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変わりゆく君たちへ



 それから数百年が過ぎ去って、オズとフィガロによる世界征服の影響も落ち着きを取り戻して行って、しばらくは平穏な日々が続いた。最初の頃は世界各国が荒れ、とくに覇権の取り合いになった中央の国では革命が起きた。魔法使いと人間の共存を目指して、二つの種族が力を合わせたが、結局は魔法使いが追放されたらしい。しかし他国に比べて魔法使いへの差別が少ないのも確かだ。北の国では、これと言った変化はない。大寒波も長いこと訪れてはなく、土地に厳しいこの地にしては穏やかな時代が続いた。

 そんなある時、家を訪ねてきたチレッタが上機嫌に上ずった声で言った。


「あたし、今度結婚するの!」


 浮足立って、頬を緩ませたチレッタは、これ以上ないくらい幸せな表情をして、古い仲であるドロシーやミスラにそう告げた。

 それを聞いた二人はきょとん、と目を丸くして、目を白黒とさせながらチレッタを見返した。そんな驚きを見せる二人に、チレッタムッと唇を尖らせる。


「ちょっと。なによ、その何か言いたげな目は」
「あ、いえ。少し驚いてしまって・・・・・・」
「散々、強い魔法使いが良いと言っていたくせに」


 じとりと視線を向けるチレッタに、ドロシーは慌てて首を振る。ミスラに至っては、愚痴を言うように呟いた。

 出会った頃から強い男が良いと言い張ってきたチレッタは、最初はミスラを自分の恋人にしようとしていた。けれど成長したミスラを見て、その気を失って、一時期はオズに目を付けたこともあったが、それは知らぬ間に終わっていた。そして此処数年、チレッタは人間の男と恋人になったと報告してきた。最初はただの気まぐれのように思っていたが、その人の話をするチレッタはいつも嬉しそうで、その人をとても想っていることが伺えた。そんな彼と、チレッタは近々婚約を交わすという。


「おめでとう、チレッタ。友人として、貴方を祝福するわ」


 素直に嬉しいと思った。人間である彼は、どうあれど寿命の長い自分たちより先に逝ってしまう。それでもその人と一緒になるというチレッタを、ドロシーは心から祝福した。

 祝いの言葉を貰い、心から喜んでくれるドロシーを見て、チレッタはさらに表情を綻ばせる。


「近々、南の国で結婚式を挙げるの」


 彼は南の国の人間だった。出会ったのも南の国と聞く。北の国と南の国は正反対な性質を持っているから、南の国の人間だ、と最初に聞いた時にはドロシーもミスラも大層驚いた。挙式はそこで挙げ、チレッタも南の国に移り住むという。結婚式には絶対に参加してほしい、と強く言うチレッタに頷き、ドロシーは二人分の招待状を受け取った。


「それじゃあ、待ってるからね!」


 結婚式の準備や引っ越しの準備などで忙しいらしく、チレッタは大振りに手を振って、すぐさま南の国へと返っていった。箒乗って、空高く飛び去る彼女を見送り、落ち着きを取り戻したリビングへと戻る。椅子に座って、受け取った招待状を確認していると、玄関先を眺めていたミスラがぽつりと口を開いた。


「結婚って、そんなに嬉しいものなんですか」


 いまいちイメージがつかめないミスラは、分からないな、と呟く。そんなミスラに、人によりはするが一般的に人生で一番の華々しい行事だから嬉しいものだ、と言えば、視線がちらりとこちらに移った。


「あなたも結婚したいんですか?」
「え?」


 招待状から顔をあげれば、目が合った。

 ミスラにはああ言ったが、ドロシーも結婚というものに確実なイメージや憧れがあるわけではなく、思い浮かべてみても実感が湧かず、その問いに困ってしまう。


「考えたことないわ」
「なら、今考えてください」


 どうなんですか、と問いを続けるミスラに、強引だなあ、と思う。早く、と促すように視線を向けられて、ドロシーは、そうね、と自分のなかにあるイメージ像を言葉にして表していく。


「結婚って、たぶん、生涯を共に添い遂げることを誓うものだから」


 結婚は誓いだ。生涯共に在り続けること、生涯愛し続けること、生涯助け合って生きていくこと。それらを誓う行事であり、魔法使いにとっても約束を結ぶのと同じだ。誓いも約束も、心で誓うもの。約束を破れば、魔法使いは魔力を失ってしまう。だから人間のそれと、魔法使いにとってのそれとでは、意味合いも重みを変わってしまう。だからこそ。


「・・・・・・それは、とても幸福なものだと思うわ」


 心で誓われるそれは、きっと言葉で表せないほど、幸福に満ち足りていると思った。



* * *



 パーティーは賑やかだった。

 南の国の人々や各国から集まった魔女や魔法使いたちが、みんな揃って彼女たちを祝福している。平穏で平和な、両者ともに嫌悪も恐怖も無い、生ぬるいそよ風のような空気は、まさに人間と魔法使いが手を取り合う国だった。北の国で生きてきたドロシーやミスラにとっては驚きの光景で、少し居心地が悪かったが、嫌ではなかった。

