寒さで誤魔化せるのは淋しさだけかもね
ミスラと共に孤島で暮らすことにしたドロシーは、まず暮らす場所を作った。今までミスラは雨風が凌げるような木々の間や岩の下で眠っていたらしい。そこでドロシーは、魔法を使って丈夫な家を作り上げた。村から孤島を見ても見えない位置に家を作れば、村人に知られることは無い。一緒に暮らすにあたってミスラには魔女であることを明かしたが、ミスラは魔法使いや魔女の存在を知らなかった。村人が恐れて教えなかったのだろう。人間とは違い長寿で不可思議な力を扱う存在だと簡単に教えれば、ミスラはへえ、と実感が無いまま頷いた。
食材を自分たちで調達したり、足りないものはドロシーの魔法や村へ調達しに行って、暮らしを安定させて数日。少しずつドロシーはミスラという人を知っていき、ミスラは最初こそドロシーという存在に違和感を覚えていたが徐々に他人がいる空間に慣れて行った。
「泳ぐのが上手なのね」
「まあ、湖畔育ちなので」
ミスラは泳ぐのが得意だった。食料を調達するときに湖へ潜って魚を捕っていたらしい。今までひとりでやってきた分、生きていくすべは身についていた。しかし食べ物に関してはあまりこだわりが無いらしく、食べられればいい、という考えのもと動くため、時々肝を冷やすことがあった。厳しい生活の中で育ったためだろうことで、贅沢は言っていられないと理解はしているが、身体を壊してしまいそうで心配が拭えない。
湖から上がって捕った魚を籠の中へ入れる。水分を含んだ髪からポタポタと雫が滴る。
「でも風邪を引いてしまうわ、これからは控えましょうね」
濡れたミスラの髪を撫でて魔法をかければ、あっという間に乾いて全身がぽかぽかと暖かくなる。
「魔法って、便利ですね」
自分の身体を見下ろして、良いものだな、と言うようにミスラは見上げた。魔法を素直に受け入れられるのは、ミスラが魔法という存在を知らないでいたからだろう。だから人間たちが思う魔法使いへの印象も知らない。良いな、と零したミスラに、ドロシーはぎこちない微笑みを浮かべて、言葉を掛ける代わりに柔らかい髪を撫でた。
日が沈んだ夜の北の国は寒い。天気が荒れて、外は吹雪になっていた。
ドロシーとミスラは暖炉で温めた家に閉じこもり、二人で同じベッドに入った。向き合うように横になり、お互いの体温で布団のなかを温める。
「あなたって、温かいですよね」
ミスラがぬくぬくと暖かい温もりを感じながら呟いた。「そうかしら」と返せば「はい。布団のなか、温かいです」と言って、もぞもぞと動く。ふふ、と笑みを零して、寄り添うようにミスラとの距離を詰める。
「ミスラも、この燃えるように赤い髪みたいに、温かいわ」
髪を指先で遊ぶように絡めて、優しく撫でつける。真っ白な世界に一点だけ染まるこの赤が、とても美しく、とても綺麗で、ドロシーはそれが好きだった。
ミスラは柔らかい微笑みを浮かべるドロシーをじっと見つめ返していた。
「ドロシーは雪みたいに真っ白なのに、春みたいに温かいですね」
ドロシーの言葉を言い返すように、ミスラが言う。
髪を撫でる手つきを止め、じっと見つめるミスラを見つめ返せば、ふいに小さな手が伸びた。
「でも、目だけ燃えてます。俺と一緒ですね」
小さな温かい手が目元に触れて、無邪気な子供みたいな、綻んだ笑顔を浮かべた。
ドロシーは真っ赤な瞳を一瞬だけ見張った。そして、思わず歪んでしまいそうになるのを堪えて、ぎこちない笑顔を向ける。そのままミスラを抱きしめるように、自分の腕の中に包みこんだ。温かい体温に、溶けてしまいそうになる。
「おやすみなさい、ミスラ」
「はい。おやすみなさい、ドロシー」
心地好い温もりに擦り寄るように、ミスラはドロシーの胸元に頭を埋めて、そっと目を閉じた。
瞼を閉じた瞳から、いくつもの涙が流れ落ちた。