不器用な愛情表現(木春)


「ねぇ木暮くん。いつになったら兄さんに話してくれるの?」
「話すって…何をだよ」
「勿論私達が付き合ってる事に決まってるでしょ」
「ブッ!!」

春奈の言葉に思わず口にしていたビールを吹きだしそうになった。


春奈と木暮は付き合っている。
雷門と秋空チャレンジャーズが試合をする前からこまめに連絡を取り合っていた春奈達は木暮が上京した際に、木暮の決死の告白によって付き合う事になった。
つまり付き合って半年以上の年月が経っているのである。
とは言っても、付き合う前から曖昧な関係は続いていたので、実質約10年の付き合いだ。

「ゲホ…何で急にんな話になるんだよ…」

付き合うと言っても二人共仕事で忙しい身だ。
必然的にどちらかの家で駄弁って過ごす事が多い。
今日だって最初は普通に木暮の部屋で飲んでいたのだ。
急に言われて驚くのは当然だ。
ビールをコトリと机に置き、口元を拭いながら春奈に問う。

「急にじゃないわよ!今までは兄さんはイタリアに…っていう話も今では怪しいけど、とりあえず連絡は取れなかった訳だから仕方ないにしても今は雷門でコーチしてる訳だからいつでも話せるじゃない!」
「別にわざわざ言わなくても…」
「私、誰かと付き合う事になったら兄さんに報告しろって言われてるのよね」

あのシスコンめ…と心の中で木暮は愚痴る。
あの鬼道の事だ。
恐らくただの報告では終わらないだろう。
10年経った今でも鬼道の事は若干木暮は苦手だった。

木暮の心を読んだのか、木暮が目線をずらすのに耐えかねた春奈がズイッと木暮の方へ乗り出した。

「木暮くん!」
「うわ、何だよ」
「木暮くんは私と結婚したくないの!?」
「はぁっ!?」
「私は木暮くんと結婚したい!結婚して、もっと一緒にいたい。夏未さん達みたいな素敵な夫婦になりたいの!」
「ちょ、ちょ、待て待て待て」

木暮は春奈のあまりの気迫に若干、いやかなり驚いたがとりあえずどうどう、と手で春奈を制した。
春奈は納得がいかない様子だったが渋々元の定位置に座った。

「何、お前結婚したいの?」
「当たり前でしょ。私達もう23よ。しても全然おかしくないわ。それとも木暮くんはしたくないの?」
「したくないって言うか…非現実的だろ」
「……なんですって?」

木暮は困ったように頭を掻いているが春奈にはそんな事を気にしている暇はなかった。
木暮の『非現実的』という言葉に春奈の中でプツンと何かが切れた。

「結婚が非現実的ってどういう事よ」
「音無?」

木暮の戸惑う声がしたが春奈はそんなのに構う余裕はない。

「好きな人と、ずっと一緒にいたいって、確かな約束が欲しいって思うのがどこが非現実的なのよ!」
「音…」
「それともそう思ってたのは私だけだったって事!?」
「おい落ち着けって」

木暮は春奈の腕を掴むがあっけなく振り払われてしまった。
春奈の目尻には涙が浮かんでいる。

「春…」
「木暮くんの馬鹿!」
「春奈!」

春奈は木暮の制止する声も聞かずに荷物を掴むと部屋から出ていった。

部屋にはぬるくなってしまったビールだけが残された。

「どうかしたの?音無さん泣いてたけど…」

恐らく階段かどこかで春奈とすれ違ったのだろう。
秋が心配そうな顔つきでドアの傍に立っていた。
幸か不幸か、秋には会話は届いていなかったようだ。

「何でもないです。ちょっと…誤解されただけです」

木暮は1人重いため息を吐いた。


「はぁー…」
「どうかしたんですか?音無先生、さっきからため息ばかりですよ」
「え、」

顔を上げると傍にはマネージャー達の心配そうな顔。
いつの間にか手も止まっていたようだ。
これでは心配されても仕方ない。
部活中なんだからしっかりしなきゃと思い、春奈はブンブンと頭を振り、笑顔を浮かべる。

「ごめんなさい、なんでもないのよ」
「そんな風には見えませんが…」
「なんだ、音無悩み事か?」
「!、監督」

さっきまで指導していたはずの円堂までが春奈のもとへ来て尋ねる。
それほどまでに自分は情けない顔をしていたのだろうか。
少し気落ちしていたがあ、と思い付いて円堂に尋ねた。