 主役である二人は幸せそうに笑い合って、招待された友人たちに囲まれている。その様子を、ドロシーは会場の隅に立って眺めていた。賑やかな場所は嫌いではないが、そこに自分が混ざるのは居心地が悪い。だから遠くでそっと二人を祝福した。

 挨拶は此処へ来たときにミスラと共に告げている。ミスラは挨拶を済ませると、会場を歩き回って、いくつものテーブルに乗せられた豪勢な食事を摘まみ食いしていた。食べてはいけないわけではないから怒れないが、主役の二人をそっちのけに食事にありつく姿に、一体なにをしに来たのか忘れそうになる。素手で鷲掴んで食べる姿に、遠くからため息を落とした。


「あれ、ドロシー?」


 そのとき、懐かしい声に呼ばれた。

 ゆっくりと首を動かして声のした方へ振り向く。そこには、目を丸くして驚きを露わにしている、白衣を着たフィガロが呆然と立っていた。

 ――なぜ、此処に・・・・・・。


 まるで走馬灯のように、双子邸を出て行く前の記憶がよみがえった。頭が真っ白になって、身体が固まってしまうのをなんとか振り払い、ドロシーはすぐさま踵を返す。


「あ、待った待った! 逃げないで!」


 目の前から立ち去ろうと振り返ってしまったドロシーを、フィガロは慌てて引き留める。一歩前へ足を踏み出せば、ドロシーが逃げるように一歩引く。それを見て、フィガロは困った表情を浮かべて、降参だ、何もしない、と言うように両手を上げた。


「分かった、これ以上は近づかないから」


 だから逃げないで、と続けるフィガロ。

 ドロシーは視線をさまよわせて、今すぐにでも帰りたい気持ちを表に出す。しかし、今日は大切なチレッタの結婚祝いだ。せっかく招待されたのに、このまま帰るわけには行かない。大切な友人を祝福したい気持ちもある。迷ったのちに、ドロシーは仕方なく立ち去るのをやめ、フィガロとの距離を保ったまま、その場に立ち止まった。

 足を止めたドロシーをみて、フィガロはほっと息をつく。そして保たれた距離を安易に詰めないよう気を付けながら、二人そろってチレッタたちを眺めた。


「此処に居るってことは、チレッタの結婚式に来たんだろ?」


 今日の結婚式には、南の国の人々とチレッタや彼が個人的に招待した人しか参加していない。「おまえ、チレッタの知り合いだったんだ。知らなかったな」南の国に住んでいるわけがないドロシーが居るということは、チレッタが招待したに違いない。人間である彼と交流を持っていることも無いだろう。

 ひとりでペラペラと喋るフィガロに答えることも相槌を打つことも無く、ドロシーは黙秘を続ける。その様子に、フィガロは苦笑を零した。


「今まで何処にいたの? 双子先生に、あの後きみも出て行ったって聞いたけど」
「・・・・・・貴方には関係ないでしょ」


 世間話を続けようとすれば、ようやく口を開いたドロシーにばっさりと切られてしまう。愛想笑いも無い、冷めた声。昔の慎ましやかに微笑んでいた姿とは全く違うドロシーに、フィガロは困ってしまった。


「どうしたの、随分と冷たいじゃない」


 こんなに自分の妹弟子は関わりにくい性格をしていただろうか、と内心でぼやいてしまう。

 一方、ドロシーはフィガロが口を開くたびに嫌悪感を募らせていた。昔のように、変わらない態度で話しかけてくるフィガロ。微塵も気に留めていないと言うようなフィガロに、ドロシーはひどく冷たい声を発していた。


「自分の行いでも振り返ってみては如何かしら」


 一度だけではなかった。オズが居なくなってから数日間、毎日、顔を合わせるたびに、フィガロは心を抉ってきた。まるで人の心が分かっていない。それもそうだろう。他人の心なんて理解できないとフィガロは思い切っているし、実際ドロシーの傷も理解できていなかったのだ。ただ事実を述べるフィガロ。そして、あの笑みが、まるで呪いのように頭から離れない。


「――貴方なんて、大嫌いよ」


 ドロシーからそんな言葉が出てくるとは思ってもおらず、フィガロは思わず言葉を失くした。

 そのままドロシーは踵を返して立ち去ってしまった。向かったのは会場の中心。すると、今の今まで食事に夢中になっていたミスラがドロシーの存在に気づき、汚れた手で手招きをした。汚れた口元と手を、ドロシーは呆れた表情を浮かべて、けれども愛情深く微笑んで、綺麗なハンカチで拭っていく。そうすると、今度はチレッタがドロシーとミスラのもとへ来た。お祝いの食事を独り占めするかのように食べるミスラをチレッタが怒って、それを宥めるドロシー。賑やかな三人の空気間は、長い事一緒に居続けた特有の信頼感がにじみ出ている。

 その様子を、フィガロはじっと眺めていた。