安らぎの道標(拓+蘭)
「よ、久しぶりだな、天馬、剣城」
「霧野先輩!?」
ある日の昼下がりの事だった。
天馬達の先輩である霧野が突然合宿所を訪ねてきた。
「どうしたんですか?急に…しかもジャージで…」
「ちょっと神童に用があってな。あ、これ三国さんから差し入れ。皆で食べてくれ」
「プリンだ!ありがとうございます!」
霧野が腕にぶら下げていたバックを天馬に渡すと途端に天馬の顔が綻んだ。
「キャプテン、知り合い?」
合宿所にチームメイトの家族以外が訪ねてくるという事は珍しかったので好奇心旺盛な皆帆が皆を代表して尋ねた。
HRで雷門は優勝している為、サッカーに関わっている者なら知っていても可笑しくはないのだが如何せん、その場にいるのはサッカーを始めて数ヶ月という初心者ばかり。知らなくて当然だった。
霧野はそんな皆帆達を気にするでもなく、気さくに手を軽く振った。
「あ、うん。雷門の先輩」
「霧野蘭丸だ。よろしく。…それで神童は?」
「神童さんなら多分グランドですよ」
「サンキュ」
天馬がチームの皆にプリンを配りにいってしまった為代わりに剣城が答えると霧野は剣城に礼を言うと小走りでグランドの方へ駆けていった。
「なんていうか、随分女顔な先輩だね」
「…それ、絶対霧野先輩の前で言うなよ」
瞬木がプリンのスプーンをくわえながらぼそりと言った。
瞬木の呟きが霧野に聞こえなかったのは不幸中の幸いだった。
「くそ…っ!!」
バシュッ!と大きな音を響かせながら神童の蹴ったボールがゴールのネットを揺らした。
「こんなんじゃダメだ…っ!…もっと、もっと、強くならないと…っ!」
何度もいうが日本代表というのに集まったのは初心者ばかり。
今でこそどうにか勝ち続けていがこんな状態のまま勝ち進める程世界は甘くない。
どうしたって自身のレベルアップが必須だった。
そんな切羽詰まった状況では焦りが生じるのも当然だった。
「くそ…っ…もう一度だ!」
「神童!」
「え…」
神童が再びフォームを構えた時だった。
聞こえてきた声の持ち主はここに居るはずのない人だ。
それはいつも自身を支えてくれた、頼もしい幼なじみの声。
神童は驚いて声がした方へ振り返った。
と、同時にボールが神童に向かってきた。
「…っと、」
驚きはしたものの、そのボールはそれほど威力はなかったので難なく神童は受け止める事が出来た。
「1人で練習…か。チームの奴らは皆宿舎に居るぞ?相変わらず練習熱心だな」
「霧野!」
神童に対してボールを蹴った霧野は腰に手をあてながら苦笑いをした。
難しい顔ばかりしていた神童とは対称的に霧野は最後に会った時と変わらない、柔らかい表情をしていた。
「どうしてここに…」
「ん?ちょっとした差し入れ。と、お前の様子見に、な」
「様子見、って…」
「試合、見てるよ」
「!」
霧野の言葉に神童の顔色が一瞬で変わった。
神童の両手が握りこぶしをつくり、更にギュッと強く握りしめられたのが霧野にはわかった。
神童は目を伏せると怒りからなのかぶるぶると全身を震わせながら言葉を紡いだ。
「…情けないだろ。世界大会だっていうのに集まったのは皆初心者ばかり。…正直、今まで勝ててるのは奇跡に近い」
「それで、焦って1人で練習か。…お前、今どんな顔してるか分かるか?」
「?」
「天馬達が来る前の、フィフスの管理サッカーに苦しんでいた時と同じ顔してる」
「!」
そんなに遠くないはずの、しかしもう随分昔の事である気がするフィフスセクターが行っていた『管理サッカー』。
嫌でも従うしかなかったあの頃は毎日が苦しくて、悲しくて、サッカーをするのが辛かった。
今の自分はその時と同じ顔をしてるというのか。
あの頃とは違って自由なサッカーをしてるというのに。
「―――、」
「…漸く、昔みたいに無邪気に笑いながらボールを追いかける神童が見られると思ったんだけどなぁ」
「…俺だって、チームが出来る前まではそう思ってたさ」
相変わらず、しかめっ面をしている神童に霧野は困ったように笑った。
「お前は昔からなんでも1人で抱え込もうとする奴だからなぁ」
「?…霧野、何言って…」
「神童」
「?」
霧野は神童の言葉を遮ると着ていたジャージを脱ぎ捨てた。
今の霧野は雷門のユニフォーム姿だった。
「霧…」
「俺とサッカー、やろうぜ」
「!」
「それとも、代表に選ばれなかった俺じゃ不服か?」
「―っそんな訳ないだろう!」
「じゃあ来い!」
「――、行くぞ!」
霧野の言葉を合図に神童はボールを蹴った。
「つ、疲れた…」
「霧野と一緒にボールを蹴ったのも久々だな」
二人が一緒にボールを追いかけたのはそんなに長い時間ではなかったがキリのいい所で二人は同時にその場に座り込んだ。