「あの、円堂監督」
「ん?」
「監督は夏未さんと去年結婚したんですよね」
「うぇっ!?」
「どうして結婚しようと思ったんですか?」

本来ならこんな事、部活中に聞くべきではないだろう。
それでも疑問に思った事は即行動がモットーな春奈は聞かずにはいられなかった。
円堂も春奈の表情に潜む必死さに気がついたのか、頬を掻きながらも答えてくれた。

「なんでって…そりゃ、もっとアイツと一緒にいたいって思ったからだろ」
「…ですよね」

円堂が言った言葉は昨日春奈が木暮に言った言葉そのものだ。
やはり木暮は自分ともっと一緒にいたいとは思ってくれないのだろうか。
そんな暗い考えが頭の中をぐるぐると回っていた。


そして連絡を取らないまま1週間が過ぎた。

(私達もう終わりなのかな…)

自分からは絶対には謝りたくなかったが、木暮が謝ってきたら即仲直りしようと思っていた。
しかし春奈の思惑に反して木暮は連絡を一切寄越さない。
今でも何回か大きな喧嘩はした事はあるが連絡を3日以上しないのは初めてだった。

職員室で春奈が項垂れていると携帯が光った。
見てみるとメールが一通、木暮からだった。
思わず立ち上がりそうになる衝動を必死で抑え、内容を読んだ。

『今夜9時、いつもの店』

内容はそれだけだった。
それでも木暮がメールをくれたという事が春奈にとっては重要だった。
いつもの店とは二人でよく行く割と洒落たあの店の事だろう。
二人が仲直りする時には決まってそのお店で飲んだ。
春奈はホッとしつつも、にやけそうになる頬を引き締めながら残りの仕事に取り掛かった。
この様子なら、余裕で時間に間に合うだろう。


そして9時ちょっと前。
店の前には既に木暮の姿があった。

「木暮くん!」
「…おぅ」
「あのね、私…」
「いいから、店入ろーぜ」
「あ…」

木暮は春奈を一瞥しただけですぐに店に入ってしまった。
寂しい気持ちになりながらも春奈はとぼとぼと木暮の後に続いた。

(…あれ?)

店に入ると見慣れた人影が1つ。
見違えるはずのない、春奈の大切な、たった1人の、

「兄さん!」
「お待たせしてすみません、鬼道さん」

驚いている春奈とは対照的に、平然と挨拶する木暮。
木暮の言葉から推測すると、どうやら鬼道を呼んだのは木暮らしい。
気まずかった雰囲気も何処へやら、春奈は木暮に食ってかかった。

「え、ちょ、木暮くんどういう事!?なんで兄さんが…」
「店の中で騒ぐなよ…とりあえずほら、座って」

木暮がそう促すと納得はいかないものの、春奈は渋々従い、木暮の隣に腰を下ろした。
そして木暮じゃ埒が明かないと思ったのか、目の前に座り、一足先に酒を口にしている鬼道にズイッと身を乗り出した。

「なんで兄さんがこんな所にいるのよ?」
「木暮に呼ばれたんだ。今日大事な話があるからと。…まぁ大体の話の内容は分かるがな…」

鬼道はそういうとサングラスの奥にある赤い瞳を木暮に向かってギラリとギラつかせた。
木暮はそんな鬼道にう、と少し怯みながらも、咳払いをすると口を開いた。

「あのですね、鬼道さん」
「…なんだ」

(え…?)

二人の間にはただならない緊張感が漂っているが春奈には何がなんだか分からない。
だか木暮は膝の上に置いてある春奈の手をぎゅ、と握った。
不思議に思い、春奈が木暮の横顔を見ると木暮は試合前のような、キリッとしていて、何か強い意思を持った表情をしていた。

「こぐ…」
「ご存じかもしれませんが、俺は春奈さんと結婚を前提にお付き合いさせてもらってます」
「―――!」
「……そうか」

木暮が発した言葉に鬼道は小さくピクリと眉を動かしただけだった。
しかし春奈は鬼道の様子を気にする余裕などなかった。

――え、結婚?

私達結婚前提のお付き合いだったの?
だってついこないだまで木暮は自分との結婚を『非現実的』だと言っていたはずだ。
なのにどうしてそんな言葉が出てくるのだ?

