ゆくえふめいのあなたをさがして
退屈になって外へ出かけたが、やはり外にも退屈を凌ぐものが無く、ミスラはため息をついた。ぼんやりと空を眺めて、しんしんと降る雪を眺める。最近、暖かくなってきたかと思えば、また寒くなった。寒いのには慣れているし、暖かい気温よりも寒い方が落ち着く。でも、ドロシーは寒いのが苦手だ。冬も雪も北の国も好きだけど寒いのは寂しい、といつだか言っていた気がする。
ぎゅるる、とお腹が鳴った。そういえばお腹がすいたな、と思う。昼食は数時間前に食べた気がするけど、小腹がすいた。そろそろドロシーが晩食の準備をする頃だろう。キッチンに行って、ドロシーに言えば、なにか軽食を作ってくれるかもしれない。
ミスラはすぐに《アルシム》と呪文を唱えて、家の近くに扉を繋げた。本当は直接家に空間を繋げたいが、以前リビングに直接扉を繋いだら、ドロシーに雪が入ると怒られたことがある。あと、突然で驚くとも言われた。ドロシーに怒られるのは嫌だから、ミスラはしぶしぶ家の近くに空間を繋げ、扉を潜った。
ザクザクと雪を踏んで玄関まで歩いて行くと、家の中から話し声が聞こえてきた。チレッタでもまた尋ねに来たのだろう。気にすることも無く、ドアノブに手を掛けた。そして扉を開こうとした瞬間、チレッタの声がはっきりと聞こえた。
「オズが世界征服に乗り出したわ」
思わず扉を開けるのを躊躇した。
――オズ・・・・・・知らない名前だ。世界征服に乗り出す、って言ってたな。一体、どんな人なんだか。まあ、俺には関係ないか。
その時は微塵も興味も湧かず、気にもしなかった。しかし、扉越しに聞こえたドロシーの声色で、それは一変する。
「――オズ、が・・・・・・」
ドロシーの動揺した声が聞こえてきた。
――初めて聞く声色だ。ここまで、ドロシーが動揺したことはあっただろうか。そこまで動揺する内容なのか。いや、オズ、という名前に反応していた。知り合いなのか。
気になって、扉を開けるのをやめて、聞き耳を立てる。
「ど、うして・・・・・・」
「さあ。話によると、フィガロもいるって聞いたわ」
言葉に詰まりながら問うドロシーに、チレッタは落ち着いた声で告げた。
――フィガロ・・・・・・やっぱり知らない名前だ。
今まで聞いてきた魔法使いの名前を辿っても、そんな名前は聞いたことがない。その人もドロシーの知り合いなのだろうか。すると、突然扉の向こうでガタッと大きな物音がした。
「ちょっと! あんた、大丈夫?」
労わるチレッタの声だ。ミスラは弾かれるようにハッと顔をあげ、勢いよくドアノブを引いた。バッと扉が開かれ、チレッタは驚き目を丸くしていた。「ミ、ミスラ・・・・・・あんた、今帰ってきたの」まるでタイミングが悪い、と言いたげだ。ドロシーに目を向けてみれば、ドロシーは顔を俯かせて椅子に座っている。傍らにはカップが転がっていて、中に入っていた飲み物が零れている。明らかに様子がおかしかった。
「ドロシー?」
名前を呼んでみれば、ピクリと肩が動いた。そのままゆっくりとした動作で顔をあげて、こちらに視線を向けた。
「おかえりなさい、ミスラ」
にこり、といつものようにドロシーは笑っていた。明らかに様子がおかしかったのに、今はいつも通りだ。取り繕っていると一目で理解できたが、何故だか言葉が出てこなくて、その笑顔に押し黙るしかできない。「ごめんなさい、いま片付けるわ」お腹がすいたんでしょう、と付け足して、転がったカップと飲み物を魔法で片付ける。ドロシーはミスラのことなど分かり切ったように、少し待っていて、と言ってキッチンへ姿を消した。
その背を眺めていれば、リビングに残ったチレッタがテーブルに肘を立ててそっぽを向いた。
「空気読みなさいよね、あんた」
「・・・・・・」
首裏に手を添えて、居心地が悪そうに視線をさまよわせる。
――オズ、か・・・・・・。
ちらり、さまよわせていた視線をキッチンへ向け、自分のために軽食を作っているドロシーの姿を、ミスラはじっと緑色の瞳で見つめた。