心から伝える「ありがとう」(ルーン親子)


「フェイ、ゴメンね」
「え?」

天馬達が、黄名子が元の時代へと帰る日の前日、お別れ会が終わり、皆で最後の夜を共に過ごす為、同じ部屋に布団を敷き始めている間、なんだか少し1人になりたくて僕は散歩をしていた。
するといつからそこにいたのか、後ろから声をかけられた。
ずっと一緒に旅をしていた――小さな母親に。

――少し、話をしよう?

断る理由もなく、むしろ少しでも長く一緒に居たい彼女からの言葉に素直に従い、小さなベンチに座った。
そこで急に謝られた。

「…どうして謝るの?」
「うちのせいで、フェイはずっと1人で、ずっと寂しい思いをさせてしまった。だから――ごめんなさい」

愛してあげられなくて、傍に居てあげられなくて。

「―――っ、」

黄名子は泣きそうになりながら僕の頬をゆっくりと撫でた。
黄名子のその言葉で今までの寂しかった記憶が蘇ってきた。
どうして自分は1人なのだと。
どうして自分を愛してくれる人は誰も居ないのかと。
そう嘆き悲しんでいた日々が脳裏に蘇る。

それでも、

「…黄名子が謝る必要なんてない」
「フェイ?」

泣き顔を見られたくなくて顔を俯かせながら言葉を紡ぐと黄名子が戸惑っているのが分かった。
それでも僕は黄名子に伝えなければならない事がある。

「確かに僕を産んだ黄名子は僕を1人にした。でもそれは黄名子が望んだ事じゃない。何より黄名子は、ここにいる黄名子は、僕の傍に居てくれた。僕を叱ってくれた。僕を守ってくれた。僕を――愛してくれた」

ずっと、そうしてくれる誰かを、母を欲していた。
そして同時に諦めていた。
そんな人はもう――どこにも居ないのだと。
けれど黄名子は僕のそんな願いを叶えてくれた。
知り合いなんてどこにも居なくて心細いだろうに、僕がSSCであると知っても尚、時空を越えて僕の元へとやってきてくれた。
それだけで――十分だ。

「…うち、フェイの事守れてた?」
「うん」
「良かったぁ」

顔をあげると黄名子は瞳からポロポロと涙を流しながら笑っていた。

「きな…」
「うち、ずっと不安だったやんね。フェイと同い年のうちがフェイを守れるのかって。フェイを――支えてあげれるのかって」

それは、フェイが黄名子と出会ってから初めて聞いた黄名子の弱音だった。
思えば、父はこんな小さな少女にどれだけ大きな役目を任せていたのだろう。
今更ながら父の不器用さに呆れた。

「でも守れてたなら良かったやんね。――アスレイさんの言葉を信じて、時を越えた甲斐があったやんね」
「黄名子…」
「うち、フェイに会えて本当に良かった。フェイの事、守れて本当に良かった」
「…うん。ありがとう、黄名子」

どちらかともなく、お互いに寄り添うようにコツンと額をくっ付けると笑顔が洩れた。


「――フェイはこれからどうするの?」

――アスレイさんと、一緒に暮らすの?

「……わからない」

部屋に戻り、皆と同じように床に転がった。
そこではすでにフェーダもエルドラドも関係なしに皆が雑魚寝をしている。
僕達はそんなぎゅうぎゅうで狭いなか、部屋の隅で話を続けていた。
黄名子との時間を惜しむように。

指を絡ませ、手を繋ぎながら。

「少なくともすぐには無理だよ。……どんな理由があったとしても、やっぱり僕は父さんを許せない。それに父さん達がサル達の生活を保証してくれるって言ってもやっぱり心配だし、もう少しサル達と一緒にいるよ」
「そう…」
「けど…」
「?」
「もう少し、時間が経ったら、自分の気持ちに整理がついたら…一緒に、暮らしてみようと思う」
「…アスレイさん、きっと喜ぶやんね」

黄名子は僕の考えを否定するでもなく、ただ笑って受け止めてくれた。
なんだかそれがこそばゆくて、誤魔化すように話題を変えた。

「黄名子は?」
「うちは今まで過ごしていた通り、サッカーやってるやんね。それで体鍛えて――アスレイさんと会える日を待ってるやんね」
「……本当にそれでいいの?」
「え?」

なんとなく、黄名子はそう言う気がした。
このまま僕の知っているタイムルートを過ごして父と会い、結婚し、自分を産むのだと。
でもそれでいいのだろうか。
黄名子は本当に――幸せになれるのだろうか。
もしかしたら黄名子は僕を産んだ後、死んでしまうかもしれない。
もしその未来を変えるにしたってあんな一時とはいえ、自分の地位を守る為に子供を置いていくような人と結婚して黄名子は幸せになれるのだろうか。
もっと別の――黄名子や子供の事を一番に考える事が出来る相手と一緒になった方がいいのではないのか。
黄名子の元に産まれる事が出来ないのは少し寂しいけれど、それでもずっとそんな考えが頭に浮かんでいた。

黄名子は別のルートを進むべきではないのかと。

僕が目を反らさずに黄名子を見つめていると黄名子はそんな僕の意図が伝わったのか、空いている手の方で僕の頬を優しく撫でた。

「…フェイ、心配してるの?」
「だって…」
「確かに、これからうちが生きていく上でアスレイさん以外の男の人達とも沢山会うに決まってるやんね。そのなかで誰かと付き合うかもしれない」
「なら…」
「それでも、うちはきっとアスレイさんを選ぶと思う」
「どうして…?」

