水族館(浜茜)


「やーまなっ!!今度の日曜デートしよっ!!」
「やだ」
「即答っ!?」

こうして浜野の初めてのデートのお誘いは無惨にも散ってしまったのだった。


浜野が茜の教室に来たのは昼休みの事だった。
浜野は写真を整理している茜の机の前にしゃがんで屈託ない笑顔で開口一番にそう言った。

即答で断られたショックで一瞬固まった浜野だったがすぐに開き直った。
「そんな事いわないで行こーよ。ちゅーか即答って酷くね?」
浜野は苦笑いしながら再度誘うが茜の表情は少し困った様に眉を下げるだけだった。
「だって急にデートなんて言われても困るだけだよ」
「じゃ、せめて話ぐらい聞いてよ、ね?」
浜野が可愛くおねだりのポーズをとるので茜は話だけなら、と先を進めた。
「実はさ、いつも行く釣り堀のおばちゃんから水族館のチケット二枚もらったんだよ」
浜野は手に持っていたチケットをヒラヒラと振った。
「ふーん…だったら速水くんや倉間くんと行けば?」
「んー…残念ながらそれは無理なんだよね。これカップル限定のチケットなんだって」
ほらココ、と浜野が指差した所には確かにカップル限定と書いてあった。
「カップル…でも浜野くんだったら他にも誘える女の子いるんじゃないの?というかそこまで水族館に行きたいの?」
浜野はその明るい性格もあり交遊関係も広い。
わざわざ自分を誘わなくても…
そう思い茜はそう言ったのだがそれを聞くと浜野はガックリてしていた。
「いや俺もそこまで水族館に行きたい訳じゃなくってって……っ〜〜ちゅーか!!俺は山菜と行きたいの!!」
「…え」
浜野が半ば叫ぶ様に言うと茜は明らかにびっくりした顔になった。
浜野のもがっつき過ぎたと思ったのか急にあたふたとしだした。
「え、いやっ、その、深い意味はなくてさ、えーっと……あ、ホラ、魚って意外と早く泳ぐじゃん?だから山菜の写真撮るいい練習になるかなーって……」
自分でも苦しい言い訳と思ったのか冷や汗をかきながら浜野は言った。
しかしそんな浜野とは対称的に茜の表情は明るくなっていった。
(動きが早いお魚を撮れば皆の必殺技の時もっと綺麗に撮れるようになれるかも…っ!!)
「や、山菜?」
「浜野くん」
「は、はい!?」
「日曜日、どこで何時に待ち合わせ?」
「え、あ、じゃあ10時に駅前。って、え…ちゅーか一緒に行ってくれんの?」
浜野が恐る恐る聞くと茜は優しく微笑んだ。
「うん。楽しみにしてるね」
「……や、」
「?」
「やったーーっ!!」
そう言うと浜野は万歳しながら叫んだ。
するとちょうどタイミングを図ったかのように予鈴がなった。
「っと、教室戻んなきゃ。んじゃね〜」
浜野は頭に花でも咲かせそうな勢いで満面の笑みを浮かべ、大きく手を振りながら自分の教室に戻っていった。
バタバタと走って行った為途中で先生の怒鳴る声が茜の所まで聞こえた。
それに茜がクスクスと笑っていると水鳥が側に寄ってきた。
「ったく、相変わらず賑やかなヤツだな〜。にしても茜、お前ホントに浜野とデートするのか?」
「!、水鳥ちゃん。デートじゃないよ。ちょっと一緒にお出かけするだけ。」
「そ、そうか…」
割と恋愛事には鈍い水鳥でも浜野が茜に向けている思いには薄々気付いていた。
その為浜野がわざわざ言った『デート』という単語を茜にバッサリと否定されて少し浜野を不憫に感じていた。
「でもお前が神童以外のヤツと出かけようとするとはな。ちょっと驚いたぜ」
「速く泳ぐお魚を綺麗に撮れるようになれば皆の速い動きも綺麗に撮れるようになるから。いいチャンスでしょ?」
「ま、まぁな」
そう微笑む茜は純粋にカメラの腕の上達を望むばかりで浜野の事など少しも考えていなかった。しかし、
「それに…」
「ん?」
そう言うと茜は浜野が出てった方をちらりと見てクスリと笑うとまた水鳥に微笑んで見せた。
「なんでもない」
その微笑みはさっきと似ていたが少し違って見えた。


―日曜日―
「やーまなっ!!こっちこっち!!カジキだって!!」
「カジキ?」
「すっごく速い魚!!」

朝から二人共水族館(デート)を楽しんでいた。

『茜の撮影技術の上達』と言ってしまった為浜野はオーソドックスなペンギンなどを見つつも沢山の速く泳ぐ魚を紹介した。
すると茜は感心しつつも一心不乱にシャッターを切っていた。
茜は撮った写真をチェックして微妙な時には顔を曇らせ、よく撮れた時には顔をパァッと明るくさせた。
会話が少ないのが少し不満だったが今まで見たことない表情が沢山見れる。今この時は茜を独占出来る。そう思うと浜野は頬が緩むのを隠せなかった。

