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春におやすみなさい



 その数年後、チレッタは子供を産んだ。チレッタによく似た、美人な男の子だ。名前をルチルという。ルチルが生まれたことを大いに喜んだ二人は、すぐさま誕生パーティーを開いて、それも盛大に行われた。勿論、そのパーティーにはドロシーとミスラも招待された。赤子を抱えるチレッタの姿は、すっかり一人の母親になっていて、羨ましくなってしまうほど、彼女は幸せに満ちていた。

 大切なルチルを抱っこさせてくれた。赤子を抱くのは初めてで、少し戸惑ってしまったけれど、両腕に収まる小さなルチルはとても可愛らしくて、なんだか母親の気持ちが分かったような気がした。チルが大切な友人であるチレッタの子供だから、そう思ったのかもしれないが、赤子はとても愛しいものだと思い知る。ミスラがまだ幼い庇護すべき子供だったときも、こんな気持ちだった気がする。ミスラもチレッタに言われてルチルを抱っこしたけれど、扱いが雑ですごい剣幕でチレッタに怒鳴られていた。小さくて柔らかい弱いものを腕に抱えるのが落ち着かない様子のミスラが、なんだか面白くて、思わず笑ってしまった。

 ルチルはすくすくと成長していった。成長すればするほどチレッタに似ていき、のんびりとした性格かと思えばお転婆で、チレッタの子供だな、とつくづく実感した。

 そしてルチルが三歳か四歳になったころ、チレッタは第二子を身ごもった。しかしそれは、祝福の知らせではなく、破滅への道の知らせとなった。

 ――チレッタが次に産む子は、南の魔法使いを全滅させるだろう。

 それが、チレッタとまだ産まれてもいない小さない命に突き付けられた予言だった。

 予言を与えたのはスノウとホワイトだ。双子の予言は外れない。十年後か、百年後か、はたまた数千年後か、それは分からない。だが、いずれ身ごもった子は南の魔法使いを全滅させる。話を聞いたフィガロは、すぐに殺すべきだ、と産むのを反対した。決断を早め、多数を取ろうとするのは、ある意味でフィガロの悪いところだ。もちろん、チレッタは首を横に振り産むことを強く望んだ。しかし、チレッタに与えられたのは、予言の子だけではなかった。

 チレッタはお腹の子を産むと同時に、自分が死ぬことを悟っていた。魔力の強い魔法使いは、死期を悟ると昔から言われている。どのように分かるのかは知らないが、ふと気付くらしい。自分はもうすぐ死ぬのだと。チレッタはそう悟った。流産すれば延命できるかもしれない。それでも、自分と引き換えにしても、子供を産むとチレッタは宣言した。身ごもっているのは予言の子ではない、愛しい自分の子なのだ。母として、チレッタは誰よりもお腹の子を慈しんでいた。

 そして第二の子ミチルの出産予定日近くに、ドロシーとミスラは、最期に会いに行く気持ちでチレッタを尋ねた。

 ドロシーはリビングにいた。寝室にはチレッタがいて、今はミスラと話している。大事な話がしたいと言われ、ドロシーは寝室を後にしたのだ。ソファに座って静かなリビングで待っていると、部屋の隅に座り込んでいるルチルに気づいた。しゃがみこんで、小さな身体をさらに小さく丸める背中は、落ち込んでいるよう見える。ドロシーは悩んだのちにルチルのもとへ行って、すぐ隣に膝を折った。


「こんにちは、ルチル」


 怖がらせないように優しい声色で声をかければ、ルチルは行儀よく、こんにちは、と返した。しかしその声はどこか沈んでいて、元気がない。


「なにをしているの?」
「お花が枯れてしまったんです・・・・・・」


 俯いたルチルの視線を追うと、ルチルは両手に植木鉢を抱えていた。植木鉢に植えられた花は力なく垂れていて、今にもその生命を尽きようとしている。落ち込むルチルに、残念ね、と声をかけ頭を撫でる。けれど大丈夫よ、と続けて言えば、ルチルは目を丸くしてこちらを見上げた。手を伸ばして、葉を撫でる。指先で花びらをなぞって、静かに呪文を唱える。その途端、花は不思議な光を放って、みるみるうちに垂れていた背を正して太陽を向きながら大きく花びらを開いて咲き誇った。その様子をルチルは目を輝かせて見つめていた。あっという間に綺麗に咲いた花を目の前に、ルチルは「ありがとうございます!」と笑顔を浮かべた。


