snow(1/3)

 せんせーさよーなら!の声と同時にランドセルを背負って教室を飛び出すと、他の組はまだ帰りの会が終わらないようで廊下には誰もいなかった。
 ダルマストーブの焚かれた教室以外は首をすくめる様な寒さで、吐き出した息はすぐに白く変わる。
 だけど冬はそれが普通だったし、これから遊んで暖かくなると分かっているのに足を止めている暇なんてなかった。上着は帰りの挨拶の時には既に着込んでいたし、マフラーはランドセルの中だったけどそんなのは後でいい。
 宿題が出た算数の教科書も机に置いて来てしまったけど、宿題なんて先生が怒り出すまでにやればなんとかなる。一度盛大に怒らせて正座で宿題をさせられたのは辛かった。あれは思い出したくない思い出ワースト3にランキングする。
 他の組の横を走り抜ければ、すりガラスの向こうから友達がこっそり手を振るのが見えた。後で行く、の合図だ。
 遊ぶのは人数が多ければ多いほど楽しい。今日はどれだけ集まるのかな。なにして遊ぼうと考えながら、廊下の突き当たりにある階段を一段抜かしで駆け下りる。
 踊り場の掲示板にろうかを走ってはいけません、なんて張り紙は見えたけど、こけて怪我さえしなければいいんだろと舌を出して、思い切り方向転換するとズックが鳴った。
 踊り場から下の階段を更に勢い込んで下りながら、この間六段を成功したんだから今日は七段に挑戦してやると決めて、下から八段目の階段を力いっぱい踏み切って残りの階段を飛び降りる。
 ずだん!とすごい音がして足がちょっとしびれたけど、事に着地できた。背中のランドセルがちょっと飛び上がって、中でプラスチックのこすれる音がしたけど壊れるものなんて入ってないから大丈夫。
「へへ、やった成功!」
 前に失敗して散々だったのが帳消しになった気がして、嬉しくてぴょんぴょん飛び跳ねる。
 着地でこけてズボンを破った時には一緒にいた友達に馬鹿にされるし、帰ったら母さんに怒られた上におやつ抜きにされるし、何より失敗した自分が悔しかった。
 なんでそんなことが楽しいんだかって母さんは言うけど階段は飛び降りるもので、楽しいことはするもの。理由なんてそれだけで充分じゃないか。
「なんか今日はいいこと、ありそう!」
 うきうきと弾んだ足取りで目の前の下駄箱に向かうと、階段の上がざわざわとするのが聞こえて他の組も帰りの会が終わったんだとわかった。
 下駄箱がひどく混む前に行かないと急いだ意味がなくなってしまう。
 慌てて自分の下駄箱から長靴と、それに押し込んであった長靴カバーを取り出して代わりに脱いだズックを片付けた。
 木のすのこは靴下だと冷たくて、慌てて長靴に足を突っ込んで上のほうにある絞りをぎゅっとしめる。長靴の踵にカバーのゴムをひっかけて足首から膝下までシャカシャカしたカバーできちんと覆えば準備はばっちりだ。
 とんとんとつま先をタイルに打ちつけたら、わくわくした気持ちが抑えられなくなってそのまま玄関の白く曇った重いガラス戸に突進する。
「よ、っと。うわ!」
 力を入れてガラス戸を引き開ければ冷たい風と舞い上げられた粉雪が一緒くたに隙間から強く吹き付けて、思わずぎゅっと目をつぶった。
 粉雪だといっても勢いがついていれば顔に当たるたびにぴしぴしと音がして結結構痛い。
 ガラス戸を閉めるべきかと考える間もなくすぐに冷たい攻撃は止んで、頭を一振りしてガラス戸の隙間から一気に外に飛び出て目を開けた。
「っしゃ!真っ白ー!!」
 正面玄関から校門、校門から続く道。朝には既に除雪されて地の色が見えていたそこは、授業中にもしんしんと降り続いた雪によって綺麗に覆いつくされていた。
「おれが一番のりっと!」
 しかもさっきまで吹雪いていたせいか、珍しく足跡ひとつもついてない平らに積もった雪にテンションは上がりっぱなしだ。
 この時期雪は当たり前だけど、誰も踏んでいない真っ白な雪の上を歩くというのはまた特別で、遠回りになったってわざわざそちらを選んで歩くくらい大好きだった。
 さく、さく、と踝まで積もった雪を踏みしめて、だけど変なところを踏んではまったりしないように。
 慎重かつテンポを踏むような足取りで校門まで来た所で、くるりと背後を振り返る。
