今はまだ、このままで(木春)


「ただいまー」
「お帰りなさい、木暮くん」
「お帰り木暮くん!」
「は?」

仕事が終わりヘトヘトの体を叱咤しながら木枯らし荘に着くと台所の方からいつもの秋と、珍しい人物の声が返ってきた。

「…何してんの、音無センセー。」

台所に行くとそこにはエプロンを着けた秋と春奈がいた。

「ふふっ、驚いた?今日は部活もないからちょっと遊びに来たの。ついでに花嫁修業がてら晩御飯のお手伝い」
「…そんな相手いんの?」

いたずらっ子の様に笑ってみせる春奈に木暮はジト目で見つめかえした。
すると花嫁修業といいながらも相手はいないのかう゛…、と言葉を詰まらせた。

「そ、そのうち出来るんだからね!」
「…せめて相手が出来てからそーゆーのに励めよ…」
「早くから始めて損はないでしょ!」
「はいはい…じゃ、俺部屋戻るから。後はごゆっくり」
「あ、木暮くん、後で晩御飯持ってくわね」

ネクタイを緩めながら階段を上がっていく木暮に秋が声をかけるとはーい、と返事をしながら凝った体をほぐしていた。


「…やっぱり一流企業だと大変なんですかね…体ボキボキ言ってましたよ」
「そうね…今日は早かったけど最近残業続きだったみたいだし」
「…木暮くんも頑張ってるんだなぁ…」

手のかかる弟分が独り立ちしたみたいで少し淋しい思いもしながらも実は陰ながら一所懸命に努力している木暮を知っているからこそ、春奈は穏やかに微笑んだ。
そんな時、ふと秋が時計に目をやった。

「あ、もうこんな時間!音無さん、悪いんだけどこのご飯、木暮くんに渡してきてくれない?私天馬を呼んで来なくちゃなの」

秋が若干慌てたように春奈に頼んだ。

「天馬くん、サッカーの練習でもしてるんですか?」
「そうなの。放っておくといつまでも帰ってこなくって」

春奈が問いかけると秋は苦笑してみせた。
恐らく河川敷でサッカーに没頭している天馬を迎えに行くのは半ば日常化としているのだろう。
春奈にもそんな様子が容易に想像出来たのか胸を張って答えた。

「わかりました!私に任せて下さい!」
「ごめんね。じゃ、すぐ戻るから!」
「行ってらっしゃーい」

パタパタを小走りしながら木枯らし荘を出ていく秋を見送ると春奈は木暮のご飯をお盆に乗せ、階段を上がっていった。


「木暮くーん、開けてー」

両手がふさがっている為ドアの前でそう叫ぶとしかめっ面をした木暮がドアの向こうにいた。

「…音無センセー、まだ居たの?今度は何の用…って、あ、」

言ってる途中で春奈の手にしているものに気づいたのか言葉を止めた。

「もう、そんな事言ってるとご飯あげないわよ!」

少し怒りながらご飯を取り上げてみせると木暮は慌てて下手にでた。

「ごめんごめん、でも秋さんは?」
「秋さんは天馬くんのお迎え。だからその代わり」
「あー…アイツもよくやるよなー…って、」

春奈からお盆を受け取って部屋に戻ろうとしたが春奈も木暮に続いてくるので言葉を切った。
当の春奈は不思議そうな顔をしている。

「?何?」
「いやいや音無センセーが何人の部屋入ってんの」
「だって秋さん帰ってくるまで暇なんだもの」
「で、相手しろと?」
「ピンポーン!」
「俺、飯食いたいんだけど」
「食べながら相手すればいいじゃない!」

どうやら何を言っても春奈は部屋から出て行かないらしい。
変に春奈は頑固な所があるのを知っている木暮は大きくため息を吐いた。

「…ドア、ちゃんと閉めてよね」
「はーい!」

なんだかんだで木暮は春奈に甘いのだった。

「ね、ね、美味しい?」
「あーはいはい、美味しいですよ」
「心が込もってなーい!」

ほとんどは秋が作ったとはいえ、少しは自分も手伝ったのだ。
木暮に感想を求めるが木暮の反応は素っ気ないものだった。

「いやいやホントだって。最近残業続きでまともな晩御飯食べてなかったからさ」
「…やっぱり大変なんだね」
「んー、ていうかデスクワークがなー。体は凝るわ目は疲れるわでさ。でも先生も大変なんじゃないの」
「それはそうだけど…」
「大人って大変だよなー。ガキの頃なんであんなに大人になりたかったのか不思議なくらいだぜ」

木暮はそういいながらご飯をかきこんだ。

―確かに、小さい頃は早く大人になりたかった。

大人になれば色んな事が出来るようになると思ってた。
けれど大人になればなるほど子供の頃なら見なくてすんだものが見えるようになったり、自分の心に素直になるのが難しくなったりした。

それでも変わらないものもある。

自分と木暮との関係、とか。

確かに木暮も大人になったのかイタズラをする事も減ったがこうしてなんだかんだいいながらも私の事を決して邪険にしない所などは昔と少しも変わらない。

(だから私は大人になった今でも木暮くんの傍に居たいのかもしれないなぁ)

「…?なんだよ、ニヤニヤしちゃって、気持ち悪い」
「き、気持ち悪いって何よ!」
「じゃ、なんでニヤついてたの?」
「そ、それは…まぁいいじゃない!それよりさ、ね、食べ終わったんならマッサージでもしてあげよっか」
「は!?」
「だって体疲れてるんでしょ?大丈ー夫。元マネージャーの力を信じなさい!」
「や、マネージャー時代マッサージしてもらった事なんて一度もないんだけど」
「つべこべ言わず人の厚意は素直に受け取りなさい!」
「うわっ!」

春奈の申し出に手を振りながらジリジリと後退っていた木暮だったがついに追い詰められ、ホントに女かと思う位の力で引っ張られると強引に横にされ背中に馬乗りにされた。
首だけを後ろにして春奈を見上げると春奈はニコニコと笑っている。
これではもうどうしようもないと思ったのか木暮は大きくため息を吐くと全身の力を抜いた。

「じゃ…お願いします」
「了解!」

春奈は元気よく返事をすると木暮の背中に手をかけた。

(あ、大きい)

(やっぱり…ちょっとは変わってるのかもしれない)

昔から小さな体で大きな敵に向かっていく姿に頼もしさは感じていたけど成長した事によって更に頼もしさが増した気がした。

春奈は昔よりも遥かに大きくなった背中に軽く微笑むと手に力を込めた。


(いたたたっ!)
(あ、ごめん、痛かった?)
(お前力入れすぎ!下手くそじゃねーか!)
(えー…、じゃ、こんな感じ?)
(だから痛いって!)


(いつもお疲れ様)
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今はまだ、このままで
title by 『確かに恋だった』

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