親子(木春・終)


木暮が小宮母娘のところへ小走りで駆け寄ってきた。
「あら、どうしました?何か忘れ物でも?」
「…あんたと二人きりで話したい事がある。」
「二人きりで?」
不思議そうに聞く女将に木暮はこくりと頷いた。
「…あーちゃん、先に戻ってお部屋の後片付けしててくれる?」
「え〜一人で〜?」
「ね、お願い。ママもすぐ行くから。」
「うぅ〜は〜い…」
朝美はとぼとぼと宿の中へ戻って行った。
その様子を木暮は黙って見ていた。
「さてと…それでどうかしましたか?」
「………」
「?」
女将は木暮が話すのを待っていた。
だが実のとこ、人払いしてもらったのはいいものの、何を話せばいいのか、何を話すべきなのか春奈に背中を押してもらったものの木暮には分からなかった。

「あの…さ、」
「はい?」
「あんた…娘のこと…好きか?」
暫く悩んでいた木暮の口から出たのはこんな質問だった。
「!…勿論です。自分の子供が嫌いな親なんていませんよ。」
一瞬驚いた顔をしたが女将はすぐに微笑みながら答えた。
「そっ…か、なら…今度はもう、捨てんなよ?」
木暮は自分の声が震えない様に踏ん張りながら女将の目を真っ直ぐ見た。
「!?」その時、女将の脳裏にずっと昔の忘れたい、けど忘れられない過去が浮かび上がってきた。

もう何年も昔の事、一人子供がいたが一人で育てるのに耐えられず辛い日々を送っていた。
だがそんな時結婚しようと言ってくれた人が現れた。
それが今の夫だ。
彼には子供がいる事を告げていなかった為断り続けいたが次第にその人に惹かれていき、遂には新たな命が自分の身体に宿った。
そんな時、思ったのは自分の子供の事だった。
まだ彼に話していなかったのだ。
言おう言おうと思っていたがなかなかタイミングが掴めなかったのだ。
だが今日こそ言おう、大丈夫、彼ならきっと受け入れてくれる、そう思っていた。
だがすぐに一抹の不安にかられた。

―もし受け入れられなかったらどうしよう―

もし私が子持ちだってわかったら別れを切り出されるかもしれない。
そしたら私はこの先、更にお腹の中にいる子供を抱えて苦しい生活を強いられる事になる。

―そんなのもう、耐えられない―

そうだ、この子さえいなければ、そうすればきっと―この子だって新しい家族の中は居づらいはず。だったらいっそのこと―

そう思ったら小宮の行動は早かった。
一緒に旅行しようと、自分はお弁当を買ってくるからと言ってそのまま――
その後自分はすぐ彼と結婚した。
子供の事は話さずに。
けれどやっぱり自分がした事とはいえ後ろめたくて、卑怯だと分かっていても必死で忘れようとした。
そうしている間に子育てや慣れない仕事で忙しくてしだいに過去の事は忘れていった。

勿論、その捨てた子供の顔や名前さえも。 

「え…?な、何言って…」
ずっと微笑んでいた女将が初めて動揺を見せ、頬に一筋汗が流れた。
「俺…さ、昔親に捨てられたんだ。そのせいで人間不信に陥っちまった…けどそのおかげで今の仲間に会えた。…だから俺を産んでくれたのには感謝してんだ。」
真っ直ぐ女将を見ていた目線をずらし木暮は言った。
「な、何でそんな事を私に…?」
「…ただの気まぐれ。今の家族、大事にしろよ。」
そう言うと木暮はキャラバンの方へ走り出そうとした。
「…っ待って!!」
ぴたっ!!
木暮は立ち止まった。
「あなた…もしかして…」
私の、と言いかけた言葉は木暮によって遮られた。
「俺…あんたに会えて良かったよ。…じゃあな。」
木暮は振り返ることなく答え、今度こそ走り出した。

そこには女将が一人残された。
「……あの子は私の…っ私あの子になんてひどい事を…っごめんなさい…っ本当に、ごめんなさいっ…」
謝って許されることではないと分かっていたが既に名前すら忘れてしまったもう一人の我が子を思いながら女将は一人その場に泣き崩れ、ただひたすら謝り続けた。


「すみません、遅れました。」
「…早くしなさい。すぐに出発するわよ。」
一人遅れてキャラバンに戻り軽く頭を下げる木暮を一瞥すると瞳子監督は古株さんに出発の指示を出した。

春奈はいつもの場所ではなく一番後ろの席に座って窓の外を見ていた。
木暮はそんな春奈を見つけると隣に座った。
「…あいつと話してきた。」
「…そっか…」
「…ちゃんと言ってきた。会えて良かったって…」
「うん…」
「…何でだろうな、本当は会ったらもっと何で捨てたんだとか色々言いたかったのに…実際に会うと何話せばいいか分かんなくなって…」
「………」
「でも!!後悔はしてない。少しでもあいつと話せて良かった、お前のおかげだ。ありがとな!!」
木暮はしんみりとした空気を打開しようと明るい声を出し、春奈の顔を覗きこみながら笑った。
「……っ」
その時春奈の胸に何とも言えない感情がこみ上げてきた。

ふわっ…

「えっ…」
気がつくと木暮は春奈に抱きしめられていた。
「ちょっ…!!お前何して…っつーか俺鬼道さんに殺され「泣いていいよ。」…え…」
顔を赤くしてバタバタと春奈の腕の中で暴れている木暮に春奈は優しく囁いた。
「な、何言って…」
「辛いのに無理して笑わなくていいんだよ。今なら誰も見てない。だから…泣いてもいいんだよ。」
そう言って春奈は更に木暮を強く、そして優しく抱きしめた。
「…っはは…ホント、お前にはかなわねーなぁ…」
大人しくなった木暮はそう言うと春奈の背中にゆっくりと腕を回し、春奈の服を強く握りしめた。
そうして聞こえてきたのは淋しさと悲しさが混じった嗚咽だった。
その声は喧騒に紛れて誰一人気がつく人はいなかった。

「頑張ったね、木暮くん…」

春奈は木暮が泣き止むまでずっと木暮を抱きしめていた。

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