 茶色い校舎は半分くらい雪に塗りつぶされて、空だけがさっきまで吹雪いてたとは思えない突き抜けた青さ。さっき出てきた曇ったガラス戸の隙間だけ黒く見えて、そこから点々と続く足跡がくっきりと白くへこんでいた。
まだ自分の分しか残ってない、足跡。
「へへっ!」  それだけで楽しくなって笑い声をあげたサッチは、今度は後ろを振り向くことなく目的地へまっすぐに駆け出した。



学校から道一本挟んだところには大きな公園がある。小学校と同じくらいの広々とした公園は子供の格好の遊び場で、いつだって子供のはしゃぐ声が途切れないほどの賑やかさに溢れていた。
 この公園は小学校ができる時に地元の大地主が子供の遊び場にと市に土地を寄付してできたと噂で伝えられている。それが真実だと表す様に地名に全く関わりのない「白ひげ公園」という名前が付けられていた。
 子供たちにとってはそんなこと関係がなくて、大きな人工山の上に作られた長いローラー式の滑り台やその下の砂場、たくさんの遊具となだらかな丘の芝生広場がある楽しい遊び場であることのほうが大事だった。
 雪が積もっていてもそれは変わらずに、さすがブランコは紐で縛られて乗れないようになっていたけど、冬だからこそ遊べる場所の少なさにこぞって白ひげ公園に集まっては雪遊びに興じていた。
 いつもの集合場所といえばこの白ひげ公園で、学校から公園の入り口まで駆けてきたサッチはその雪の積もりっぷりに目を輝かせる。
 昨日までは吹雪が酷くて雪遊びどころじゃなかったから、久しぶりに晴れて思いっきり遊べるのが嬉しい。
 公園なんて誰も除雪しないから雪が降るにまかせたままで、今ではサッチの膝下くらいまで積もっていた。
 だけど柔らかな雪はちょっと風が吹けば流されるままに飛ばされていくし、踏めば嵩は数分の一に減ってしまう。
 実際サッチが膝下までカバーに覆われているのをいいことに、前人未踏の公園へ雪を蹴り上げるように進んでいけばふわふわとした雪は足が押しのけるままに道を開けたし、サッチの動きが起こす風に簡単にちらちらと舞って違う場所へ積もった。
「どっかランドセル置くとこ・・・ベンチも雪だらけだなあ」
 ずさずさと雪を掻き分けて公園の真ん中にある芝生広場の手前まで来たけどどこもかしこも真っ白で、近くにある普段荷物置き場にちょうどいいキノコのような屋根のついたベンチも雪に埋もれている。
「でもここ以外にどっこも置けるどこないしな・・・。変なとこ置いたらわかんなくなっちまう」
 遊び終わった後にうっかり雪に埋もれた荷物を探すのは本当に大変で、友達がナップサックをどこに置いたか判らなくなった時は公園中の雪を蹴立てて探し回った。友達は泣くし、陽も落ちて暗いし寒いし、帰りが遅いと親たちが探しに来て怒られた。
 あんなのは二度とごめんだし、友達が集まるのはもう少し先だろうからそれまでにベンチの雪を落とすかと一人で頷いて、またベンチまで雪を掻き分けた。
 四方が座れるようになってるベンチはいくら屋根があるといっても、風で運ばれる雪にはてんで無防備でこんもりと雪が乗っていた。
 それを雪用の手袋で座るところを撫でるように払えば軽い雪はあっという間にきらきらと太陽の光を受けながら飛んでいった。
 思いのほか綺麗なその光景に、もう一度と今度はベンチの前に積もった雪を思い切り両手で掬いあげて空に放る。
 さらさらと手から腕から逃げる粉雪はゆるく吹いた風に乗って、サッチとは反対方向へちらちらと太陽の光を反射させながら舞い散る。
 まるで光を撒いたみたいでサッチは目が離せなかった。
「はー、きれいだなあ・・・。お?」
 最後の一粒が落ちきるのを目で追っていたサッチは、先ほどと同じ光が目の端に映った気がして、積もった雪に落としていた視線を上げた。
 どこかの木に積もった雪が凍って光を反射させてんのかなと光の元に目をやれば、自分が入ってきた公園の入り口に自分と変わらない子供がいた。
「だれだ、あれ」
 近所に住む同じ年頃の子供なら全員が顔見知りだ。学区が狭いから白ひげ公園に集まる子供は殆どがサッチと同じ小学校に通っているといってもいいし、長い休みに遊びにくるその親戚も大体わかる。
