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幸福を損なうためのひと手間



「あら、あんただけ? ミスラは?」
「ミスラは今出掛けてるわ」


 ひとり家に残って晩食の準備をしていると、チレッタが尋ねてきた。頻繁と言うほどではないが、ミスラへの魔法の特訓が終わってからも、チレッタは時々こうして尋ねに来てくれる。初めて友人というものを持ったドロシーは、こうしてチレッタが尋ねに来てくれるのが嬉しく、ドロシーのことを気に入っているチレッタも、一緒に話せる時間が楽しかった。

 いつものように慣れた仕草で椅子に座るチレッタ。流れるようにドロシーは飲み物を二つ用意してテーブルに置き、向かい側の席に座る。チレッタは最近身近に起きた世間話を話した。彼女は気ままにあちらこちらに顔を出すから、知り合いも多く、授かった知識も豊富だ。世間に対して疎く、狭い世界でしか生きてこなかったドロシーには新鮮だった。


「はあ。まさかあんなガサツな男に育つなんて、損したわ」
「育ての師に似てしまったのね」
「ドロシー、殺すわよ?」
「ふふ」


 ミスラの話をすると、チレッタは残念そうに空を仰いで肩を落とした。そんな彼女を揶揄ってドロシーが口を開けば、チレッタはじとりと睨んでくる。ドロシーはそれを笑ってごまかした。こんな軽口を叩けて笑ってごまかせるほど、ドロシーはチレッタに心を許していた。


「あれじゃあ、恋人にするのは無しね」


 最初の頃は気に入ったミスラを恋人にすると言い張って張り切っていたが、力や身体ばかりが成長して、中身は全くと言っていいほど子供のころから変わらない。食に関して無頓着なところも相変わらずで、チレッタはすっかり恋人にする気を失くしてしまったみたいだ。

 テーブルに顔を突っ伏して「全然、母親離れもできてないし?」と零し、視線だけを上げてくるチレッタに、ドロシーは苦笑を零した。すると、突っ伏していた顔をあげて、突然真直ぐな眼差しを向けられた。


「ドロシー、あんたに伝えといた方がいいと思って、今日は来たのよ」


 真剣な視線を送られ、思わず背筋が伸びた。一体、なんの話なのか見当もつかない。ドロシーは持っていたカップをテーブルに置き、居住まい正してチレッタを見つめる。


「あんたにとってはショックかもしれないし、名前も聞きたくないかもしれないけど」


 視線を伏せて、チレッタは言いにくそうにする。実際に話すかどうか、かなり悩んだみたいだ。ドロシーは口を挟むことなく、黙ってチレッタが話し出すのを待つ。そうしてしばらく沈黙が流れたあと、意を決して、チレッタが視線を上げる。真直ぐな黄緑色の瞳に捉えられ、そっと唇が開かれる。


「――オズが、世界征服に乗り出したらしいわ」


 雪が、一層強く吹雪いた。
 目の前が真っ白にさせて、視界を覆う。
 雪解けの春の訪れを阻んで、また、寒空の冬に引きずり込まれた。