「あなたは誰ですか? 母様のお友達ですか?」
「ええ、ドロシーよ」


 ルチルに言われ、まだ名乗っていなかったことを思い出す。ルチルとは何度も顔を合わせているが、それは赤ん坊のころのことだ。幼すぎて、今のルチルは覚えていない。

 すると寝室への扉が開き、ミスラが部屋から出てきた。


「ドロシー、チレッタが呼んでます」


 顔で寝室を指すミスラに、わかったわ、と頷く。

 視線を下ろせば、寝室を不安そうに見つめるルチルがいた。子供は大人よりも人の感情を読み取りやすい。相手は自分の母親だ。周りの様子も重なって、不安を感じ取ってしまうのも仕方がない。そんなルチルを安心させるように頭を撫でて、見上げたルチルに微笑みかければ、ルチルも笑顔になる。きっとこの子は、人の心に寄り添うことができる優しい子になるのだろう。

 ドロシーはルチルの面倒を見るようにミスラに言い渡し、チレッタのいる寝室へ向かった。

 部屋に入れば、チレッタはベッドに座って、いらっしゃい、といつもの笑顔を浮かべていた。大きく膨らんだお腹を大切そうに撫でる姿に、寂しく感じた。ドロシーはベッドの傍らに出された椅子に座って、チレッタと向かい合う。


「チレッタ、具合は?」
「平気よ、心配性ね」


 きっと何人もの人に言われたのだろう。もう聞き飽きた、とでも言うように笑い飛ばすチレッタに、ドロシーはふふ、と笑みを零した。

 チレッタとドロシーは最近の出来事を話し合った。夫のこと、ルチルのこと、南の国での暮らしのこと。平穏で温かな生活を、チレッタは幸せそうに話し続けた。ドロシーも同じように、ミスラのことや北の国での暮らしを話した。以前と大して変化の無い暮らしだが、チレッタは懐かしそうに北の国話を聞いていた。ミスラの話をすれば、まったく困った子ね、とチレッタはいつものように笑う。その台詞も笑い方も、数年前までいつものように見て来たのに、今では遠い昔のように感じた。


「ごめんなさい、ドロシー」


 突然、チレッタは表情を沈ませてそう言った。唐突に謝罪を述べられ、ドロシーは理解ができなかった。どうしたの、と首を傾げるドロシーに、チレッタは布団をギュっと握って口を開いた。


「ミスラに、この子たちを守って、て・・・・・・約束させてしまって」


 お腹を撫でるチレッタを、ドロシーは見つめていた。

 心で魔法を使う魔法使いは、心で誓う約束を破れば魔力を失う。だから約束をしてはならない。魔法使いにとって、心で交わし合う誓い≠ヘ、いつの間にか魔力を失う呪い≠ノ変化していた。約束は違えることはできない。それをミスラにさせてしまったと、チレッタはまるで懺悔をするかのように言った。


「謝ることないわ、チレッタ」


 そう言えば、チレッタは目を見張って見つめた。

 謝ることは無い。誓いは尊いものだ。その誓いは、自分だけのものであり、心にするもの。ミスラがどんな気持ちでそれを受けたのかは分からないが、いずれにしても、ミスラ自身が自分の心に誓ったのだ。誰も何も、それに口を出す権利も無い。

 指に力を入れたチレッタの手に手を重ねれば、泣き出しそうな顔をして、チレッタは花のような笑顔を浮かべた。


「ドロシー、この子たちのことをよろしくね」


 重ねた手を握って、チレッタは続ける。


「遠くで見守っているだけでいいの。約束は望まないから、お願い」


 約束も要らない、何かをしてほしいわけでもない。ただ遠くから見守ってくれているだけでいい。チレッタは残していくしかない子供たちを誰よりも想って、願った。


「ええ」


 握られた手を強く握り返して、頷く。


「大丈夫よ、チレッタ。ミスラもいるんだもの、何も心配することは無いわ」


 ルチルもミチルも、大きく元気に育って、いつまでも笑顔で幸せに暮らしていく。そんな未来をきっと見守っていくと、大切なたったひとりの友に捧げる。


「だから、どうか安心して」


 ありがとう、と春は雨を降らしながら花のように笑った。