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どこまでいこうかふたりぼっちで



 少年の名前はオズと言った。

 無口な子だった。出会ったあの日以来ずっと一緒に過ごしているが、オズが口を開いて言葉を発したのは片手で数えるくらいしかない。ただ喋りたくないわけではなく、どう言っていいかわからない、という様子だった。出会うまでオズはひとりきりで居たのだ、人と話す機会が無かったのだから仕方がない。それは自分にも言えたことだった。話さないオズはいつも首を縦か横に少し傾ける。

 表情も硬い子だった。いつもムッとしていて、基本的には無表情だ。表情を変えることがあまりない。けれど、長いこと一緒に過ごしていくうちにオズの感情が分かるようにもなった。嫌なことがあると、眉をキュッと寄せる。困ったことがあると、視線をさまよわせる。悲しいことがあると、わずかに眉尻が下がる。嬉しかったり楽しかったりすると、少しだけ目を細めて綻ぶ。意外にも分かりやすかったりするのだ。

 ふたり手を繋いで雪の中を歩き続ける。少しばかり歩いて、岩場や洞窟を見つけると、しばらくの間そこで休憩をする。あてもなく、目的地も無いまま、ふたりはただ歩き続けていたのだ。

 お金なんて必要ない、街へ行って物を買うことがないのだから。
 食べ物も必要ない、魔法使いはそう簡単に飢え死んだりしないからだ。

 魔法使いは自然と心を繋いで魔法を使う。人間よりも寿命も長い。自然界から力を得る魔法使いたちは、飲み水をしなくても生きてはいけるのだ。けれど空腹は感じるし、疲弊はする。だからふたりは魔法使いの成れの果てであるマナ石を食べて生活した。オズは強い魔力を持っているから、他の魔法使いに狙われる。そうして襲いに来た魔法使いたちをオズはすべて倒してきた。倒した魔法使いは魔力の宿った石になって、死ぬ。その石は魔法使いにとってはエネルギーの源でもある。それをふたりは少しずつ分けて食べ合った。


「・・・・・・」


 休憩できる場所を見つけて腰を下ろすと、隣に座ったオズがポケットから出したマナ石を差し出してくる。それを受け取って、口に含み、飲み込んだ。

 マナ石はなんの味もしないし、石だから固い。宝石をまるごと飲み込んでいるようなものだ。けれど不味いというわけでもない。魔力の質や量で多少変わりはするが、ふたりはそれを気にしたことがない。
 食べたのを確認すると、オズが立ち上がる。そのまま歩き出したオズのあとを付いて行くように追う。この辺りの見回りをするのだろう。オズの後ろを追って岩場を出たところで、立ち止まった。少し向こうにある岩場の隅にゆらゆらと風に揺れるものがあった。オズが歩き出した方面とは逆だったが、それに気を取られて何も言わないままそちらへ歩き出した。

 岩場のもとまで来て、しゃがみ込む。そこにあったのは、二輪の花だった。岩場の隅に咲いた花。冷たく寒い雪に負けずに、懸命に咲いていた。北の国は見ての通り雪国だ。作物なんて滅多に育たない大地で、初めて花を見たかもしれない。美しく咲く花に夢中になっていると、影がかかった。


 ――おまえ、魔法使いかい?


 影が自分を覆っている。知らない声が背中から降ってくる。恐る恐る振り返り見上げてみれば、そこには気味の悪い笑みを浮かべた人が立っていた。魔法使いだ、とすぐにわかった。オズは気づかずに歩いて行ってしまったから、近くにはいない。いつも守ってもらっていたから、ここまで魔法使いに接近されたのは初めてかもしれない。

 魔法使いが不気味な笑みを浮かべながら、こちらに手を伸ばしてくる。弱い魔法使いを見逃す理由も、殺さずにしておく理由もない。徐々に近づく手に、石になる運命を悟りながら、ギュっと目をつむった。

 その次の瞬間に、大きな音と共に強い風が吹いた。驚いて目を開けてみると、目の前に魔法使いはおらず、遠くに投げ飛ばされていた。それと反対方向に目を向けると、そこにはオズが立っていた。オズが魔法を放ったのだ。魔法使いも思ってもいなかった事態に避けられなかったようだ。

 オズが雪にひれ伏した魔法使いの方へ歩いていく。目の前まで来ると、魔法使いは受けた魔法に悶えながらもオズを睨みつけていた。それを冷めた目で見下ろし、再び魔法を放つ。パリン、と音がした。ぱらぱらと落ちていく、きらきらした宝石のような石。魔法使いが死んで石になる瞬間は何度も目にしている。今さら、何かを思うこともなかった。

 雪に散らばった石を見下ろした後、オズがこちらに目を向ける。


 ――あ・・・・・・怒ってる。


 すぐにわかった。キュッと眉を寄せて吊り上げて、鋭い眼光で睨んでいる。オズはこちらに足を向けて歩き出し、目の前まで来ると立ち止まる。見下ろす赤い眼光が、叱るように訴えかけていた。


「そばを離れるな」


 久しぶりに、オズが口を開いた。オズが言葉を発してくれた喜びと、心配をかけてしまったという感情が同時にこみあげる。

 ごめんなさい、と視線を伏せる。しゅん、と落ち込んだような動作をすると、今度はオズが動揺する。これはいつものことだった。オズは叱ったあと、必ず言い過ぎてしまっただろうかと困り果てる。慰め方も分からず、視線をさまよわせるオズを見てふふ、と笑みを零した。それを見ると、オズはムッと唇を少し尖らせる。


「ねえ、見て」


 オズの手を引っ張る。引かれた手に応えるように、オズは隣にしゃがみこむ。そのまま岩場の隅に指をさすと、それを追ってオズもそちらに目を向けた。先ほど見つけた花だ。オズは特になにも思うことは無く、指さされたそれを眺める。


「二輪の花。わたしたちみたい」


 視線を花から隣に目を向ければ、同じようにこちらに目を向けられ、視線が交わると頬を緩ませて笑った。再び花に視線を落とした。雪のなかにたった二輪の花が、寄り添うように並んで咲いている。何を言いたいのか、オズは分かったような気がした。


「ずっと一緒にいようね」


 当たり前のことをつぶやく。ふと膝に乗せている手を見ると、冷えて真っ赤になっていた。オズは自分の体温を分け与えるようにその手を取り、ギュっと握った。

 いつまでも、あの花のように、ずっと繋いでいられるのだと、ふたりは信じていた。