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あの頃には戻れない



 中央の城で開かれていたのは、賢者と賢者の魔法使いを歓迎するパーティーだったようだ。今後の魔法使いの信用のために、賢者の魔法使いが全員揃わなければならなかったらしい。そのあとは叙任式をしなければならないらしく、それまでは帰ってはならない、とスノウとホワイトにもしつこく言い聞かされた。強制的に連れてこられた北の魔法使いたちは、仕方なく他の魔法使いたちと共に中央の城に滞在することになった。

 けれど、事はそう上手く進まない。叙任式をする前に、中央の国で異変が起こり始めた。不思議なモノや生き物をみた証言などがあちこちから上がり、賢者と友好的な魔法使いはそれを調査しに奔走していた。けれどどんなに誠実に言葉を尽くしても、魔法使いを信用しない人間は一向に耳を傾けてはくれない。そしてついに起こったのが、中央の魔法科学兵団団長の殺人未遂だった。目撃者は正直なところひとりも居ない。しかし傍にオーエンが居たことで、北の魔法使いが団長を殺そうとした、と人間たちはすっかり信じ込んでしまった。もともと北の魔法使いは誰彼からも恐れられている。他の魔法使いたちと比べ、さらに信用が無いのだ。それに加え、オーエンは他人の心を乱すのが得意と周知されている。この事態に陥ったのも、仕方がないというものだ。

 疑心暗鬼に陥った人間たちは、叙任式を中止し、賢者と賢者の魔法使いたちを城から追い出した。多くの者が落胆し、多くの者が諦めていた。それでも人間の信用を取り戻そうと奔走し、事件の調査をすすめ、助け合おうとする彼らには、本心から感心する。

 そうして、自分には関係の無いことだ、と魔法舎で意味も無い時間を過ごしていると、慌ただしい足音が近づいてきた。


「ミスラ、ドロシー、一大事なのじゃ」
「誰かのでしょう。俺やドロシーの一大事ではありませんよ」
「いずれ、そなたらの一大事になる」


 中庭で日向ぼっこをしていた。木に寄りかかって座っていたところに、眠れず機嫌が悪かったミスラが来て、無言で膝の上に寝転がった。本当にどうやっても眠れないみたいで、可哀そうだった。眠りたいのに眠れないなんて、一種の拷問にも等しい。そして、少しでもミスラが眠れるように、静かな時間を過ごしていたところに、慌ただしくスノウとホワイトそして賢者が駆け寄ってきて、今に至る。

 話に聞けば、<大いなる厄災>を召喚しようとする者たちが居ると言う。おそらく先導しているのがノーヴァという魔法使いらしいが、あいにくドロシーにもミスラにも聞き覚えが無い。月蝕の館でその痕跡を見つけたらしいが、それは不完全に終わり、その結果に中央の国で今夜にでも『兆しのトビカゲリ』が出現すると言う。それは太古の禁じられた魔術で、死せる都の祝祭とも言い、滅びた都の使者たちを蘇らせ、生きとし生きる者を糧として与える、大掛かりな召喚術でもある。『兆しのトビカゲリ』は、その祝祭のはじまりを知らせる鳥だ。

 そろそろ日没だ。時間が無い、と双子と賢者は助けを求めたが「オズに頼めばいいじゃないですか」とミスラは面倒だと言って断る。けれど、日が沈めばオズは魔法が使えなくなる。どうやら〈大いなる厄災〉に近づきすぎたせいで、以前の戦いに参加した賢者の魔法使いの全員が『厄災の奇妙な傷』を負ってしまったらしい。オズは日が沈めば魔法が使えず、双子は夜になれば絵画の中に閉じ込められる。そんな中で助けを求められるのは、オズの次に強いミスラだけだ。協力をしてくれないミスラをなんとか説得しようと双子と賢者が言葉を紡ぐ。「ドロシーもミスラを説得せんか!」とスノウに言われたが、黙って目を逸らしてやり過ごす。そのとき、低い声が響いた。


「今は日没前だ。問題なく魔法をかけられる」


 現れたのはオズだった。突然姿を現し、鋭い眼光で目線の低い二人を見下ろす。だが、その視線はミスラだけに注がれていて、ドロシーには一切視線を向けることは無かった。ドロシーがきゅっと唇を噤み俯かせた一方で、ミスラは不愉快に顔を歪める。


