×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -





ねえ、権利をちょうだいよ



「オズって誰ですか」


 その言葉に、晩食後片付けをしていた手がピタリと止まった。やけにミスラの声が響いて、静寂が包み込む。背後に立つミスラが、じっとこちらを見据えているのが分かった。唐突に訪れた居心地の悪さに、ドロシーは息を詰まらせた。


「オズ、は・・・・・・」


 詰まった息をなんとか整えて言葉を発するが、上手く言葉を発音できない。息が、上手くできなかった。苦しくなる息を落ち着かせるように、はあ、と深呼吸をする。後片付けをしていた手を洗い、後ろを振り返る。ミスラの緑色の瞳が、じっとこちらを捉えていた。


「・・・・・・どうして、突然」
「気になったので、まあ」


 なぜ突然オズのことを訪ねてきたのか、と問えばミスラは、なんとなく、と答えた。特に大した理由は無いのだと、ぼんやりと視線を逸らした瞳が告げていた。そして回答を促すように、再び緑色の瞳がこちらを向いた。

 また、息苦しくなる。こちらを見つめてくる、あの瞳から逃げ出してしまいたい。詰まる息に耐えるように、ドロシーは胸元をギュっと握って、視線を落とした。


「・・・・・・強い、魔法使いよ」


 なんて、言えばいいか分からなかった。オズのことを、なんと教えればいいか分からない。けれど、それ以上に、ミスラにはオズのことを話したくはない思いがいっぱいだった。オズのことを話したくない、オズのことを話してはいけない、と頭の中で警報が鳴った。言い様のしれない焦燥感と恐怖心に、胸が痛い。


「――オズは強い魔法使いなんですよね」


 ぽつり。ミスラはゆっくりと口を開いて、ドロシーの言葉をなぞった。

 おそるおそる、下ろした視線を上げてミスラを見上げてみる。真っ赤に燃える焔のような髪から覗く瞳は真っ直ぐで、目を逸らすことを許してはくれない。詰まった息を飲みこんで、その瞳を見つめ返すことしかできなかった。


「なら、オズを倒せば、俺が世界で一番強い魔法使いですよね?」


 ――なにを、言われたのか・・・・・・分からなかった。

 放たれた言葉を瞬時に理解できなくて、ただ呆然とミスラを見上げていた。言葉が、出ない。唇が、震えた。でも、なにか言葉を言わなければ。なにか、言わなければ。ドロシーは震えた声で、なんとか言葉を紡ぐ。


「な、なにを言って・・・・・・倒すなんて・・・・・・」
「なんです、俺には無理だって言うんですか。あなたが言ったんですよ、俺は強い魔法使いになるって」


 眉根を寄せて、瞳を細めたミスラは、語気を強めながら言い放った。ムッと尖らせた唇で、まるで子供のようなことを言う。

 確かに、言った。ミスラは強い魔法使いになる。今だって、そう思ってる。実際、ミスラの名は徐々に北の国に広がっていた。いずれは他国にまで及ぶかもしれない。けれど、それでも、オズを倒せるだなんて、そんなことは思えなかった。ずっと、あの背中に守られていた。ずっと、あの背中を見てきた。


「・・・・・・無理よ。オズを、倒すなんて・・・・・・」


 気づけば、そんな言葉を零していた。

 目を伏せて、小さく呟くドロシー。その視線が、言葉が、声色が、何もかもが、ミスラは気に食わなかった。


「絶対に倒してみせます」
「ミスラ」
「もういいです」


 名前を呼ぶドロシーを無視して、ミスラは踵を返し、部屋を出た。バタン、と叩きつけるような大きな音を立てて扉を閉じて、自室のベッドに転がる。そうして目を閉じれば、先ほどのドロシーの姿が蘇る。

 オズ、という名前に過敏に反応する。その時のドロシーは、なんだか悲しそうで、今にも泣きだしてしまいそうな顔をした。あの表情を、昔からずっと見てきた。いつもは花みたいに優しい笑顔を浮かべるのに、ひとりになって、寒い夜になると、身体を小さく丸めて、瞳からきらきらと光る雫を落とす。脳裏に焼き付いて離れない、震えたドロシーの姿。

 一度落ち着こうとしてみても、ムカムカとした何かが込み上げてくる。はらわたが煮えくり返るような感覚だ。じっとしていても治まらない。ミスラはベッドから起き上がり足を下ろすと、ガシガシと乱暴に頭を掻きむしった。


「・・・・・・イライラする」