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あなたがわたしを置き去りにした



 死せる都の祝祭を解決すると、人間たちは奔走した魔法使いたちや賢者に感謝し、魔法使いへの偏見の壁をわずかに壊した。後日、賢者と賢者の魔法使いの叙任式は無事に行われ、人間と魔法使いの確かな歩み寄りを、きっと誰もが感じ取っただろう。

 叙任式を終えたあとは、魔法舎に戻りそれぞれが此処で暮らす準備に取り掛かった。今回から、〈大いなる厄災〉の襲来に備え、仲間との連携を取るために、共同生活をする方針になったらしい。ミスラは一階のルチルの隣、ドロシーは余った四階のファウストの隣を選んだ。五階の部屋も余っていたが、ミスラ以外の北の魔法使いが集まり加えてオズもいる。ドロシーは心の平穏を保つためにも、四階に身を置くことにした。

 また『厄災の奇妙な傷』についても判明した。ミスラはおそらく不眠だ。明らかにおかしい不眠症となれば、今のところ厄災の傷と考えるのが妥当だろう。そしてドロシーはおそらく低体温だ。〈大いなる厄災〉の襲来以来、寒気がおさまらない。ミスラにもたびたび、体温が低い、と言われていたためおそらく間違いはないだろう。スノウやホワイトでも、『厄災の奇妙な傷』の治し方は分からないらしく、今はそれを受け入れるしかない。

 共同生活に、『厄災の奇妙な傷』に、オズの存在。慣れない環境と居心地の悪さに、ドロシーは不安げなため息を落とした。







「あの、今お時間いいですか?」


 部屋の片づけを終え、ひとり廊下を歩いていたところで、後ろから声をかけられた。足を止め、振り返れば、彼女の面影を持つ彼が立っていた。声をかけたのはルチルだ。ルチルの隣には、弟のミチルもいる。こうして二人としっかりと向き合うのは、初めてだ。


「・・・・・・私に、何か用かしら」
「はい、えっと・・・・・・」


 こちらを伺うように、ルチルは慎重に言葉を選び取る。遠慮がちで、少し不安を滲ませながら、ルチルはおずおずと口を開いた。


「・・・・・・あの、ドロシーさん、ですよね。私のこと、覚えているでしょうか?」


 確認するルチルは自信なさげに、視線を落とした。隣に居るミチルは、こちらを観察するようにじっと見つめている。「すみません、突然・・・・・・」すぐに返答せず間をためてしまうと、ルチルは慌ててそう言った。その表情は悲し気で、それを見たドロシーは、ああダメだ、と胸の内で呟く。

 大きく育った彼らに会うのは初めてだ。久しぶりの再開だ。けれど、子供相手ではよかったけれど、今では大きく成長してしまって、どう言葉を掛ければいいか分からない。限られた人としか交流をしてこなかったせいで、対面は昔よりも苦手になっていた。この子たちを悲しませてしまってはチレッタに怒られてしまう、とドロシーは必死にかける言葉を探して、つたない言葉を紡いだ。


「・・・・・・大きく、なったわね」


 ドロシーの小さな言葉を耳にすると、ルチルとミチルは目を丸くしてドロシーを見上げた。二人と視線が合うと、ドロシーは居心地が悪そうに視線を逸らしたが、最期にはしっかりと視線を交えて、懐かしむように優しい笑みを浮かべた。


「ルチルも、ミチルも。あのころに比べて、本当、大きく育ったのね」


 それはとても、温かかった。


「やっぱり! 覚えていてくれたんですね!」


 落ち込んでいたのが嘘のように、ルチルはぱあっと笑顔を浮かべて声を弾ませた。よかった、とほっと胸を撫でおろすルチル。「素敵な魔法をかけて下さったから、ずっと覚えていたんです!」また会えて嬉しいです、と素直に喜んでくれるルチルが眩しく、その笑顔にチレッタの面影を見て、ドロシーは不器用な笑顔を浮かべた。


