『ーー わかりました。エルリック兄弟のことは、私がセントラルにいるうちは、私も遠目で護衛します、任せて下さい。…はい……お気遣いありがとうございます……はい、失礼致します』
ー チン。アヤメは静かに受話器を置いた。電話の相手はマスタングだった。また傷の男が出たらしく、現場には派手に争った形跡と血塗れの傷の男が着ていた服が出たらしい。
さて、もうすぐ図書館が閉まる。彼らの調査も今日でちょうど10日。ティム・マルコーの残した研究資料の解読も惜しいところまできた。
「今のはセブラ大佐かね?」
早く行ってあげようーーそう思った時だ。突然背後から大総統キング・ブラッドレイに声を掛けられた。急いで振り返ったアヤメは大総統に敬礼する。
『今の電話はマスタング大佐であります』
「む?マスタング大佐?…まぁそう硬くならずともよい」
『先日傷の男がエルリック兄弟を襲った際、セブラ大佐の命で私も現場に駆け付けたところ、マスタング大佐の部隊も………』
「なるほど、そういうことか。私はてっきり君とマスタング君が恋ーー」
『ち…ちがいます!!』
「ハッハッハ、わかっておる。それに君に恋人が出来たと知れば、私よりもセリムが悲しむ」
孫を見るような顔でアヤメの頭をポンポンたたく大総統ーー。アヤメは嬉しいような恥ずかしいような複雑な心境の中、下唇を軽く噛んで大総統を見上げている。
アヤメ以外のニコラス家の者が何者かの手によって皆殺しにされた数日後、アヤメは錬金術を使う珍しい子供としてアメストリス軍に引き渡された。
大総統は連れて来られたアヤメを、セントラルで一番良い孤児院に預けて教育を授け、格闘術や護身術、錬金術などを軍の者に教育させた。
その間も大総統は月に二、三度、暇さえあればアヤメの様子を見に孤児院へ足を運び、アヤメを可愛がった。
ーーつまり、アヤメにとって大総統キング・ブラッドレイはアメストリス国軍の最高責任者であると共に、自分に道を示した教師であり、唯一愛情を注いでくれた祖父のような存在だった。
無論、この事を知る者は殆どいない。その最もわかりやすい証拠がセブラ大佐のアヤメの扱いだ。
「それで今日はなぜセントラルに?エルリック兄弟かね」
『はい。セブラ大佐に二人を手伝ってやれと命じられました』
「ハッハ、彼は相変わらずか。私も後で二人を尋ねてみるとしよう。それより、その任務から少し席を外せるかね?二人には私から護衛に者に連絡しておこう」
『………??』
何やら楽しそうな顔をしている大総統の目的とはーー?
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・
「おかえりなさい、おとうさーー」
『こんばんわ、セリム』
いつもより早く帰宅した父親を出迎えに走ってきた大総統の息子のセリム・ブラッドレイはアヤメの顔を見るなり目を輝かせてアヤメに抱きついた。
「アヤメさんだ!」
「あらセリム良かったわね。久しぶりねアヤメさん。もしかして主人がまた無理を言ったのかしら?でもずっと会いたがっていたのよ。ね?セリム」
「ちょっとお母様、やめて下さい恥ずかしいです」
母親に顔を覗き込まれたセリムはバッとアヤメから離れたかと思うと、今度はアヤメの背中にひっついて母親から隠れた。
「ハッハッハ、連れてきて正解だったな」
そう言って妻にコートを渡し、使用人にはアヤメの分の食事も用意するようにと伝えた。
「アヤメさん、その…夕食まで僕の部屋でお話しませんか?」
普通の子供ならご飯まであそぼうと言うところだろうが、さすがは大総統の息子。言葉遣いから育ちの良さがうかがえる。
『うん、いいよ。何お話ししよっか?』
「では頼んだぞ、アヤメ」
『はい』
そう言って階段を登っていったキング・ブラッドレイにアヤメは一礼し、セリムと手を繋いだ。
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