こんなにも、まだ君が愛しいんだ(天葵・下)


1年ぶりに、天馬が帰ってきた。

流石本場のイタリアに留学してただけあってパワーやテクニック、その他諸々が上達していた。

先輩や信助達に囲まれながら笑っている天馬は輝いて見えた。
私は、そんな皆の姿を遠くから見てるだけ。

――…最後に話したあの日以来、私は天馬と話した事がなかった。

『幼なじみ』に戻ろうと言ったのは私なのに、いざ『幼なじみ』になると今までどんな風に話していたか、どんな風に触れたいたか分からなくなってしまった。
今の私達は最早『幼なじみ』ですらなくなってしまったのかもしれない。

それでも、天馬は笑っているからあの時の私の、私達の選択は間違っていなかった。そう、思うよ。

私はそっとスコアを片すフリをして天馬達から目線を外した。

天馬が私の背中を切なげな目で見ていた事には気付かずに。
そして剣城くんはそんな天馬を心配そうな表情で見つめていた。


「空野」
「ん?どうしたの?」

いつも通り、備品のチェックが終わり、ドリンクのケースやタオルを運んでいる時だった。
剣城くんはさりげなく私から全てのタオルを取ると横に並んだ。
無愛想ながらも、こうしたさりげない優しさが剣城くんのモテる所以だと思う。

「ありがとー、助かるよ。それでどうしたの?」
「…この後暇か?」
「え?」
「暇ならちょっと付き合って欲しい所があるんだが…」
「へ?」
「何何、もしかして剣城くん空野さんの事デートに誘ってるの?」

天馬や狩屋達に巻き込まれる形で剣城くんとも一緒に出かける事はあっても剣城くんから自発的に誘われる事はなかった。
それゆえ少し間が空いてしまったのだが、その間に狩屋が何処から聞きつけたのかひょい、と後ろから顔を出した。

「…そういうんじゃない」

確かに剣城くんが私を『デート』に誘うなんてあり得ない。
それでも私を選んだという事は…

「もしかしてお兄さん関係?」
「まぁ…そんな所だ」

ピンときてそう指摘すると剣城くんは恥ずかしげに目線をズラしながらもコクりと頷いた。
少し珍しい剣城くんの様子に私は思わず笑ってしまった。

「いいよ、付き合ってあげる」
「なーんだ、つまんねーの」

狩屋はすぐさま興味をなくしたのか、今度は霧野先輩の所へ走っていった。
恐らく数秒後には霧野先輩の怒号がグラウンドに響くだろう。

「アイツも懲りないな…」
「狩屋って結構寂しがりやだよね。…それじゃ剣城くん、後でね」
「あぁ、悪いな」

剣城くんに軽く手を振ると私は急いで残りの片付けを始めた。

(剣城くんが私に頼むって事はケーキ屋さんとかかな?)

私だって女の子。
買い物は勿論好きだ。
久々に気持ちが晴れそうだ。


「…そんな顔するな」
「なんの事?」

葵が剣城のもとを去った後、剣城は向きを変えずに大きなため息を吐いた。
話の相手は勿論、

「別にお前から空野の事盗ろうとしている訳じゃない。だからそんな顔するな…天馬。」

呆れたように剣城は後ろを振り返った。
剣城の後ろにはふてくされつつも鋭い目付きをした天馬がいた。

「…じゃあなんで葵だけ誘ったのさ」
「…お前には関係ないだろ」
「ある!」

珍しく叫ぶ天馬の声がグラウンドに響きわたった。
剣城を睨み付ける天馬の表情は幼なじみを盗られて拗ねている少年ではない。
大切な、『彼女』を盗られ、嫉妬している男の顔だった。
剣城はそんな表情を自分に見せる事にまた大きくため息を吐いた。

「そんな顔が出来るなら、どうして空野を手離した」
「!」
「空野から大まかな事情は聞いている。確かに先に手離そうとしたのは空野だ。だがその事に同意したのはお前だ。それほどまでに空野が大切ならどうしてもっと縋ろうとしなかった」
「………」
「『松風天馬』は、大切なものは何があっても譲らない、そういう奴だと思ってたが、俺の思い違いだったみたいだな」

剣城は言いたい事は全て言ったのか、何も言わない天馬を後にその場を離れた。

(次は空野か…)