 だけど入り口にいる子供は見たことがなくて、じっと佇んだまま動かない様子に何をしてるのか気になった。
 白い毛糸の上着に同じぽんぽんのついた帽子、その下の髪の毛が金色でさっきの光はこれだったのかとをまじまじ見ていたら、あっちもサッチを見ていたようで目が合う。
 雪みたいな白い顔は小さくて、目はサッチの好きな絵の具のセルリアンブルーにそっくりの色をしていた。ぱっと見は男子か女子かわからなかったけど、どっちでも友達になれたらいいなと思ってにっかり笑ったら、相手はとまどったようだったけど小さく笑い返してくれた。
 これはいけるかも、とちょっと気合をいれて笑顔のまま右手を大きく振れば、今度は小さくだったけどすぐ手を振り返す。
 サッチは仲良くなれる予感にとっても心が躍って、その心のままその子のところへと雪をまた掻き分けた。
 さっき作った道があったことを思い出したのはその子が不思議そうに先ほどの雪中行軍のあととサッチを交互に見ていたからで、でももうそっちに合流するのはなんとなく気恥ずかしくて、サッチは真っ直ぐその子の前に辿りついた。
「えっと、こんにちは!なにしてるんだ?」
 いざ目の前にしてみると何にも言えなくて、サッチは素直に質問をぶつけてしまった。
 さっきは自分と同じくらいかと思ったけど相手のほうが少し小さくて、見上げてくる青い目になんとなく照れくさい気持ちになったせいもある。
「雪が、きれいだったから」
「あんまり見たことねえの?」
「いままで住んでたところは、雪ふってもつもったりしなかった」
 答えてくれなかったらどうしようと不安になったけど、相手はとつとつとしながらもしゃべってくれた。
「へ〜!おれはずっと小さいころからここに住んでるから、こんくらいの雪は普通なんだ。でも積もると嬉しいんだよな。雪遊びできるし!」
「雪あそび?」
「雪遊びしたことねえ?雪だるまとかかまくら作ったり、雪合戦したりとか。
 もう毎日雪で遊ぶからさ、母さんとかに毎日服べしゃべしゃにするなって怒られんだ。でも楽しくってさやめらんないの」
 毎日陽が落ちるまで雪で遊んで、家に帰る頃には耐水性の上着も手袋もべったべた。
 学校帰りは普通のズボンだからそう無茶はできないけど、休日には上から下まで完全防備でまさに雪塗れになって遊ぶから結局全て濡れて、冬は洗濯物が乾きにくいのと家族に嘆かれるのが雪国の子供の普通だった。
 身振り手振りを交えて説明すると、その子も楽しそうに眼をきらめかせるからこれは一緒に遊んでくれるかなと期待する。
「あ、でもそんな格好じゃダメなんだ。毛糸の服は外だとあんまりあったかくないから、風邪引いちまう。靴もせめて長靴じゃないと、すぐ雪が入って濡れちゃうんだ」
 毛糸の上着は風も水も通しやすくて、いくら暖かそうに見えても屋外だと役に立たない。雪も案外すぐに溶けて水に変わってしまうから、水を弾いてくれる素材じゃないと風邪を引きたい格好ですといってるようなものだ。
 しかも相手はごくごく普通のスノーブーツで足首から少し上をもこもこと覆ってるだけだった。
 さっきのサッチと同じことをしようものなら途端に雪がブーツの上から入り込んで、数メートルごとに雪を取り除く羽目になる。
「これじゃ、ダメ?」
 サッチと自分の格好を交互に見て違いが分かったのか、自分の毛糸の上着を引っ張って悲しそうに言うものだからサッチもダメだなんて言えなくなる。
 だからと言ってそのまま雪遊びになんて誘えば、雪に慣れてない相手は間違いなく30分と立たずにべしゃべしゃに濡れて明日は風邪で寝込むコースだ。
「うーん、手袋はおれのを貸してやれるけど、首も寒そうだし・・・。
 あ!ランドセルの中にマフラーあったんだっけ!」
 なんとか少しでもと頭をひねっていたら、公園についたらまこうと思っていたマフラーがまだランドセルの中にしまいっぱなしだったのを思い出した。
 右腕をランドセルから抜いて左腕にひっかけるように前に持ってくると、下にある磁石の金具を回して蓋をあける。教科書の全く入ってない中からマフラーを取り出して、逆の手順でまたランドセルを背負い直した。
