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あなたの居ない朝を数える



 ミスラはあっという間に魔法の扱いを上達させていった。もともと魔力も強いこともあり、教えればすぐに結果を出せてしまうのは、ミスラの才能かもしれない。

 基本的な魔法を習得し終えれば、チレッタはすぐに攻撃魔法の特訓を始めた。初めは簡単なものだったが、ミスラが成長し、魔法の扱いがどんどん上手くなっていくにつれ、それは過激な物へと変化しいった。大きな魔獣を仕留めたり、チレッタ自身が相手になったり。そのたび、ミスラはボロボロになって傷を負った。最近は、チレッタとの訓練後は必ずミスラに治療を施している。


「チレッタ、訓練にしては過激ではない?」


 今日も、チレッタを相手に攻撃魔法の訓練をしていた。手加減をしていると言っても、チレッタの強い魔法を受ければ身動きなど取れない。ミスラは雪に打ち付けられ、地面に伏す。すぐにでも駆け寄って治癒を施したいが、以前チレッタに、それじゃあ訓練にならない、と怒られたことがあって、ドロシーはそれをグッと抑え込んだ。


「男なんだから、これくらいでいいのよ」


 チレッタは心配するドロシーを他所に、なんてことないように言い放つ。「それに・・・・・・」チレッタは声を潜めて、倒れ伏したミスラを見つめながら、固い口調で言葉を続けた。


「北の国で生きていくなら、強いものが全てよ」


 その言葉は真実だった。北の国で生きていくなら、常識のこと。そんなこと、ドロシーだって分かりきっていた。


「ミスラは魔力が強いから、魔法使いたちが襲いに来るのも時間の問題よ」


 魔法使いは死ねば石になる。そのマナ石には魔力が宿っていて、それを食べることによって、自分の魔力をより強くすることができる。孤高を誇り、他の魔法使いなんて信用ならない北の魔法使いたちは、強い魔法使いのマナ石を求めて殺しに来ることが多い。だから北の国の雪の下には、数々のマナ石の欠片が転がっている。


「自分の身は自分で守らないと。あんたじゃ守れないでしょ」
「・・・・・・」


 口を開いても、返す言葉が無い。チレッタの言う事は正しいと、ドロシーも理解していた。

 此処では強い者が全てだ。たとえ、それを本人が望もうと望まないと関係ない。弱い者は石になるしか道は無い、そんな世界。魔力が弱いドロシーがここまで北の国で生きてこれたのは、守られていたから。ドロシーに誰かを守る力は無い。

 ドロシーに発言の余地は無く、そっと押し黙ることしかできない。


「その必要はありません」


 良く通る声が、チレッタとドロシーの間を通った。

 ミスラは伏した地面から、ふらふらとしながらも起き上がり、真っ直ぐと立ってチレッタと見やった。眼光は鋭く、眼差しは強い。


「ドロシーに守ってもらわなくても、俺が全部蹴散らしてやります」


 ボロボロの状態で、まるで説得力のないことを言う。子供の虚栄や戯言ではないことを、その眼差しが告げていた。

 真直ぐな瞳だ。ボロボロになりながらも立ち上がって、目の前を見据える姿が、いつかの日に重なる。刃物で切り裂かれるような感覚だった。なんとか笑顔を浮かべて、それを誤魔化すしかできない私は、やっぱり弱い。


「さ、訓練はそこまで。一度食事にしましょう、ミスラ」
「やった! あんたの料理楽しみにしてたのよ!」
「ちょっと、抜け駆けしないでくださいよ」


 手を叩いてそう言えば、チレッタやミスラはすぐさまご飯のことで頭をいっぱいにする。先ほどまでの過激な訓練が嘘のような賑やかさだ。チレッタは、自分が一番だ、というように真っ先に家に入っていく。そのあとを、悪態を付きながら向かっていくミスラの背を眺める。

 小さな背中だ。小さな身体だ。けれど、その身に宿る魔力は強く、降りかかる厄災もきっと多い。いつも彼のあとを着いてきた。いつも彼の背を眺めてきた。その懐かしい背中が、ミスラと重なる。


「ドロシー、行かないんですか?」


 ハッと顔をあげれば、不思議そうに首を傾げるミスラと目が合った。思考を取り戻すように軽く首を振って、にこりと笑顔を浮かべる。


「今行くわ、ミスラ」


 ――どうか。どうか彼だけは、あの人と同じ孤独を歩むことがないように。今度は、貴方の孤独に、寄り添うことができますように。