「お前もだいぶ強くなったな」
「そりゃ、お前が先に進んでいるんだ。みすみす置いていかれる訳にはいかないだろ」
「………」
霧野は雷門でDFの要を担っている。
その上時空最強イレブンにも選ばれた。
当然、実力は高い。
イナズマジャパンのメンバーより劣っているという事などあり得ない程に。
なのに、
「なぜお前がこのチームに居ないんだ…」
「神童?」
様子が変わった神童を訝しげてそっと見やると神童は掴みかかんばかりの勢いで霧野に迫った。
「お前は!努力家で、一所懸命で、サッカーに対していつも真剣で!お前だけじゃない、錦や、信助、雨宮や白竜だってそうだ!なのになぜ、お前達が居ないんだ!…なぜ、お前達じゃダメなんだ…」
「神童…」
神童も興奮しているのだろう。
珍しく声をあげていたのもつかの間で、だんだん声は小さくなり霧野を掴んでいた手の力も弱まっていった。
グランドには小さなシミが滲んでいた。
「…そんな風に、俺達の事を思っててくれたんだな…ありがとう」
霧野の手がゆっくりと神童の背中を擦った。
「…お前達だって、悔しいだろう」
あんな奴らに代表の座を奪われて。
「悔しい…か。確かに悔しいさ。俺もお前と一緒に世界に行きたかった。同じフィールドを駆けたかった」
「………」
「でもそれよりも今はお前の事が心配だよ。…テレビ越しでもはっきりわかるくらい、眉間に皺寄せちゃってさ。雷門の皆も心配してたぞ?」
「…すまない」
神童が俯いたまま顔をあげないので霧野は軽くため息を吐いた。
「今のチームは嫌いか?」
「…アイツらはサッカーの事など何とも思ってない。そんな奴ら、好きになれる訳ないだろう」
「神童らしいな」
「………」
間髪をいれずに返答をする神童に予想していた答えとはいえ思わず霧野は笑ってしまった。
「けど代表に選ばれたのはアイツらだ。錦でも、信助でも、ましてや俺でもない」
「………」
「今まで勝ち続けているのは奇跡なんかじゃない。お前達皆の実力だ。それだけアイツらも努力してるって事だろ。…少しは、アイツらの事を認めてやってもいいんじゃないか?」
お前も、わかってるんだろ。
霧野が静かに神童を諭す。
そんな霧野を神童が一瞥すると諦めたように大きく息を吐いた。
「……わかってるさ、アイツらが努力してるって事ぐらい。けど…」
「頭ではわかっていても感情がついていかない…か」
「………」
「…だったらさ、せめて天馬や剣城にぐらい弱音吐けよ。お前の事だから年上だから、とかチームに変な心配かけたくない、とか変な意地張ってるんだろうけどさ、違うだろ。…チームだからこそ、ちゃんと弱い部分も見せるんだろ」
「霧野…」
「あんまり1人で抱え込むなよ。少しは仲間の事信じてやれ。…俺はお前達を信じてる。きっと世界の頂点に立つと。だから、頑張れ」
小さな子に言い聞かせるように優しく話す霧野の言葉に戸惑いながらも顔をあげた神童に、な!、と霧野は神童の胸を拳で軽く叩いてニカリと笑ってみせた。
神童は暫く目線を迷わせていたが心を決めたのか目を閉じると軽く笑みを浮かべた。
「あぁ…そうだな…」
ありがとう、霧野。
霧野は神童の言葉に満足そうに笑ってみせた。
「霧野先輩、もう行っちゃうんですか?」
「あぁ、俺の用は終わったからな」
今度は神童も連れて霧野は宿舎にやってきた。
外を見ると眩しい夕陽の光が差し込んでいる。
名残惜しいがそろそろ帰らないと家に着くのが遅くなってしまう。
「?そうなんですか?」
霧野のいう用とはわからなかったがとりあえず天馬は頷いておいた。
(神童さんとサッカーでもしてたのかな…)
「じゃあ俺は行くよ」
「あぁ。色々とありがとうな」
「気にすんなって。天馬と剣城も頑張れよ」
「はい!」
霧野は天馬達以外のメンバーにも軽く手を振ると稲妻町へと帰っていった。
「ねぇ、神童くん」
「?、なんだ」
「彼、随分神童くんの事気にかけていたけどどういう関係?」
霧野の姿が見えなくなるまで手を振っていた神童に皆帆が顎に手をかけながら聞いた。
「あぁ、アイツは…」
「?」
「俺の一番大切な、『親友』、だよ」
そう笑う、神童の顔にはもう先程までの暗い影はなかった。
「なんかさぁ…」
「うん…」
「なぁ…」
(((神童/さん/くんもあんな風に笑うんだなぁ……)))
「お前ら神童さんをなんだと思ってるんだ」
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安らぎの道標
title by 『秋桜』
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