「ほら、貸してやる」
 母さんが編んだ緑色のマフラーはあったかいけど少しでも風が入らないようにとくるくる相手の首に巻きつけたら、手袋もさっさと外して手にはめてやる。
「あ、りがと」
「どーいたしまして!おれ寒いのへーきだし、次は雪遊びできる格好でこいよ。 あ、でも今日だけこっち来た、のか?」
 白い毛糸の帽子と緑のマフラーに顔を埋もれるさせるようにしながらはにかんだ笑顔でお礼を言われると、なんだか年下のように思えてつい年上ぶってお節介を焼いてしまう。
 それでつい次なんて言ったけど一日だけ家の用事で来たかもしれなくて、自分で言ったのに寂しくなっていたら、相手は首をぷるぷると振って否定した。
「こっちに引越ししてきたから」
「マジで?じゃあ同じ小学校かな!」
 さっきしょんぼりした気持ちはまた相手と一緒に遊べるかもしれないと思ったらどこかに吹き飛んだ。
 あんまり長く外にいれない格好だし、家も近いかもしれない。
 サッチの家は小学校と白ひげ公園を挟んで真反対の北側にあって公園からも見える程の近さだから、家も近所だとなお嬉しい。
「おれんちはあそこ、ちょっと見にくいけどでっかい白い家の横にある茶色い壁の家に住んでんだ!」
「その、隣」
雪に埋もれて見にくいけどあそこと自分の家を指差せば、でっかい白い家と言った場所に手袋に包まれた指が向けられた。
「隣って、白ひげのジイさんちだけど・・・」
 この白ひげ公園の名の由来になったともいわれている、白い立派なひげを持った隣のニューゲートのジイさんを思い浮かべてサッチはとまどった。
 確かに最近やけに大きな車が止まったりして不思議に思っていたけど、今朝も白ひげのジイさんは元気だったし、その家の兄とも慕う幼馴染もいつもと変わらず中学校へ行っていた。
「グラララララ!こんなところにいたのかマルコ。サッチおめェが遊んでくれてたのか?」
「オヤジ!」
 嘘を言ってるとも思えない相手にどうしようと悩んでいたら、まさにその白ひげがやってきた。60を越える年齢ととても見えないがっしりした体に隣にいた子供がぴょいと飛びつく。
 二人の様子は先ほどの言葉を肯定するかのようにとても親しげでサッチは少しほっとして、子供が幼馴染と同じ呼び方で白ひげを呼んだことに不思議に思った。
「オヤジって、そいつイゾウの弟?」
 まるで容姿は似ていないけど、オヤジと呼ぶのならばありえないことではないかもしれない。そう考えることができるくらいにはサッチは白ひげ一家との付き合いがあった。
「イゾウを知ってるのかよい?」
 サッチが首をかしげて聞けば、相手も同じように不思議な顔をした。
 お互い顔を見合わせてきょとんとしていたら、白ひげはまたグララと笑ってサッチを手招く。
「なんだまだ何にも話してねェのか。イゾウに言っとくように言ったんだがな」
「帰ったらなんか話があるってはいってたけど」
 3つ違いの黒髪の幼馴染はずっと幼い頃に白ひげに引き取られてきた。
 その理由は知らなかったけどイゾウとジイさんは仲の良い家族で、イゾウは本当の親父みたいに白ひげをオヤジと呼んだ。
 小さい頃に父を亡くしたサッチはそんな二人が羨ましくて、それにきっと気付いてたイゾウはスパルタだったけど本当の兄みたいにサッチに構ってくれた。
 母が仕事でいない間ご飯を一緒に食べてくれたのも、サッチに料理を教えてくれたのも。甘いしょっぱいと文句を言いながらもいつだって最後には褒めてくれた。
 白ひげもその大きな膝にサッチを乗せてよく話をしてくれたし聞いてくれたから、自分だけ仲間はずれみたいな今があんまり面白くなくてサッチはちょこっと口を尖らせる。
「じゃあ、名前からだなあ。サッチ、こいつぁマルコだ。
 ちょっと理由があってこれから一緒に暮らすことになった」
 またグララと笑った白ひげは自分の足に引っ付いたままのマルコという名前らしい子供の頭を大きな手で撫でた。
 マルコはくすぐったそうに笑ってその手にぐりぐりと頭を押付けたから、白ひげに懐いてるのがすごく分かって、拗ねた自分がちょっと恥ずかしくなる。