また茜を色んな所に連れ回す際に手を繋げた事が浜野にとっては大収穫だった。
茜が表情一つ変えなかったのは少し悲しかったが。


「どう?少しは写真上手くなった?」
休憩所で一息つきながら浜野は茜に尋ねた。
「うん。ほら、沢山撮れた。浜野くんのおかげだよ。ありがとう」
茜が写真を見せながら言った。
茜が言うように、数を増すごとにブレている写真が減っていった。
「へへっ、ちゅーかその為に山菜誘ったんだからお礼なんかいらないって!!そん代わり部活ん時俺の事も撮ってよ」
「ちゃんと技最後まで決められたらね」
「うっ…」
どさくさに紛れてお願いするが茜は手厳しかった。
「ちゅーかせっかく来たんだから一緒に写真撮ろーよ」
「え」
そう言うと浜野は素早く茜のカメラを奪い茜の肩を抱き寄せた。
「はいチーズ!!」

パシャッ

「ほい。後で俺にもこの写真ちょーだいね」
「もう…いきなりすぎるよ」
「記念記念」
浜野が茜にカメラを返した。
茜は急だったせいか少し不満そうにぷくっと頬を膨らませた。
浜野はそんな茜を笑って軽く流した。
「あ、俺ちょっとトイレ行ってくる。ここで待ってて」
「うん、わかった」
浜野はそう言うとそそくさといってしまった。
一人になってしまった茜はカメラのチェックをしていた。

10分ぐらい経った頃だろうか。
(トイレそんなに混んでるのかな…)
あまりの遅さに茜が心配し始めた時だった。
「君一人?何してるの?」
高校生ぐらいだろうか、二人の男がいつの間に茜の前に立っていた。
「あ、えと一人じゃありません。友達待ってて…」
「二人で来てるんだ?じゃあその友達来るまで一緒に話さない?」
「…遠慮しときます」
茜は少し怒って若干しつこい男達の誘いを拒否するが男達はものともしなかった。
「そんな事言わないでさ、ね?」
半ば強引に茜の腕を掴もうとした時だった。

「だーめっ!!この子俺の!!」

走ってきたのか息を切らした浜野が茜と男の間に割り込んだ。
「浜野くん…」
「行こっ」
そう言うと浜野は茜の手を掴むとその場からさっさと連れ出した。
後ろではさっきの男達が色々言っていたが今の茜には耳に入らなかった。

二人は無言で歩いていた。
先に口を開いたのは茜だった。
「浜野くん」
「ん?」
浜野は返事をするが振り向きはしなかった。
「私ものじゃないよ」
「うっ……」
焦っていたとはいえ、なんだかスゴい事を言ってしまった気がする浜野はどのように話を切り出せばいいのか分からなくて黙っていたのだが先に茜にその事を言われてしまって少したじろいだ。
「ご、ごめ…」
「でも」
ピタリと茜が足を止めた。
つられて浜野も止まり、茜の方を振り返った。
すると、目線を少し反らしつつも頬を薄く赤く染め、今まで見たことのない様な表情をしている茜がいた。

「助けてくれてありがと」

「………っ!!」
その表情を見た途端、浜野はなんともいえない感情が身体の奥から沸き上がってくるのを感じた。
その感情を紛らわすかの様にまた浜野はパッと茜の手を放し、いつもの様にポケットに手を突っ込みながら前を向いた。
「いやっ…ちゅーか大丈夫だった?なんもされなかった?」
「うん、平気。」
「そっか…」
また沈黙が流れた。
「あ、そうだ、コレ」
「?」
何かを思い出したかのように浜野が茜の方を振り返ると茜に包装紙に包まれたものを手渡した。
「なあに、コレ」
「開けてみ」
浜野が促したので茜はそっとテープを外して中のものを取り出した。
「コレ…」
出てきたのは可愛いペンギンのキーホルダーだった。
「トイレの帰りに見っけたの。山菜、ペンギンの事すっごい見てたっしょ?だから好きなのかなーって」
「…もらっていいの?」
「もっちろん!!」
その言葉を聞くと茜は顔を輝かせた。
「ありがとう、浜野くん」
浜野もつられてへへっ、と照れ笑いをした。
「あ、もうすぐイルカのショーやるって!!いい練習になるかもよ、行こっ!!」
浜野がまた茜の手を掴んで引っ張った。
茜は一瞬驚いたようだったがすぐにきゅ、と握り返した。
「うんっ」
茜の笑顔を見た途端浜野はその場にへなへなとしゃがみこんでしまった。
「?、どうしたの?」
「なんでもない……」
どうやら浜野は悩殺されてしまったようだ。
浜野は耳まで真っ赤になっていた。
「変な浜野くん」
茜はそんな浜野の心情も知らないでクスクスと笑った。
「へへっ…行こっか」
「うん」
浜野は立ち上がると茜と手を繋ぎながらショーの方へと向かっていった。



おまけ
茜はイルカのショーの時こっそり浜野の方を見ていた。
(…さっきの浜野くん、カッコ良かったな…)

『だーめっ!!この子俺の!!』

(あの言葉にはちょっと驚いたけど)
茜はそっと愛用のカメラを撫でた。
この中には魚以外にも浜野の写真が沢山入っていた。
茜はこの前の水鳥との会話を思い出していた。
(あのね水鳥ちゃん。腕を上げるのも目的だったけど初めてだったの。シン様以上にカメラ越しだけじゃなくこの人の色んな表情が見たいって思ったの)
茜は再び浜野をこっそりと見ると人知れず微笑んだ。
そしてカメラを構えるとジャンプしたイルカと乗り出しながらはしゃいでいる浜野をファインダーに入れるとシャッターを切った。
茜のカメラケースには浜野にもらったペンギンがついていた。


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