春奈の頭はパンク寸前だった。
とりあえず話を聞こうと思い、木暮に話かけようとするがそれは鬼道によって妨げられた。

「こぐ…」
「それで?」
「え?」
「もう既にいつ結婚する等は決めてあるのか?」
「それはまだ…。俺達二人共まだ働いて日が浅いですし、本当に結婚するのは数年後かと…。だから今日はとりあえず、俺達がそういうつもりで付き合っているという事だけお知らせたかったんです」
「そうか…」

緊張した様子で言葉を慎重に選ぶ木暮。
対する鬼道はクイッとグラスを一気に傾けて中のワインを全て飲み干した。

「春奈」
「え、あ、はい!?」

突然話かけられて思わず声が裏返る春奈。
しかしそんな事も気にせずコトリとグラスを置くと鬼道はテーブルの上で手を組んだ。

「お前はそれでいいのか」
「え?」
「別に木暮が悪いとは言わない。しかしお前ならもっといい奴がいるだろう。なんと言っても俺の自慢の妹だからな。それでも生涯を共にする相手は木暮でいいのか」
「えと、その…」

上目遣いで木暮をチラリと見る。
すると膝の上で木暮が強く春奈の手を握ったのが分かった。
それにより、春奈は自信を持って言い切れる事が出来た。

「――うん。木暮くん『で』いいんじゃないの。木暮くん『が』いいの。ううん、――木暮くんじゃなきゃ、駄目なのよ」
「そうか…」

そう強く言う春奈の表情は清々しく、大人の女性の顔をしていた。

「見ないうちに大人になったな…」
「え?」

鬼道が小さく笑みを浮かべながら呟いた言葉は春奈には届かなかったようだ。

「なんでもない。…木暮。俺の大事な妹だ。…大切にしろよ」
「――っはい!」

鬼道の厳しくも、優しさの含まれた言葉に木暮は背中をしゃんと伸ばし、大きく返事をした。

「ちょっと木暮くん!」
「…何?」

適当にワインを飲んだ後、春奈達は鬼道と別れた。
今は春奈を家まで送っている最中だった。

「ビックリしたじゃない!いきなりこんな…大体私との結婚を『非現実的』だって言ったのは木暮くんでしょ!!」

周りも気にせず、喚き散らす春奈を若干気まずげに見ていた木暮は小さくため息を吐いた。

「言わなかったのか悪かったけどさ、『今』の俺達が結婚するのは『非現実的』だとは思ってるけど俺だって、いつかはお前とそうなりたいって思ってるっての」
「え…?」

春奈は木暮の言っている意味が分からないらしく、頭にクエスチョンマークを浮かべている。
そんな春奈に今度は隠す事なく大きなため息を吐くと春奈の額に人差し指を当てるとグリグリと押した。

「うゎ!」
「お前さ、貯金どれだけあんの?」
「へ?」
「結婚するとなれば、式場代、ドレス代、指輪、披露宴等々、沢山の金が要るの。そんな金、どっから出てくんの?」
「あ…」

確かに結婚にはお金がかかる。
いくら収入が安定している教師、一流商社に勤めているとはいえ、まだ働いて日が浅い。当然、貯金なんて微々たるものだ。
木暮が結婚を『非現実的』だと言った理由が分かり始めた。

「分かった?俺達にはまだ結婚なんて早いんだよ」
「うー…」

春奈の額から指を放すと木暮はまるで小さな子に言い聞かせるように頭をポンポンと叩いた。

「円堂さん達の場合は、夏未さんの実家は金持ちだし、何より円堂さんは元プロだろ。あそこの二人と比べてるんじゃねーよ」

理解した?、と呆れた声で諭す木暮に春奈は素直に頷くしかなかった。

「けどま、これ位なら俺だって買えるしな」
「?」

何やらごそごそと木暮はポケットを漁りながら春奈の左手を取った。

「これ…」
「今すぐに、てのは無理だけどさ、俺だって、お前とずっと一緒に…結婚したいと思ってる。だからさ、ちょっとだけ待っててよ。何年か経って、ちゃんとした結婚式挙げれる位、貯金貯めたら改めて言うか…」

木暮が言い終わらないうちに春奈が抱きついてきた。

「春…」
「ありがとう木暮くん。…そしてゴメンね」
「…何が?」
「――なんでもない!」

春奈は木暮の肩に顔を埋めると満面の笑みを浮かべた。


「音無先生、何か良いことあったんですか?」
「え?」

次の日、いつも通りベンチでデータの整理をしていると葵が話かけてきた。
「…私って分かりやすい?」
「はい!」

苦笑いしながら春奈が尋ねると葵は笑顔で言い切った。
それは誉めているのか違うのか、微妙な所だが仕方がない。
だって昨日は、

「それで何があったんですか?」
「んー…秘密!」
「お、どうやら悩みは解決したみたいだな」

またまたいつの間にか円堂が傍に来ていた。

「――はい!」

そう笑う春奈の左手の薬指にはキラリと小さいながらも美しい輝きを放つ宝石が埋め込まれた指輪が輝いていた。

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不器用な愛情表現
title by 『秋桜』

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