×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -





不器用すぎていとおしかった



 ミスラと暮らすようになってから、早くも数ヶ月が過ぎ去り、そろそろ一年になる。こんなにも落ち着いた生活をしたのは久しぶりで、誰かと過ごす日々は懐かしくて、あっという間に月日が経っていくように思える。ミスラは基本的にひとりである程度のことができてしまうけれど、ぼんやりとしていることが多くて放っておけない。そんなミスラとの生活は楽しいもので、ミスラに心を許されている感覚が嬉しかった。

 今日、ミスラは外へ出ている。一緒に暮らすようになって、勝手に押し付けられた仕事を放棄しても構わないのだと伝えたが、ミスラは自分の仕事を続けると言った。その仕事が好きでも嫌いでもなかったが、今までやってきた事を今まで通りに続けたい、というミスラの意志を尊重して、ドロシーはそれ以上口を挟むことはしなかった。

 ひとり家に残って食事の準備をしていると、突然、大きな気配を知覚で感じ取った。カラン、と木製の食器が手から滑り落ちた。飛び出すように家を出て、ミスラの姿を探す。村から帰っていれば、舟の近くにいるはずだ。足場の悪い雪の上を走って、息を切らしながら向かえば、そこにはミスラとミスラを見下ろす女の姿があった。

 息を飲んだ。ぞっと体温が下がり、血の気が引いて行く。ぼんやりと見上げるミスラに、女の手が伸びた瞬間、ドロシーは弾かれたように走り出し、二人の間に強引に割り込んだ。


「・・・・・・あら、あんた。見ない魔女ね」
「・・・・・・」


 ミスラを庇うように背中に隠して、距離を取る。目の前の女は突然現れたドロシーの存在に驚くも、すぐさま目を細めてなんてことないように呟いた。背中に冷汗が流れた。


「・・・・・・北の大魔女チレッタ」
「あら、あたしのことは知ってるみたいね。上出来じゃない」


 ふふ、とチレッタは口角をあげて微笑んだ。チレッタという魔女は、偉大な魔女だ。大魔女と呼ばれる彼女の影響力は北の国の枠を超えている。そんな彼女が、なぜ此処へ現れたのか分からない。不可解な要素に、ドロシーの不安と緊張が積もる。


「この子になんの用」


 自分では敵う存在ではない。けれどミスラは守らなければならない。ドロシーは固い口調で、語気を強めながら言い放った。そんなドロシーのことなど気にせずチレッタは、気に入ったのよね、と軽い調子で答えた。


「よく見れば顔も良いし、魔力も強いし。育てればいい男になると思うわ」
「魔力?」


 ドロシーの背の後ろで黙っていたミスラが、顔を覗かせてチレッタを見上げた。緑色の目を丸くして、ミスラは繰り返す。


「俺に、魔力があるんですか?」


 その発言に、思わずチレッタは唖然として目を白黒とさせた。


「はあ? 嘘でしょ、あんた。魔女のくせに魔法使いだって教えなかったの?」


 ありえない、と言うように幾分か攻めるような言い方で、チレッタはドロシーに言い放った。それを受けたドロシーは顔を歪ませ、チレッタからもミスラからも逃げるように視線を逸らした。深刻そうな表情を浮かべるドロシーに、チレッタはそれ以上深入りすることはせず「ふぅん。まあ、いいわ」と言って箒を出現させた。


「また来るわ」


 箒に乗ったチレッタはその一言だけを残して、嵐のように消えていく。

 難は去ったが、終わってはいない状況にドロシーは重いため息を落とした。チレッタの存在が居なくなり、全身の力が抜けて行く。そこで、ずっとミスラに視線を向けられていることに気づいた。じっと見上げる緑色の瞳を見つめ返すことができず、ドロシーは何も言わないまま、視線を逸らした。



* * *



「どうして、俺が魔法使いだって教えてくれなかったんですか?」


 夜になり、ベッドに入ったところでミスラに問われた。向き合うように横になった状態で、ミスラはじっと見つめてくる。


「魔法が無くても、貴方はここまでやってこれたわ」


 目を伏せて、ドロシーは答える。

 ミスラは魔法使いだった。けれどミスラは魔法の存在を知らず、自分が魔法使いであることも知らなかった。その状態で、ミスラは今まで人間と同じように生きてきたのだ。確かに魔法使いだったからこそ乗り越えられた事もあるだろう。普通なら衰弱する食生活や、北の国で湖へ入っても凍死しないのがそれだ。けれど、それでも魔法を使わずとも今まで生きてこられたのだ。なら、魔法なんて必要ないのだ。


「俺が魔法を使うのが、嫌なんですか?」


 純粋な疑問を問うミスラに、上手く言葉が紡げずに目を伏せる。

 脳裏に懐かしい記憶がよみがえる。二人で白銀の世界を彷徨い歩いた記憶。魔法なんて必要なかった。魔法なんて要らなかった。そしたらきっと、心が荒むことも無かったのだ。


「貴方は強い魔法使いになるわ、ミスラ」
「本当ですか?」
「ええ」


 ミスラは強い魔法使いになるだろう。それを良く知っている。魔法の扱いを知れば、必ず強くなる。


「俺が強い魔法使いになったら、あなたはもう何も怖くないですね」


 その発言に目を丸くして、伏せていた顔をあげた。ミスラは少し自慢げに、嬉しそうにしていて、そんなミスラに苦笑を零して、最初から怖いものなんて無いわ、と口にすれば「嘘です」と、眉根を寄せてムッと唇を尖らせた。不満そうなミスラに、ふふ、と笑みを零せば、さらに不機嫌そうな表情を浮かべる。


「そしたら、あなたは毎晩泣いていないでしょう?」


 俺、知ってるんですよ。そう続けたミスラの言葉に、ドロシーは何も言えなくなってしまった。目を見開いて、言葉を紡ごうと口を開いても、言葉が出てこずに閉じて、視線を下ろす。毎晩、同じ夢を見る。いつも、あの日を思い出す。涙を流すことに慣れてしまった日々。いつまでも枯れない涙に嫌気がさす日々。なんともいえない感情に襲われて、ドロシー下手くそな笑みを浮かべた。


「・・・・・・優しい子ね、ミスラ」


 いつものように、頭を撫でる。ミスラはじっと、ドロシーを見つめた。


「俺、魔法を使えるようになりたいです」


 真直ぐな視線を向けて、はっきりと告げられる。ミスラの意志を尊重したい。これは、ミスラ自身が決めることだ。他人が口を挟むことではない。ドロシーは一度視線を伏せたあと、緑色の瞳を見つめて頷いた。


「・・・・・・ええ、分かったわ。でも今日は、もうお休みなさい、ミスラ」


 そう言って、ドロシーはミスラを抱きしめた。ギュっと小さな温もりを閉じ込めて、縋るように。