snow(2/3)

 学校から道一本挟んだところには大きな公園がある。小学校と同じくらいの広々とした公園は子供の格好の遊び場で、いつだって子供のはしゃぐ声が途切れないほどの賑やかさに溢れていた。
 この公園は小学校ができる時に地元の大地主が子供の遊び場にと市に土地を寄付してできたと噂で伝えられている。それが真実だと表す様に地名に全く関わりのない「白ひげ公園」という名前が付けられていた。
 子供たちにとってはそんなこと関係がなくて、大きな人工山の上に作られた長いローラー式の滑り台やその下の砂場、たくさんの遊具となだらかな丘の芝生広場がある楽しい遊び場であることのほうが大事だった。
 雪が積もっていてもそれは変わらずに、さすがブランコは紐で縛られて乗れないようになっていたけど、冬だからこそ遊べる場所の少なさにこぞって白ひげ公園に集まっては雪遊びに興じていた。
 いつもの集合場所といえばこの白ひげ公園で、学校から公園の入り口まで駆けてきたサッチはその雪の積もりっぷりに目を輝かせる。
 昨日までは吹雪が酷くて雪遊びどころじゃなかったから、久しぶりに晴れて思いっきり遊べるのが嬉しい。
 公園なんて誰も除雪しないから雪が降るにまかせたままで、今ではサッチの膝下くらいまで積もっていた。
 だけど柔らかな雪はちょっと風が吹けば流されるままに飛ばされていくし、踏めば嵩は数分の一に減ってしまう。
 実際サッチが膝下までカバーに覆われているのをいいことに、前人未踏の公園へ雪を蹴り上げるように進んでいけばふわふわとした雪は足が押しのけるままに道を開けたし、サッチの動きが起こす風に簡単にちらちらと舞って違う場所へ積もった。
「どっかランドセル置くとこ・・・ベンチも雪だらけだなあ」
 ずさずさと雪を掻き分けて公園の真ん中にある芝生広場の手前まで来たけどどこもかしこも真っ白で、近くにある普段荷物置き場にちょうどいいキノコのような屋根のついたベンチも雪に埋もれている。
「でもここ以外にどっこも置けるどこないしな・・・。変なとこ置いたらわかんなくなっちまう」
 遊び終わった後にうっかり雪に埋もれた荷物を探すのは本当に大変で、友達がナップサックをどこに置いたか判らなくなった時は公園中の雪を蹴立てて探し回った。友達は泣くし、陽も落ちて暗いし寒いし、帰りが遅いと親たちが探しに来て怒られた。
 あんなのは二度とごめんだし、友達が集まるのはもう少し先だろうからそれまでにベンチの雪を落とすかと一人で頷いて、またベンチまで雪を掻き分けた。
 四方が座れるようになってるベンチはいくら屋根があるといっても、風で運ばれる雪にはてんで無防備でこんもりと雪が乗っていた。
 それを雪用の手袋で座るところを撫でるように払えば軽い雪はあっという間にきらきらと太陽の光を受けながら飛んでいった。
 思いのほか綺麗なその光景に、もう一度と今度はベンチの前に積もった雪を思い切り両手で掬いあげて空に放る。
 さらさらと手から腕から逃げる粉雪はゆるく吹いた風に乗って、サッチとは反対方向へちらちらと太陽の光を反射させながら舞い散る。
 まるで光を撒いたみたいでサッチは目が離せなかった。
「はー、きれいだなあ・・・。お?」
 最後の一粒が落ちきるのを目で追っていたサッチは、先ほどと同じ光が目の端に映った気がして、積もった雪に落としていた視線を上げた。
 どこかの木に積もった雪が凍って光を反射させてんのかなと光の元に目をやれば、自分が入ってきた公園の入り口に自分と変わらない子供がいた。
「だれだ、あれ」
 近所に住む同じ年頃の子供なら全員が顔見知りだ。学区が狭いから白ひげ公園に集まる子供は殆どがサッチと同じ小学校に通っているといってもいいし、長い休みに遊びにくるその親戚も大体わかる。
 だけど入り口にいる子供は見たことがなくて、じっと佇んだまま動かない様子に何をしてるのか気になった。
 白い毛糸の上着に同じぽんぽんのついた帽子、その下の髪の毛が金色でさっきの光はこれだったのかとをまじまじ見ていたら、あっちもサッチを見ていたようで目が合う。
 雪みたいな白い顔は小さくて、目はサッチの好きな絵の具のセルリアンブルーにそっくりの色をしていた。ぱっと見は男子か女子かわからなかったけど、どっちでも友達になれたらいいなと思ってにっかり笑ったら、相手はとまどったようだったけど小さく笑い返してくれた。
 これはいけるかも、とちょっと気合をいれて笑顔のまま右手を大きく振れば、今度は小さくだったけどすぐ手を振り返す。
 サッチは仲良くなれる予感にとっても心が躍って、その心のままその子のところへと雪をまた掻き分けた。
 さっき作った道があったことを思い出したのはその子が不思議そうに先ほどの雪中行軍のあととサッチを交互に見ていたからで、でももうそっちに合流するのはなんとなく気恥ずかしくて、サッチは真っ直ぐその子の前に辿りついた。
