慣れないもので埋め尽くされている。最後に案内された部屋をオズの部屋、その隣をドロシーの部屋だと言った。広くて、大きなベッドもあった。その部屋から少し先に行くと、数時間前にフィガロに連れられた部屋がある。やはりその部屋はフィガロの自室らしく、そこからもう少し先へ行くと双子の部屋があるという。

 それぞれ部屋を好きに使っていい、と言われたが、ふたりにとって問題なのは部屋が別々であるということ。分けられた部屋を目の前に、少し不安そうに目を伏せたのを見て、オズは少しばかり手に力を込めた。予想通りの反応に、双子がフフッと微笑む。


「なに、一緒の部屋にしてはならぬとは言っていない。そなたらの好きにするが良い」
「ではな、今日はゆっくりと休むのじゃぞ」


 双子はそう言うと、自分たちの部屋に立ち去ってしまった。

 部屋はふたつ与えるが、それをどう扱うかはふたり次第と言う言葉に従って、ふたりは用意された部屋の一室に入った。椅子にテーブル、ランプに大きな窓にカーテン。大人がひとりで寝ても余ってしまうほど、大きくてふかふかなベッド。ふたりは部屋を見渡して、気になるものを手に取ってみたり開いてみたりしたあと、最後にベッドにたどり着いた。布団をめくって、ベッドに上がって、足を滑り込む。先に上がったオズに続いてベッドに乗り込み、布団を肩までかけると、手を繋いだまま向かい合うように寝ころんだ。ふかふかのベッドは柔らかく良い匂いがし、ぽかぽかと温かい。自然と瞼が重くなっていく。


「おやすみなさい、オズ」
「・・・・・・」


 擦り寄るように額と額をくっつけて、瞼を閉じた。睡魔に誘われて、意識を落とすのに時間はかからなかった。

 オズは眠ることなく、しばらく目を閉じて眠りこけるドロシーを見つめた。すやすやと寝息を立てているのにフッと息を吐いて、身体の力が抜けるとともに、瞼を閉じた。