「マルコ、こいつぁサッチっていってな、小せえ頃から隣に住んでる。気立てのいいやつだから、同じ小学校に通うし困ったら頼ってやればいい」
「いってぇ!」
 マルコと反対側に寄ったサッチの背中をバシンと叩いて、それから優しい手つきで頭を撫でてくる白ひげに照れくさくなって、結局マルコと同じようにその手に頭を押付けた。
「なんだ二人揃って猫の子じゃねえんだから、そうこそばゆいことするんじゃねえ。グラララララ!」
 そう笑いながらも手を止めない白ひげにサッチもマルコも思う様すりついて、また目を合わせて二人でくすくすと笑う。
「あ、なあジイさん。マルコおれと同じ年?下?」
「ああ、本当ならサッチよりひとつ年は上なんだが、少し体が弱くてなあ。お前ェと同じ学年に春から通うことになる」
 さっきから聞いてみたかったことを素直に口にだせば、嬉しい同意と思いがけない言葉が返ってきた。
「ほんとか!? でも体弱いってマルコ大丈夫なのか?」
「なあに心配するほどじゃねェ。すぐサッチと変わらねェくらいのやんちゃ坊主になりやがるだろうよ」
「・・・うん。だいじょうぶ」
 マルコが年上ということよりも体が弱いというのに驚いてうろたえだすサッチに、安心しろと白ひげは頷いてやる。田舎の空気は小さなマルコを健康にするだろうし、面倒見の良いサッチが一緒ならば尚更だ。
「そんなら、いいけど・・。でも、なんかあったらおれに言うんだぞ!」
「うん」
 実は人見知りのするサッチと人から距離を置きがちのマルコが仲良くなれるか心配だった白ひげは、打ち解けた二人の様子を見て杞憂だったと安堵の息を漏らす。
「なあジイさん遅くならないようにするから、マルコと一緒に遊んでいい?」
「雪あそび・・・」
「グララおれに聞くことじゃねェだろうが。子供は遊んでこそだ!気をつけて遊べばそれでいい。サッチ、マルコのこと頼んだぞ」
「うん、わかった!」
 元気良く頷いたサッチとマルコに目を細めて笑った白ひげは、二人の頭をぐしゃぐしゃにして一足先に先に帰っていった。
 いつになく嬉しげだったそのゆったりとした大きな背中にバイバイと二人で手を振って見送ると、サッチは早速何して遊ぼうと頭をひねる。
「さて何しよう・・・雪合戦?雪だるま作り?マフラー巻いても長くは遊べないよな・・・」
 徐々に同じ年頃の友達が公園に集まりつつあるけど、雪に慣れてないマルコに初っ端から雪球を投げつけあうというのはハードルが高い気がする。
 最初は気を使っていても、熱中すればあっという間にそんなものはどこかにいってしまう。
「でも雪だるま作るには雪がなあ?」
 ふわふわと軽い雪は両手いっぱいにすくって握っても、ビー玉くらいにしかならない。
 これを雪だるまの大きさまでに育てようと思うと結構大変だ。ある程度まで握って中心となる球を作ったら、今度は積もった雪の上に転がして大きくしていく。
 だけど吹けば飛ぶ軽い雪では転がすどころか、球が埋まってしまってしまうのだ。
「そうだ雪兎!えっと、マルコ、雪兎つくろうぜ!」
「ゆきうさぎ?」
 何も全力で雪遊びをしなくて、雪が珍しいマルコならば雪兎だって珍しいはずだ。
「雪で兎を作るんだ。まず、両手にたくさん雪をのせてぎゅーっと固める。手の平の半分くらいの大きさになったら、左手に固めた雪を載せて」
「ぎゅー、ぎゅーっ。・・・このくらい?」
「うんうん、でまた雪を固めてくんだけど、今度は右手をカップの形にして雪をすくってそのまま上のほうに重ねていくんだ」
 小さな頃から誰に教えてもらわなくてもできたことを言葉にするのは意外に難しくて、サッチは実際にやってみせた。
 マルコはサッチのつたない説明にも戸惑うことなく、サッチと同じものをぎこちない手付きで作っていく。羽のような雪をすくって握って、単純な繰り返しでもマルコは楽しそうだった。
「そしたらどんどん上が丸くなってくから、手のひらの大きさまで作ったら、本当の兎をさわるみたいにそーっとまわりを撫でる。そうしたら兎が座ってるみたいな丸い形になるだろ?」
「でもまだ兎に見えないよい?」
「耳と目をつけるんだ。えっと南天はないから椿でいいか・・・」
自分の左手の上に作った雪兎を壊さないように、サッチは近くにある生垣から目と耳の材料を集める。