剣城がその場を離れる前、視界に天馬の握りこぶしが震えているのが入った。
恐らく天馬はもう大丈夫だろう。

(全く…世話の焼ける二人だ)

兄の事を利用したのは悪いが、こうでもしないと葵と二人きりで話す事は出来ない。
剣城は心のなかで優一に謝りながらも葵のもとへと走っていった。

なんだかんだで剣城も天馬と葵が一緒にいる所を見るのが好きなのだ。


「空野」
「あ、お疲れー」

剣城くんが近寄ってくるのが見えると私は触っていた携帯を鞄にしまった。

「悪い、待ったか」
「ううん、大丈夫!じゃ、行こっか!」
「悪い、空野」

挨拶もそこそこに、歩き出そうとした時だった。
剣城くんが私の左手首をパシッ、と掴んだ。

「どうしたの?」
「お前に、話がある」
「…なに?」

剣城くんの顔を見つめるけど剣城くんの表情からは何も読みとれない。
普通、こんなシチュエーションならば話と言えば告白だろう。
だけど少なくともそんな雰囲気ではない事が分かる。
それでもなんとなく、聞きたくない、そんな予感がする。

「…天馬の事だ」

あぁ、やっぱり聞きたくなかった。


剣城くんに連れられ、私達は河川敷で腰をおろしている。
少し気まずくて辺りを見回していると、嘗ての私達のように女の子と男の子が手を繋ぎながら歩いている様子が目に映った。

「空野」
「…何?」

剣城くんが話かけてくるけど私は目を合わせない。
それでも剣城くんは構わず話を続けた。

「お前、本当にこのままでいいのか」

無意識に肩が震える。

「アイツが帰ってきてからまともに話してないだろ」
「……うん」
「いいのか、それで」
「………」
「『幼なじみ』じゃ、この先アイツが誰かと付き合ってもとやかく言えないんだぞ」

ゆっくりと剣城くんの方を見ると、剣城くんは心配そうな、それでいて少し怒った顔をしていた。
なんか、

「ふふっ…」
「?」

いきなり笑い出した私に剣城くんは少しびっくりしていたけど私は止まらなくって顔を膝に埋めた。

「ゴメン、なんか剣城くんが恋バナしてるのが可笑しくって…」
「おい…」
「――あのね、」

剣城くんは怒ったけれど私が口を開くと真面目な顔をした。

「もう、どうしたらいいかわからないの」
「………」
「1年前、天馬と付き合えて嬉しかった。だけど私のせいで天馬が世界に羽ばたけないのなら『幼なじみ』に戻ればいいって思った」

剣城くんは黙って聞いている。

「『恋人』よりも『幼なじみ』だった時の方が長いもの。あの時は無理でも、天馬が帰ってくる頃には『幼なじみ』に戻れるって思ってた」
「………」
「けど無理だった。今までどうやって天馬と話していたかさえ忘れちゃった。――…もう、どうしたらいいかわからないの」

私の両目から涙が溢れてきたけど剣城くんはその事については何も触れてこなかった。

「…まだアイツの事が好きなんだな」
「………」
「空野、正直に答えろ」
「…何?」
「去年、お前が出した結論は、本当に今でも正しかったと思っているのか」

一瞬、何を言われているのか分からなかった。
だってそんなの、

「…当たり前じゃない」
「お前に別れを切り出された頃、天馬が荒れていたって聞いてもか」
「!?…何…それ…」

やっぱり知らなかったか、と剣城はため息を吐いた。

知らない、なんで、だって、せっかく天馬は自由になったのに、

「去年、アイツがまだここにいた頃、最後の最後までアイツは荒れていた。表面上は普通にしてたけどな」
「―――、」
「アイツ、1年経っても中身は全然変わらねぇ。…お前も気付いてるだろ、――…アイツがまだ、心の底から笑っていない事に」
「―――…ッ!」

気付かなかった。ううん、本当は気付いていたのかもしれない。だけど私のせいでそうなってしまった事に気付きたくなくて知らないふりをしていただけだ。

「私…」
「もう一度聞くぞ。お前達、本当にこれでいいのか」
「…やだ」

本当は、答えなんてとっくに決まってる。
だけどそれは私の自分勝手な思いだ。
だから――…

「アイツも同じだと思うぞ」
「え?」

剣城くんがぼそりと何か言ったけどよく聞き取れなかった。

「なんでもない。…とにかく、お前らは別れたくて別れたんじゃないだろ。だったらせめて、アイツとちゃんと話してこい。…手遅れになってからじゃ、遅いんだぞ」
「――…ありがとっ!」

