終わりなんて、知らないままでいたかった(天葵・中)


「おーい、天馬ー!ちょっといいかー?」
「?、はい!」

いつもの部活が終わり、1年生皆で帰ろうとした時だった。
少し後ろで円堂監督が天馬に向かって手招きしているのが見えた。

「何何、天馬くんなんかしちゃった?」
「狩屋じゃないんだからそれはないでしょ」
「ちょっと信助くんそれどういう意味」
「んー、とりあえずちょっと行ってくる。皆先行っててー!」

天馬はそう言うと小走りで円堂監督の所へと駆けていった。

「先行ってて…って、どうする、葵ちゃん」
「私は待ってるよ。サッカー棟で話さないって事はそんな時間かからないって事だと思うし」
「じゃあ皆で待ってよっか!」

信助が賛同した事で結局皆で天馬を待つ事になった。
なんだかんだで皆、こうやって一緒に帰る時間が好きなのだ。
天馬が居ない間、皆で色々な事を話していた。
サッカーの事、先輩達の事、学校の事。
サッカーと同じで楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
気が付くと天馬が円堂監督の所へ行ってから15分も経っていた。

「遅いですねぇ、天馬くん…」
「うん…あ、でもほら!戻ってきた!」

天馬は最初普通に歩いていたけれど私達に気が付くと慌てて駆け寄ってきた。

「え、ゴメン!皆待ってたの!?」
「へーきへーき!そんなにかからなかったしさ!」
「それで円堂監督から何話されたの?」
「え、あー…と、それは…」
「?」

私がそう聞くと急に天馬は少しだけ目線を泳がせた。

…何か隠してる……?

目線をあっちこっちに動かすのは天馬が何か大事な事を隠す時の癖だった。
とはいっても少しキョロキョロする程度。
他の皆は天馬の言葉に少し疑問は持っても天馬の隠し事には気が付かないようだった。
恐らく円堂監督が何か言ったのだと思うけど私が聞くまではいつもの天馬だった。

じゃあなんで…?

「てん…」
「皆、待たせてゴメンね!じゃ、帰ろー!」

意図的にか、天馬は私の言葉を遮るようにして輝の背中を押すと大きな声で言った。

「何なのよ…」

釈然としなかったけれどなんとなく、皆がいる前では聞いてはいけない気がして、心に小さなとっかかりを覚えながら皆の後を追った。


(…あ、いた)

部活のない放課後、先生がクラスに入るなり松風は知らないかと聞かれた。
どうやら宿題を5回連続で忘れたらしい。サッカーの事しか頭にない天馬らしいと言えば天馬らしいが。
しかし天馬は生憎神童先輩に話があると言って荷物を置いて出掛けたばかり。
その事を伝えると探してきてくれと言われてしまった。
しかし先輩の教室にはもう居なく、校舎内を探し回っていたのだが灯台もと暗しとはこの事か、意外にも天馬は隣のクラスである剣城の所にいた。

「ちょっと天…」
「イタリア留学を断ったって、本当か」

一瞬、全ての音が止まった。

「…なんで知ってるの?」

天馬は慌てるでもなく、キョトンとした後聞いた。
私はその声に慌ててドアの外に隠れた。
幸い、今は放課後。
人通りは少ない為声をかけられる事はなかった。

「…この前円堂監督と話してた時、たまたま資料が見えたんだ。そしたら話してくれた」

『円堂監督、これは…』
『ん?…って、あー!!』
『す、すみません。見てはマズかったですか?』
『いや、マズいと言うか…』
『?』
『んー、まぁ剣城ならいっか。これ、毎年配られるイタリアへのサッカー留学の案内だよ』
『サッカー留学…』
『ほら、ちょっと前まで錦が行ってただろ?だから次のご案内』
『…もしかして、前に天馬が呼ばれてたヤツですか』
『さっすが剣城、ご名答!けど断られた。あ、そうだ、剣城、お前はどうだ?』
『俺は兄さんが心配なので…』
『だよな〜。まぁ他の奴らにも聞いてみるかな』

「……って」
「そっかぁ…」

剣城くんは少し気まずげに話していたけど天馬は微塵も気にした様子はなかった。

…そっか、だからあの日天馬の様子が可笑しかったんだ。

数日前の天馬の挙動不審だった様子に漸く私は納得した。
ううん、でもそれよりも…

「…なんで断ったんだ」

剣城くんが私の言葉を代返するかのように聞いた。

「だってイタリアには葵を連れていけないだろ?」

・・・。

「「は?」」

思わず出てしまった言葉に慌てて両手で口を覆い、私はそー、っと中を覗いた。
天馬の顔はこれでもかっていう程緩んでる。

…一体どういう事?