「おまえを使役できるか、試してやろうか、ミスラ」
「夜には俺があなたを奴隷にしますよ」


 今にも殺し合いが勃発しそうな空気が流れだす。殺伐とした場に慣れない賢者は、たじろぎ固唾を飲みこんだ。慣れ切った双子はため息をついて、チレッタの子は素直であったのに、とミスラに向かってぼやき始める。それもそうだろう。あの子たちは南の国で生きてきたのだ。生きてきた環境も時代も違い過ぎる。

 双子のぼやきを聞いたミスラはチレッタの名に反応し、不思議そうに首を傾げた。「あのふたりはチレッタの知り合いですか?」 その言葉に、ドロシーは目を見開いた。動きを止めて固まったドロシーに気づくと、ミスラはまた不思議そうに首を傾げる。全く分からない、と態度で示していた。


「なにを言っているの、ミスラ」


 黙っているばかりで口を開かなかったドロシーが、この場で初めて口を開いた。


「あのふたりはチレッタの子じゃない、ミスラ」


 目を白黒とさせ目を見張ったミスラが、ドロシーの言葉をゆっくりと反復する。そして、自分にかかった事の重要さを思い出す。あっ、と声を零すと、ミスラは慌てて立ち上がり扉を出現させた。扉の向こうには中央の街が映っており、それを見て双子や賢者は一安心したが、それも空振りに終わり、ミスラが潜ると扉はパタリと固く閉まって姿を消した。

 約束を思い出して、ルチルとミチルのもとへ向かったのだろう。大切な約束を忘れるなんて、まだチレッタが死んでから十年と少ししか経っていないというのに。時間にルーズ過ぎてしまうのも、考え物だ。


「そろそろ日没じゃ、我らも中央の都へ向かおう」
「ドロシー、そなたも一緒に来るのじゃ」


 自分には用が無いだろう、と早々に立ち去ろうとすれば、それを読み取ったのか双子に呼び止められる。助けを求めてくる賢者の表情と気まずそうに視線を逸らすオズを見て、ドロシーは卑下するように視線を落とした。


「・・・・・・私が行っても、どうせ役には立たないわ」
「日が沈めば我らは絵の中、オズは魔法が使えん。魔法が使えるお主が今は頼りじゃ」
「・・・・・・」


 確かに、日が沈めば魔法が使えるのは自分だけになる。それでも自分は弱い、出来損ないの魔女だ。そんな自分を頼られても、ただただ身が重い。

 何か言いたげな交わらないオズの視線を背に受けながら、ドロシーたちは急いで中央の城へと向かった。



* * *



 中央の城についたころには、事は始まっていた。死者たちは蘇っていて、トビカゲリも出現している。人間たちは城に避難していて、城には多くの人間たちが溢れかえっていた。スノウとホワイトが無理や絵画から出て城全体に結界を張ったが、それを維持できるのも時間の問題だ。トビカゲリの攻撃を受け続けては、長くはもたない。そこで、中央の王子であり賢者の魔法使いに選ばれたアーサーが、自分が囮になると言って空へ飛び上がった。執念に箒で逃げるアーサーを追うトビカゲ。その様子を、賢者とオズはバルコニーから眺めていた。


「アーサー・・・・・・っ!」


 ――あ・・・・・・そんな顔、初めて見た。

 バルコニーから身体を乗り出すようにして、悔し気に拳を作りながら、アーサーを追っていた。必死な表情で、不安にアーサーを見つめる。そんな切羽詰まった表情を浮かべるオズを、ドロシーは一歩下がったところで眺めていた。


「・・・・・・賢者、私と運命を共にしてもらうぞ」


 オズはそう言って、覚悟を決めた表情をすると、賢者の腕を掴んでそのままバルコニーから身を放り投げた。バルコニーから落ちていくオズと賢者を目の前に、ドロシーは慌ててバルコニーの下を覗き込んだ。すると、空に大きな雷鳴が轟いた。

 雷はトビカゲリを射貫き、あと一歩というところだったアーサーを救う。それを呆然と見つめ、再び下を見下ろせば、オズと賢者はゆっくりと浮上しながら地面にふんわりと足を付けていた。魔法が使えたのだろう。あの雷はオズのものだ。

 箒に乗ったアーサーは急降下をして、オズと賢者のもとへ降りていく。アーサーの無事を見て、オズはほっと表情を綻ばせた。柔らかく、安心した、慈愛に満ちた瞳を向けていた。

 そこで、思い知ってしまった。

 ――ああ、私が知っている貴方は、もう・・・・・・居ないんだ。

 それが痛くて、痛くて、寂しくて。
 あの日に囚われたまま、ドロシーは人知れず静かに涙を流した。