「あの、ドロシーさんは母様のお友達なんですよね。よかったら、母様との話を聞かせてください!」


 すると、遠慮がちにミチルが声をかけてきた。ミチルを最後に見たのは、チレッタの葬式の際に父親に抱かれている赤ん坊の頃だ。あの赤ん坊が少年にまで育っているだなんて、やはり子供の成長は早い。しっかり者で、気が強いところにチレッタの面影を感じる。


「なにをしてるんですか」
「あ、ミスラ」


 廊下で立ち話をしていると、たまたま通りかかったミスラが足先をこちらに向けた。ルチルが、ミスラおじさん、と呼べば、ミスラは嫌そうな顔をした。そう言えば、チレッタはミスラのことをそう呼んでルチルに紹介していたことを思い出す。ふふ、と笑えばスラはムッと唇を尖らせた。

 賢者の魔法使いとして再会したのは悲しい。けれど、再会は素直にうれしかった。きっとミスラもそう思っているだろう。なにしろ目の前の二人は、チレッタが愛した宝物なのだから。



* * *



 慣れない共同生活にも順応してきて、気疲れも少なくなってきた頃。あの彼に、声をかけられた。


「あ、待ってくれないか!」


 呼び止めたのは中央の国の王子、オズにアーサーと呼ばれていた少年だった。銀髪に真っ青な瞳。曇りのない笑顔は、まさに好青年そのものだ。澄んだ瞳を真っ直ぐに注がれ、それが眩しくて居心地が悪い。


「・・・・・・私に、なにか」


 視線を逸らして素気なく言うと、アーサーは愛想の良い笑顔を浮かべて「まだきちんと挨拶ができていなかったから探していたのだ」と、こちらの不躾な態度など気にせずに答える。それが眩しくて、目を合わせるのがさらに嫌になった。


「私はアーサー、中央の魔法使いとして召喚された。同じ役目を負った者同士、よろしく頼む」


 アーサーはそう言って、手を差し出した。握手を、求められた。けれどその手に答えることは無く、差し出された手からも目を逸らして、ドロシーは端的に言葉を述べた。


「・・・・・・北の魔女、ドロシーよ」


 別に、特別仲を良くする必要はない。特別交流を持つ必要も無いのだ。自業自得にも、わずかな良心に傷つけられながら、言い訳をするように心の中で呟いた。

 そのとき、真っ直ぐに向けられていた青い瞳が、ある一点に注がれた。「それは、オズ様の・・・・・・」呟かれた言葉は、無意識に零れだしたものだった。視線はドロシーが身につける赤い首飾りに向けられている。真っ赤な水晶の中に浮かぶ白い花の首飾りだ。

 オズという名にピクリと反応し、初めてアーサーに視線を返せば、アーサーは笑顔を浮かべて、懐かしげ首飾りを指さしに語った。


「それと同じ物をオズ様も持っていらしたのだ。時々、懐かしそうにそれを見つめていたのを覚えている」
「・・・・・・」


 大切な宝物をなぞるように、アーサーは言葉を紡いだ。

 ――ああ、そうか。この少年か。

 フィガロが言っていた、魔法使いの子供を拾って育てているという話。双子が以前言っていた、自ら運命を捻じ曲げ賢者の魔法使いとなった要因の子供。オズが、あのオズが、雪のなか拾い愛情を注いで育てた魔法使いの子供。それが、目の前にいるアーサーだ。


「ドロシーはオズ様のご友人なのか?」


 純粋で真直ぐな瞳。愛情を注がれ、大切にされてきた子。オズにあんな表情をさせた、かけがえのない存在。

 妬ましくて、堪らなかった。


「・・・・・・違うわ」


 ――羨ましい。

 そう思ってしまう自分が、浅ましくて、情けなくて、どうしようもなく、救いようが無かった。