「えっと、こんにちは!なにしてるんだ?」
 いざ目の前にしてみると何にも言えなくて、サッチは素直に質問をぶつけてしまった。
 さっきは自分と同じくらいかと思ったけど相手のほうが少し小さくて、見上げてくる青い目になんとなく照れくさい気持ちになったせいもある。
「雪が、きれいだったから」
「あんまり見たことねえの?」
「いままで住んでたところは、雪ふってもつもったりしなかった」
 答えてくれなかったらどうしようと不安になったけど、相手はとつとつとしながらもしゃべってくれた。
「へ〜!おれはずっと小さいころからここに住んでるから、こんくらいの雪は普通なんだ。でも積もると嬉しいんだよな。雪遊びできるし!」
「雪あそび?」
「雪遊びしたことねえ?雪だるまとかかまくら作ったり、雪合戦したりとか。
 もう毎日雪で遊ぶからさ、母さんとかに毎日服べしゃべしゃにするなって怒られんだ。でも楽しくってさやめらんないの」
 毎日陽が落ちるまで雪で遊んで、家に帰る頃には耐水性の上着も手袋もべったべた。
 学校帰りは普通のズボンだからそう無茶はできないけど、休日には上から下まで完全防備でまさに雪塗れになって遊ぶから結局全て濡れて、冬は洗濯物が乾きにくいのと家族に嘆かれるのが雪国の子供の普通だった。
 身振り手振りを交えて説明すると、その子も楽しそうに眼をきらめかせるからこれは一緒に遊んでくれるかなと期待する。
「あ、でもそんな格好じゃダメなんだ。毛糸の服は外だとあんまりあったかくないから、風邪引いちまう。靴もせめて長靴じゃないと、すぐ雪が入って濡れちゃうんだ」
 毛糸の上着は風も水も通しやすくて、いくら暖かそうに見えても屋外だと役に立たない。雪も案外すぐに溶けて水に変わってしまうから、水を弾いてくれる素材じゃないと風邪を引きたい格好ですといってるようなものだ。
 しかも相手はごくごく普通のスノーブーツで足首から少し上をもこもこと覆ってるだけだった。
 さっきのサッチと同じことをしようものなら途端に雪がブーツの上から入り込んで、数メートルごとに雪を取り除く羽目になる。
「これじゃ、ダメ?」
 サッチと自分の格好を交互に見て違いが分かったのか、自分の毛糸の上着を引っ張って悲しそうに言うものだからサッチもダメだなんて言えなくなる。
 だからと言ってそのまま雪遊びになんて誘えば、雪に慣れてない相手は間違いなく30分と立たずにべしゃべしゃに濡れて明日は風邪で寝込むコースだ。
「うーん、手袋はおれのを貸してやれるけど、首も寒そうだし・・・。
 あ!ランドセルの中にマフラーあったんだっけ!」
 なんとか少しでもと頭をひねっていたら、公園についたらまこうと思っていたマフラーがまだランドセルの中にしまいっぱなしだったのを思い出した。
 右腕をランドセルから抜いて左腕にひっかけるように前に持ってくると、下にある磁石の金具を回して蓋をあける。教科書の全く入ってない中からマフラーを取り出して、逆の手順でまたランドセルを背負い直した。
「ほら、貸してやる」
 母さんが編んだ緑色のマフラーはあったかいけど少しでも風が入らないようにとくるくる相手の首に巻きつけたら、手袋もさっさと外して手にはめてやる。
「あ、りがと」
「どーいたしまして!おれ寒いのへーきだし、次は雪遊びできる格好でこいよ。 あ、でも今日だけこっち来た、のか?」
 白い毛糸の帽子と緑のマフラーに顔を埋もれるさせるようにしながらはにかんだ笑顔でお礼を言われると、なんだか年下のように思えてつい年上ぶってお節介を焼いてしまう。
 それでつい次なんて言ったけど一日だけ家の用事で来たかもしれなくて、自分で言ったのに寂しくなっていたら、相手は首をぷるぷると振って否定した。
「こっちに引越ししてきたから」
「マジで?じゃあ同じ小学校かな!」
 さっきしょんぼりした気持ちはまた相手と一緒に遊べるかもしれないと思ったらどこかに吹き飛んだ。
 あんまり長く外にいれない格好だし、家も近いかもしれない。
 サッチの家は小学校と白ひげ公園を挟んで真反対の北側にあって公園からも見える程の近さだから、家も近所だとなお嬉しい。
「おれんちはあそこ、ちょっと見にくいけどでっかい白い家の横にある茶色い壁の家に住んでんだ!」
「その、隣」
雪に埋もれて見にくいけどあそこと自分の家を指差せば、でっかい白い家と言った場所に手袋に包まれた指が向けられた。
「隣って、白ひげのジイさんちだけど・・・」
 この白ひげ公園の名の由来になったともいわれている、白い立派なひげを持った隣のニューゲートのジイさんを思い浮かべてサッチはとまどった。
 確かに最近やけに大きな車が止まったりして不思議に思っていたけど、今朝も白ひげのジイさんは元気だったし、その家の兄とも慕う幼馴染もいつもと変わらず中学校へ行っていた。

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