×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -





暗がりでならば生きるのが上手



 雪が降り積もった大地に立っていた。

 猛吹雪が吹き付けて、身体の芯まで震える。視界は吹雪が覆って、全く見えない。吹き付ける吹雪のなか、なんとか瞼を開けて、雪に邪魔をされながら目の前を見据えた。

 ずっとずっと先の目の前に、人が立っていた。よく見知った、あの大きな背中だ。吹雪に身体を打たれているというのに、その背中は真っ直ぐ立って、速度を変えずにどんどん歩いて行ってしまう。後ろ姿から見える長い髪が、ゆらゆら揺れていた。

 追い付かなきゃ、おいつかなきゃ。頑張って足を踏み出してみるけれど、一層強い風に吹かれて、歩みを止めてしまう。

 前に進めない。進みたくても、風が許してくれない。あの背中はどんどん小さくなって、それすらも見失ってしまいそうで。手を伸ばしても、空を掴むばかりで。

 ――置いて行かないで。

 その言葉を口にする間もなく、その背は姿を消してしまった。







 意識が浮上して、瞼を開けた。

 視界に入るのは、真っ暗な部屋。カーテンが閉められた窓の外では風が吹きつけて、隙間から冷気が入り込む。思わず体が震えた。温かい毛布を掛けているのに、布団の中は全く暖まらない。ドロシーは温もりを求めて身体を丸め、布団を肩までかけなおして瞼をもう一度閉じた。


「ドロシー」


 ハッと瞼を開けて、ゆっくりと顔をあげる。いつの間に部屋に入ったのか、ベッドの傍にはミスラが居て、こちらを眠たげな瞳で見下ろしていた。


「・・・・・・また、眠れないの?」
「はい」


 そう聞けば、ミスラはいつもより数倍気怠い様子で頷いた。最近、なぜかミスラはどうしても眠れないらしく、いつも欠伸をしていた。ミスラが不眠症になるなんて。一体何が原因なのかも分からない。

 すると、ミスラは布団を掴んで、無理やりベッドの中へ入り込もうとしてくる。強引に入ってくるミスラに追いやられ、ドロシーは壁際に身体を寄せた。以前から同じベッドで眠ることはあったけれど、最近はほぼ毎日だ。なんでも、一緒に横になれば眠れそうな気がするらしい。一人用のベッドにミスラが入り込むと、壁際に寄ったドロシーを抱き寄せて、両腕で潰さないように包み込む。ミスラの体温がじんわりと肌に伝わってきて、冷え切った身体が温まるのを感じた。


「寒いんですか。あなた、凄く冷えてますよ」


 抱き込んだドロシーの身体が冷え切っていることが分かると、自分の体温を分け与えるように、さらに両腕で抱きしめて、足も絡めて、全身で触れ合うように身体を重ねた。

 温かい。先ほどまでの寒気が嘘のように暖まる。氷までも溶かしてしまいそうな温もりに擦り寄って、ドロシーは再び眠りの淵へ意識を沈ませた。



* * *



「北の魔法使い、ミスラ。お邪魔します」


 どうして、こんな煌びやかな城に足を踏み入れなければならないのだろう。

 今、ドロシーとミスラは中央の国の城にいた。二人だけではない。オーエンやブラッドリーそしてオズと共に、ミスラの扉を使って北の国から中央の国へと来ていた。城のパーティー会場には多くの人間たちが集まっていて、所々に賢者の魔法使いとして見知った顔ぶれも揃っていた。人間も魔法使いも、怯えた表情で扉から現れた彼らを見つめていた。

 どうしてこの状況に陥ったかは、数時間前に遡る。

 いつもと変わらず家でのんびりと過ごしていたところに、突然オズが姿を現した。私に従え、と一言だけオズは告げた。オズから尋ねてくるのは初めてで、ひとり動揺しているうちに、ミスラが魔法を放って、また殺し合いが始まった。結果はミスラが負けて、言葉通りオズに従うことになり、自分もそれに付いて行く形になった。オーエンやブラッドリーもミスラと同じように従わせて、ミスラに中央の城に繋がる扉を作らせた。そして今に至る。