私は剣城くんの諭すような言葉を聞くと鞄を引っ掴んで天馬のもとへと足を速めた。
後ろでは、剣城くんの呆れたような、笑いを含んだため息が聞こえた。


――…私は天馬の笑った顔が一番好きだった。
明るく、皆を笑顔にする太陽のような笑顔が。
天馬の傍でその笑顔をずっと見ていたかった。
だけど私が天馬の足枷になってしまうなら身を引こうって思った。
その結果、天馬を沢山傷付けた。
あんな顔をさせたいわけじゃなかったのに。

ゴメンね、天馬。

私、本当に自分勝手だ。
自分から離れたくせに、やっぱり傍にいたいだなんて。
それでも、自分の気持ちにはもう、嘘は吐けなかった。

会いたいよ、天馬。走って、走って、走り続ける。
少しでも早く天馬のもとにたどり着く為に。

「あお…い?」
「てん…ま…」

息を整える為に少し立ち止まると頭上から今一番に会いたいと思っていた人物の声が降ってきた。
顔を挙げるとそこには私以上に汗だくで、息を切らした天馬がいた。

「なんで…」
「なんでって…葵を探してて……って、葵どこいたんだよ。俺、葵の家まで行ったのにまだ帰ってないって言うし…」
「あ、えと、さっきまで剣城くんとちょっと話してて…」
「剣城と?」

天馬の眉がピクリと動いた。
何でか理由を考えている間に天馬はずんずんと私に向かって歩いてきた。
そして逃げられないようにか、私の手首を掴んで天馬の胸元に引き寄せた。

「な…」
「葵!」
「へ、あ、何!?」

「好きだ」

天馬の口から漏れた言葉に思わず目を開く。
だけど天馬の昔と変わらない、飾る事の知らない直球の言葉は私の胸にストンと落ちた。

「―――…」
「やっぱり俺は葵が傍にいなきゃ嫌だよ。葵がいるから頑張ろう、負けられない、そう思えるんだ。だから――…」
「わ、私だって…」
「葵?」

天馬ばっかり言わせない。
私だって言いたい事が沢山ある。

「じ、自分から離れたくせに、そしたら天馬とどう接したらいいかわからなくなって、でももっと天馬の傍にいたくて、」
「葵…」
「自分勝手な自分が嫌になる。だけど天馬の隣は誰にも譲りたくなくて、」

何か冷たいものが頬を伝ったけれど私の口は止まらない。

「葵、もういい、分かったから、」
「私だって、前よりも、ずっと、ずっと天馬の事が好――」

最後の言葉を紡ぐ前に言葉を封じられた。
他でもない、天馬からのキスによって。

「天…馬…」

天馬は何も言わずに私を腕の中に閉じ込めた。
私を抱き締める腕の跡がついてしまうのではと思える程強く。

「い、たいよ、天馬。もうちょっと緩めて――」
「嫌だ」

緩めてと言ったのに寧ろ力が強くなった気がする。
天馬の表情がみたいけど天馬は私の肩に額を押し付けているのでどんな表情をしているのか見えない。
けれど肩に冷たいものが染みている事に気が付いた。

「てん、ま」
「…何」
「泣いてるの…?」

天馬は一瞬、私と目線を合わしてくれたけどすぐにまた顔を埋めてしまった。
だけど天馬の瞳が潤んでいた事は見逃さなかった。

「剣城に言われたんだ。どうして去年、葵に言われた時もっとすがろうとしなかったんだって。…あの時は俺も葵が望むならって思った。だけどやっぱりダメだった。イタリアに行ってからもずっと、葵の手を離した事、後悔してた」
「天馬…」
「やっと掴まえたんだ。もう絶対、離さないからな」
「…私も」

ぎゅっ、と私を抱き締める天馬に応えるように私も天馬の背中に腕を回した。
すると天馬が鼻を啜りながらも笑ってくれた気がした。

私も、久々に心から笑えた気がする。


(迷って、すれ違って、沢山間違えた)

(だけどこれからは二人で考えよう)

(でなければきっと、幸せになんてなれないから)

―――――――――――
こんなにも、まだ君が愛しいんだ
title by 『秋桜』

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