海軍と海賊の恋

果たして間に合うだろうか?
急ぐ間にも時間は刻々と過ぎていく。
くそっ、間に合ってくれよい!
嫌な予感を胸に抱え必死で走り飛ぶ。


「これはっ……!」
目の前の光景に思わず息を呑んだ。
全滅だ。
百を超える精鋭部隊が全滅している。
「よぉ。待ってたぜ」
背後からの声に反射的に振り返ると笑う一人の男。
怪しい気配を漂わせながら目だけ異常に輝いている。
ダンッ!
「っと、いきなり攻撃とは物騒だな」
「どっちがだよい……!」
振り上げた拳はいとも簡単に止められた。
兵士をやったのはこの男に間違いない。
マルコはより一層、男を睨みあげた。
「つれねぇ、中将さんだな」
「海賊が馴れ馴れしいんだよい」
「その顔なんだか可愛いな」
「なっ……てめぇっ!」
一瞬の出来事。
けれどその事実は消えない。
男の唇がマルコの唇に当たった。
紛れもないキス。
触れた唇の跡をマルコは強く拭う。
けれど目の前の男は挑発的に唇の隙間から舌をチラつかせた。
「ファーストキスじゃあるまいしそんなに目くじら立てんなよ」
「死ね!」
空を裂いてマルコの足が男に振り落とされる。
「あっぶねぇなぁ」
「何!?」
あっさりと受け止められた。
「足技得意なんだよな。知ってるぜ。綺麗な足だな」
「クッ!」
「俺綺麗なもの大好きなんだよ」
男の手がマルコの足を滑る。
急いで足を引き戻すと案外あっさりと外れた。
「来いよ」
普通の攻撃ではなかなか効かないと知り、炎を宿すマルコ。
こうなったら心臓を狙ってやる。
鋭い鉤爪が男の胸に襲いかかる。
しかしそれもすぐに止められた。
「なっ!」
「能力使えないよなぁ。俺の能力知らなかったわけじゃないだろう?」
「くそっ!」
捕らえられた己の迂闊さにマルコは歯ぎしりする。
初めて会う目の前の男。
けれどその顔はよく見知っていた。
海軍にとって忌まわしい存在、四皇である白ひげのところで若くして隊長となった人物。
その能力は警戒されていた。
悪魔を喰らう悪魔。
俺たちの間ではそう呼ばれていた。

「いいなぁ。あんたの目、すっごくそそるよ」
男の指がマルコの目の下をなぞる。
「海みてぇだな。それとも羽ばたく空の色か?」
「触るな!」
「そんな口利いてもいいのかな?」
「ん!」
またも唇に触れる温かい感触。
「ぶはっ……てめぇ!」
「悪い口を塞ぐのは当然のことだろ?」
「ふざけるな!」
「真面目な海賊の方が胡散臭いだろ?」
「離せよい!」
「いやだね。ちゃんと言ったろう?綺麗なものが好きだって」
「何を……!」
「あんたの炎綺麗だったよ。目もホント食べちまいたいくらいだよ」
抗うことも出来ずに瞼への口付けを許した。
怒りで頭が正常に働かない。
体も相変わらず動かない。
もどかしい思いにマルコは焦がれていく。
「こういう綺麗なものを黒く染める瞬間が最高に楽しいんだよなぁ」
闇が侵食していく。
力を奪っただけでは飽き足らずこの男は俺を呑み込もうとしている。
マルコの中に恐怖が広がる。
「怖いか?」
「だれが……!」
「そうこなくっちゃな」
「ひっ!」
耳に舌が絡みつく。
「降参したくなったらいつでも言えよ」
止まらない闇。
叫びだしたい思いをプライドだけで必死に押しとどめる。
海賊に負けるなどあってはならないこと。
それでも呼吸は無意識に荒く不規則になっていく。

「悪い、ちょっとやり過ぎたな」
一瞬にしてマルコを取り巻いていた闇が消え去る。
驚くマルコの頭に触れる手。
それは嘘のように優しい仕草。
「兵士らも気絶してるだけだぜ。すぐ目を覚ますさ」
「お前っ……」
何がしたいのかわからない。
「好いてるやつに嫌われたくはねぇだろ?」
「はぁ?」
ますますわけがわからない。
「言ったろう?俺綺麗なものが好きなんだ」
“真っ直ぐなあんたはとても綺麗だよ”
「てっ、め……」
言葉に思考を奪われたマルコは再び唇までも奪われた。
今度こそ殺してやろうかとマルコは構えかけたがそれは実行されなかった。
柔らかに微笑む男。
その瞳は確実にマルコの方を向いている。
なんなんだよい、その顔は。
慈しむような瞳を向けられてマルコはどうしたらいいのかわからなかった。
「混乱させて悪かったな。どうしても会いたかったんだ」
何も言えない。
何と言えばいいのかわからない。
「また会いに来るよ」
男は走り去った。
後ろから叫び声と駆け寄る足音が聞こえる。
後続部隊が到着したのだ。
その兵士たちが逃げ去る男の姿を捕らえて追う。
けれどマルコはその場から動こうとはしなかった。
いや、動けなかったのかもしれない。

「言いたい放題言いやがって……」
立ち尽くすマルコの唇がそっと動いた。
その海のような瞳は男の走り去った方向をただずっと見つめていた。

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