「…どういう事だ」
「だからー、イタリアに葵は連れていけないだろ?」
「当たり前だ」
「それじゃ意味ないんだよ」
「?」
「俺は、葵の応援がいつもなきゃダメなんだ。確かに今までも葵が居ない所でサッカーはしてきたさ。だけど葵が居ないとやっぱり物足りない。葵がいないと本当に楽しいサッカーが出来ないし強くもなれない。葵は俺の勝利の女神なんだから!」
「…だからイタリアには行かないと」
「うん!それに留学って1年だろ?俺約束したんだ!」
「約束?」
「えへへー、秘密!」

なんだそれ、と剣城くんは呆れているけれど私はそれどころじゃなかった。
頭に冷水をかけられたようだった。

約束、というのはきっとあの事だろう。

『ずっと、私の側にいて』

…もしかして、

「私が天馬の足枷になってる…?」

そう思い立ってしまうと涙が溢れて止まらなかった。

ずっとずっと、天馬の事を応援したいと思っていた。
時には目の前に立ちはだかる大きな壁を乗り越えられるように背中を大きく叩いて、時にはへこんで小さくなってしまった背中を優しく撫でてあげて。
そうやって天馬の支えになれればと思っていた。
だけど、

(せっかく、チャンスが来たのに私のせいで断るなんて…)

そんなの、絶対に嫌だ。
私は天馬を応援したいのであって邪魔をしたいのではない。

私は先生に言われた事も忘れて、そっとその場から離れた。

今は天馬に会いたくなかった。
1人に、なりたかった。


「!」
「、どうした?」

天馬がガタッと音を立てて上半身を起こした。

「今、誰かいた気がして…」
「…?、気のせいだろ」
「うん…」


次の日は普通の部活の日だった。
最近は皆で帰る事も多かったけれどたまには、と信助が珍しく二人で帰る事を勧めてくれた。
いつもは余計なお世話と茶化す所だけど今日だけは有難かった。

「んー!、今日もサッカー楽しかったなー!あ、そうそう、今日の信助のキャッチさー…」
「天馬」
「ん?」

私が立ち止まるに合わせて天馬も立ち止まった。
繋いだ手から天馬の温かい体温が伝わってくる。

お願い、震えないで。

「天馬、別れよう」
「――…え?」
「私と、別れて」

時が止まったようだった。
だけど決めたのだ。
最初に言葉にした時は俯いたままだったけど二回目の時は真っ直ぐ天馬の目を見て言えた。
天馬も、目線を外さなかった。

「…どうして?」
「………」
「俺の事、嫌いになった?」

天馬が近付いてきて不安そうな声で聞くからブンブンと首だけ勢いよく振った。
嫌いになる訳ない。
寧ろ天馬の事が大好きだから、天馬の足枷にはなりたくなかった。

「じゃあどうして?」
「………」

天馬の視線が痛い。
天馬にはどんな誤魔化しも効かない事は私が一番よく知ってる。
答えられない私は思わず天馬から目を離した。

「…もしかして、昨日の俺と剣城の会話聞いてた?」

ビクッ!

天馬から発せられた言葉に思わず肩が震えた。
ゆるゆると顔をあげるとそこには眉を寄せて少し困った顔をした天馬がいた。

「聞いてたんだね」

念押しするかのように再び尋ねる天馬に私は小さく首をコクンと頷く他術がなかった。
天馬は困った顔そのままでポリポリと頬を掻いた。

「…確かに何も言わなかったのは悪かったよ。ゴメン。でも断ったのは葵との約束だけが理由じゃないよ」
「…じゃあなんで」
「だって俺、雷門の皆とサッカーするのが好きだもん!だから別にイタリアに行かなくても――…」
「嘘」
「!」
「天馬、錦先輩が帰ってきてからずっと羨ましがってたじゃない。自分もいつか海外の人達とサッカーしたいって」
「……『いつか』だよ」
「その『いつか』が今なんだよ。せっかくのチャンス、無駄にしないで」
「けど俺は葵が…!」
「だから、『幼なじみ』に戻ろ」

天馬の全身が強張ったのが分かった。
繋いだ手を強く握られる。
まるで否定するように。
それでも私は言葉を続けた。

「天馬の足枷になってしまう位なら私は別れたい」
「…本気で言ってるの?」

天馬の声がワントーン下がった。

泣くな、私。

無意識に早口になる。

「も、元々私達幼なじみの延長みたいなもので付き合ってた感じだったじゃない。幼なじみに戻ったって変わらないよ。付き合う前から一緒に登下校や手を繋いでたりしてたんだしさ。…天馬はイタリアへ留学して、私はここで天馬を応援して――…」

「じゃあ、手は繋げても、キスとか出来ないね」

その瞬間、何か柔らかいものが私の唇に触れた。
それが天馬の唇だと、キスをされていると分かったのは天馬が離れてからだった。

「てん…」
「バイバイ」

天馬は私から手を離すと背を向けて歩き出した。
遠ざかる背中に私は何も言えなかった。

それよりも、最後に見た天馬の顔が頭から離れなくて。

『バイバイ』

あんな顔、初めて見た。
苦しそうに、辛そうに、泣きそうになりながら顔を歪めていた。

あの顔は、私がさせてたんだ。
私が泣く資格なんてない。
だからお願い、泣かないで。

「うぇ…っ…!」

泣くな。

私の足元には雨でもないのに沢山の染みが出来ていた。

ごめんね、天馬。


――数日後、天馬がサッカー留学をする事を人伝に聞いた。

――2ヶ月後、天馬は友人やチームメイトに見送られながらイタリアへと旅立った。

私は、行かなかった。

行けなかった。


―――――――――――
終わりなんて、知らないままでいたかった
title by 『秋桜』

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