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手ずからの寵に焦がれて



 カゴを持って、薬草や食料になりそうな木の実を集める。寒い北の国ではあまり作物が育たず、望む量を集めることはできないが、そろそろ暖かくなる時期だ。凍える夜は減り、暖かな日が増えた最近ならば、いつもよりも採取できるだろう。気の傍にしゃがみ込んで、採取したそれらをカゴに入れていく。すると、ふいに影が差し掛かったように視界が暗くなった。


「おまえがミスラと一緒にいるって噂の魔女か」
「――っ!」


 後ろを振り返れば、顔の知らない男がニタニタと笑いながら立っていた。魔法使いだ。男は歪めた口を開き、呪文を唱えようとする。今からこちらが防御魔法を唱えても間に合わない。そもそもこの至近距離だ。自分では防ぎきれない。頭では無理だと理解していても、身体は咄嗟に庇う体勢を取り、襲い来る衝撃に耐えるように瞼をギュっと閉じる。しかし、衝撃が来ることは無かった。


「《アルシム》」


 聞き慣れた声が響く。その瞬間、強い魔力が自分の目の前を通り過ぎていき、それに驚いて瞼を開ければ、目の前の魔法使いは跡形もなく消えている。ふと、足元を見れば、砕けた石が転がっていた。息が、詰まった。


「ちょっと、勝手にどこか行かないでくださいよ。あなた弱いんですから」


 頭をガシガシと掻いて、怠そうな素振りでミスラが歩み寄ってくる。傍まで来ると、転がったマナ石を拾って、遠慮なく口の中へと放り込んだ。ガリッと砕いた石を喉へと通し、未だ立ち尽くすドロシーへ視線を向ける。

 は、と息が戻った。


「・・・・・・勝手にどこかへ行ったのは貴方よ。どこへ行っていたの」
「そこら辺をふらっと」
「もう・・・・・・」


 調達に出かけると言えば、一緒に行くと言うから、こうして二人で来たというのに。目を離したすきに何処かへ行ってしまうから、本当に困ってしまう。ため息をつくも、ミスラはそんなことは気にせずにぼんやりと辺りを見渡す。


「あ、鹿を捕まえたんですよ。あとで調理してください」


 すぐに自分のペースで話題を変えていくところは変わらない。ミスラは大人に成長して、魔力が成熟し身体の成長が止まったのが数十年前。魔力も強くなって、先ほどの魔法使いのようにミスラを狙ってくる魔法使いたちが増えてきた。最近よく見かける。身体も大きくなって、声も低くなったけれど、中身は全く変わっていない。いつまでも子供の頃のまま。困ったことも多いけれど、憎めなくて、あの頃のまま放っておけない気持ちが大きい。


「ええ、分かったわ。今日の食事はそれね」


 鹿肉の料理はミスラの好物だ。基本的にミスラは食べられるのならなんでも食べるが、鹿肉を要求してくることが多い。好物、という認識は無いみたいだが、気に入っているのだろう。


「ああ、それと」


 歩き出そうとすると、思い出したようにミスラがポケットの中を漁った。なんだ、と思い立ち止まって振り返ると、すぐ目の前までミスラの手が伸ばされていて、驚いて固まってしまう。それを気にせず、ミスラは髪を耳にかけて、満足そうに伸ばした手を引っ込めた。


「あなた、こういうの好きでしょ?」


 視界の端に、花びらが見えた。同じく離れていた間にたまたま見つけて、取ってきたみたいだ。北の国で、花を見つけるなんて珍しい。花が咲くほど、最近は暖かくなったのだろう。

 花は好きだ。とくに、雪の中に咲く花は美しい。ミスラに贈られた小さな花が嬉しくて、頬が緩む。


「ええ。ありがとう、ミスラ」
「どういたしまして」


 微笑めば、ミスラも表情を緩める。笑い方は大人っぽくなった。昔から表情が豊かな子ではなかったが、以前は子供らしくもっと無邪気に笑っていた。けれど、笑うときにそっと目元を細める仕草は変わらない。

 ミスラが呪文を唱えれば、空間を繋げた扉が出現する。高位魔法である空間移動を得意とする辺り、偉大な魔女チレッタの弟子であることを思い浮かばせる。早く食事にしましょう、と言うミスラに頷いて、ドロシーはその扉を潜った。