 公園を囲むように植えられた赤い椿は昨日の吹雪のせいで葉と開く前の蕾を根元に少し落としていた。咲けなかった蕾でも黒い外側を少しめくれば綺麗な赤い色が覗くから、兎の目用に綺麗なものを選んで耳用に深緑の葉を数枚拾う。
「この赤い蕾を目の位置にそーっと埋め込んで、はっぱを耳の位置に差す、と」
 マルコに蕾と葉をふたつずつ渡して、見本代わりに自分のに葉と蕾を埋め込むとさっきまでただの雪のかたまりだったのが、赤い目と緑の耳を持った兎になった。
「ほんとだ・・・!」
「へへ、これが雪兎!可愛いだろ?」
 サッチの見よう見まねで雪兎を完成させたマルコは手にのる雪兎と真反対の色の目をきらきらと輝かせて破顔した。
 雪国の子供なら幼稚園に上がる前には作るものでこんなに喜んで貰えるなんて思わなかったから、少し気恥ずかしくなったサッチは寒さで赤くなった鼻をこする。
 雪だるまやカマクラを作ったらどんな反応をしてくれるのか、今からわくわくしてしょうがない。
「すごいよい!」
「もう少し雪が積もったら今度は違うもの作ろうぜ。でっかい雪だるまとか!」
 こーんなに大きいの!とサッチが手振りで大きさを表すと、楽しくてたまらない様子のマルコが満面の笑顔でサッチの頬にキスをよせた。
「ありがと、サッチ!」
「・・・う、え、うわ!」
 軽い音を立てて離れたマルコの唇がにっこりと笑いを刻んだのを見て、サッチは自分がキスをされたのだとやっと理解して思い切りこけた。
「だいじょうぶ・・・?」
 突然雪の中に倒れこんだサッチを心配してマルコが覗き込んできたが、サッチは顔が真っ赤になりすぎて返事ができなかった。キス、マルコがおれにキス!?
「サッチ?」
「マルコ、い、いまの・・・」
「・・・ダメだった?イゾウが家族や友達にしんあいのじょうをあらわす時にするもんだって・・・」
「ま、まちがってはないかもだけど・・・」
 サッチがしどろもどろに尋ねれば、マルコが無邪気に幼馴染の名を告げた。イゾウは絶対マルコが分かってないのを知ってて言ったに違いない。
「サッチ、これ持ってかえりたいよい」
 頼もしいけれど悪戯心溢れる幼馴染に頭を抱えていたら、オヤジにも見せたいとマルコが両手で大事に雪兎を抱えていた。
「あ、そうだな、ジイさんに見せにいこうぜ」
 今はまだ大丈夫だが手袋越しとはいえ手のひらに載せたままだと溶けていってしまう。その前に見せにいこう。
 マルコが初めて作った雪兎をきっと白ひげも喜んでくれるに違いない。
 サッチが初めて作って焦げた卵焼きを上手くできたと褒めてくれた時みたいにきっと。
「サッチ」
   そうと決まれば雪の中に埋もれていてもしょうがないと身を起こして、つぶしてしまったランドセルと全身についた雪を払い落としているとマルコが呼んだ。
「マルコ?」
「これから、一緒?」
 小さなマルコの声は粉雪みたいにさらさらとサッチに降りかかって、サッチの一番大事なところへ暖かく届いた。
 落ちかけた夕日を厚く遮る冬の雲のように、白い毛糸の帽子と緑色のサッチのマフラーに埋もれたマルコの顔はあまり見えなかったけど、こぼれる金色の髪だけは微かな夕陽を受けてきらめいていた。さっきサッチの目を引いたそのままの光で。
 初めて会ったばかりでまだ何にもわからないけど、ずっとマルコと一緒にいたいとサッチは思った。
「これからずっと、一緒にいような!」
 いい予感はきっとマルコのことで、いいことがあったと一言で済ませるにはとても大きすぎることだけど、マルコと一緒ならいいことがずっと続く気がした。
 ずっと、ずっと




『For now.』のado様より頂きました。
誕生月の方のリクエスト受け付けるということでショタサチマルをリクエストしちゃいました。
可愛いちびっこ達にきゅんきゅんしますwww
無邪気なサチマルいいなぁ。和む(●´ω`●)
最後のサッチの気持ちに私も共感w
これからもっと仲良くなるといいよね!きっとなるよね!
素敵な小説、本当にありがとうございました♪


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