 何の説明も無く連れてこられたため、全く状況がつかめていない。けれど自分から声をかける勇気も無く、オズも一切視線を向けることをしなかった。だからドロシーは、黙ってミスラに付いて行くことだけをした。

 西の魔法使いであるムルの一言で会場の空気が元に戻ると、また陽気なパーティーが開催された。連れてきたオズはひとりでバルコニーに向かい、ミスラを含む北の魔法使いたちは好き勝手に会場を歩き回り始めた。この賑やかな空気は自分には合わない。すぐに帰りたいけれど、ひとりで帰るわけにもいかないし、賢者の魔法使いが全員揃っていないといけないようでもあり、ドロシーは会場の隅に立って小さくため息を落とした。


「やあ、ドロシー。久しぶりだね、元気にしてた?」


 声をかけてきたのは、今では南の国で医者として暮らしているフィガロだった。驚いて目を見張ったあと、視線を逸らした。フィガロは隣に立つと、壁に背を預けて手に持っていたグラスを口元へ傾けた。


「・・・・・・フィガロ、なぜ貴方が此処に」
「俺も選ばれちゃったからね」


 なんの因果かね、とフィガロは笑った。「あの子たちも選ばれたよ」そう言って、フィガロは会場を顎で指した。それを追って会場に視線を向けてみると、彼女の面影を持った人がいることに気づいた。すぐそばには茶髪の小さな少年もいて、ドロシーは顔を俯かせた。フィガロの言う通り、なんの因果だろう。こんなにも縁ある者同士が揃ってしまうなんて。


「それでどう? なにか変わったことでもあった、怪我とかは?」


 近況報告を訪ねてくるフィガロを一瞥し、ドロシーは素気なく答えた。


「別に。貴方に話すようなことは無いわ」


 特に変化はない。今回の〈大いなる厄災〉はいつものそれとは違って、誰もが苦戦をして魔力を消耗したけれど、それももう回復している。大きな怪我もない。

 開かれたバルコニーから穏やかな風が入り込んだ。肌にそれが触れた瞬間、思わず身震いをして、身体を温めるように腕をさすった。


「なに、寒いの?」
「・・・・・・最近、肌寒くて」


 全く、目ざといところは本当に変わらない。ドロシーは心の中でぼやいた。

 変なところと言えば、最近妙に寒いことだ。気候や気温が変化したわけではない。単純に、自分が寒いだけ。「風邪? 俺が診てあげようか?」揶揄っているのではなく、医者として言っているのだろう。けれど診察を受けるほどではない。ドロシーは断って首を横に振るが、フィガロは少し難しい顔をした。


「でも、北育ちのきみが中央の国で寒いって言うのは・・・・・・」


 途端、パッとフィガロの姿が消えた。言葉の途中で遮られ、跡形も無く姿を消す。転移魔法だ。誰かに強制的に転移させられたのだろう。話の途中ではあったが、これ以上フィガロに追及されずに済み、ドロシーはほっと息を吐く。

 ひとりになった途端、会場のがやがやした音が耳を覆った。煩く、騒がしい。たくさんの足音と話し声が、訳も分からない雑音として耳を刺激してくる。早く帰りたい。たまらず、両手で耳を塞いだ。


「これ、美味しいですよ」


 その声は、雑音をかき消した。

 ずい、と目の前に菓子を掴んだ手が差し出された。驚いて目を丸くして見上げてば、ミスラは片腕にたくさんの食べ物を抱えていた。差し出されたそれに両手をのろのろと出せば、それを手の平に乗せられる。渡されたのはカップケーキだった。会場で提供している物だろう。それを手渡すと、ミスラは並ぶように隣に立って、壁に背を預けながら、抱えた食べ物を素手で掴んで次々と口へ運んで行った。それをぼんやりと眺めていれば「食べないんですか」と首を傾げられる。

 ドロシーは手の上に乗ったカップケーキを見下ろした。それを丁寧に指で掴んで、ひとくち齧る。


「美味しいわね」
「でしょう。まだありますよ」


 ミスラはそう言って、抱え込んだものの中から同じものを取り出した。

 暗がりのなかで燃える炎のようなそれは、まるで一等星のようで、決して見失わずに、掬い出してくれる。ドロシーはようやく身体から力を抜いて、息ができた。