黄名子は僕の頬から手を離すと天井を見上げ、目を閉じた。
まるで何かを思い出すかのように。

「あの人、本当に不器用やんね。大切なものも、守らなきゃいけないものも分かっているのに上手く動けない」

エリートさんなのに、おかしいやんね。

黄名子は僕の方を見ておかしそうにふふっ、と笑った。
けれどすぐに優しげな眼差しになった。

「けどだからこそ、うちはあの人を支えてあげたいって思った。不器用で、ちょっと情けなくて、でも優しいあの人の、ずっとずっと傍に居たいって思ったやんね」
「………」
「おかしいやんね。うちとアスレイさん、それこそ親子と同じ位年の差があるのにそんな事思うなんて」
「…黄名子がそんなにも年上好きだなんて知らなかったよ」
「うちだって、アスレイさんと会うまでは普通に同年代の人が好きだったやんね。それにあの人の事を最初から信用してた訳じゃないやんね」

会って、突然私は君の未来の夫だ、私達の子供を守ってくれだなんて、話が突飛過ぎるやんね

黄名子は初めてアスレイと会った時を思い出しているのか、クスクスと笑った。
確かにタイムジャンプがあまり知られていない黄名子の時代でそんな事言われても戸惑うのは当然だった。
むしろ不審者として通報されなかったのが不思議な位だ。
…しかしそれほど父は焦っていたのかもしれない。
行き当たりばったりの、それこそ賭けに近いような道に進んでしまう程。

「最初に話を聞いた時はうちも半信半疑だった。だけどアスレイさん、フェイの事を話す時、本当に優しい目をしてた。それでアスレイさんの事を信じる事に決めたやんね。…そしてアスレイさんの事を知るにつれて、フェイへの愛情を感じるにつれて、うちは将来この人とずっと一緒に居たい、そして家族皆で幸せになるんだって思った。…この人となら、うちはどんな最期だったとしても笑っていられるって思ったの。だからうちはアスレイさんと会うのを待ってるやんね」
そう微笑む黄名子の笑顔は美しかった。
恐らくこれが黄名子の本心なのだろう。
黄名子の幼いながらも確かな愛情に、僕はなんだか少しだけ泣きそうになった。

「なら…1つだけ約束して」
「約束?」
「もしこのまま父さんと結婚して、僕を産むのなら…絶対に、僕を1人にしないで」
「!」

僕がぎゅっ、と手を握りしめながらそう言うと黄名子の目が大きく開いた。
本当は、僕だって黄名子の言うように家族3人で仲良く暮らしたかった。
だけどそれはもう叶わないから、せめて新たなタイムルートに産まれる僕には、

「今の僕の分まで傍にいてあげて、愛してあげて、決して――僕みたいな寂しい思いをさせないであげて」
「フェイ…」

黄名子は瞳を潤ませたかと思うと、今度は空いた手の方で僕の頭を強く抱き寄せた。

「きな…」
「うん。絶対に、約束するやんね。フェイの事、1人にしないって」

そう言う黄名子の声は、少し震えていた。
髪の毛が湿った事により、すぐに泣いているのだという事が分かった。

「黄名子…」
「その代わり、フェイも約束して」
「え?」

黄名子は少し僕から離れると今度は鼻の先がくっ付きそうな程近づいて僕の瞳を覗きこみ、微笑んだ。

「これから先、何があろうと、決して過去を、周りを恨まないで」
「!」
「今回の事で、いくらか風当たりは弱まったかもしれないけど、それでもやっぱり色々これから先、ひどい事沢山言われるかもしれない。辛い目に合うかもしれない」
「うん…分かってる」

それだけの事を、僕達はしてきたのだから。
僕達も沢山の人達に虐げられてきたけれど、それと同じ位、いやそれ以上に誰かを傷付けてきた。
これから先、何かしら報復があるのは予想に容易かった。

「それでも、過去を、SSCだった事を恨まないで。確かにフェイはSSCだったせいでアスレイさんに置いてかれた、1人になってしまった。だけどSSCだったからサル達に会って、ワンダバに会って、キャプテンに会って、そして今のうちと出会えた。どこか1つでも違ったらきっと今こうして皆で一緒に寝転んでなんか出来なかったやんね」
「うん…」
「そうした過去の出来事1つ1つが今のフェイをつくってる。…フェイ、うちは今のフェイが大好きやんね。明るくて、仲間思いで、ちょっと弱かったりする所も、全部全部、大好きやんね」
「黄名子…」

勿論、どんなフェイでもうちは好きだけど、と黄名子は再び僕を抱き締めながら言葉を続けた。

「だからフェイ、決して過去を否定しないで。フェイが気付いていないだけで、世界はこんなにもフェイを優しく包んでいるのだから」
「…うん。約束する」

僕はおずおずと黄名子の背中に腕を回した。
普通の人より少し小柄な、だけど大きな大きな背中に。

「黄名子、本当に今までありがとう」

黄名子の大きすぎる愛情にずっと我慢していた涙が溢れて止まらなかった。
最後は声が震えて言葉になったかわからないけれど、それでも黄名子は優しく僕の背中を撫でてくれた。

明日は、黄名子と、天馬達とお別れだ。


(もう二度と会えないのは寂しいけれど)

(時空を越えて、あなたの幸せを祈ってる)

(いつまでも、いつまでも)

((あなたの進む道が、少しでも優しさで包まれていますように))


―――――――――――
心から伝える「ありがとう」
title by 『秋桜』

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